第106話 天狗の印籠 その2
「夜なら飛べるかもだけどな」
「そんな準備してないんだけど!」
夜中になってから行動するような準備を私はして来ていない。こっちは朝一で来たんだから日が暮れる前に下山する予定なんだよ。全く、こう言う時に気がきかないんだよなぁ。
目的の山に来たところで焦ってジタバタと悪足掻きのように何か手がないかと思案に暮れていたら、パッと頭の中の電球が点灯した。
「あっ、蓑を持ってくるんだった!ああ~っ。失敗したー」
そう、天狗のお宝のひとつ、天狗の蓑。あれがあれば姿が消せる。この間手に入れたばかりだったのにすっかり忘れてたよ。アレを装着すれば安心して空を飛んで頂上を目指せるじゃん。ああ、失敗したな。
私が蓑を今回のお宝探索に持ってこなかった事を後悔していると、キリトが私に向かって真顔で質問する。
「じゃあ引き返すか?」
「よし、帰ろう!もう一回来よう!」
これはもう売り言葉に買い言葉だよね!早速私はこの彼の挑発に乗っかって帰ろうとする。するとキリトはその行動を止めたかったのか、急に私を安心させようと調子のいい事を言ってきた。
「普通の人も普通に登れるんだから大丈夫だって」
「だって、私達登山初心者だし」
彼の言う普通の人って、登山のベテランの人って事だよ。素人とベテランを同じカテゴリにれるのは違うよね。
尻込みしている私を見た彼は返答に困ったのか、さっきまで散々否定していた意見を口にした。
「最悪は飛べばいいだろ」
「むう、それはそうだけど……」
飛ぶのは危険だとさっきまで何度も注意された後に、最悪は飛べばいいって言われても説得力に欠けるよ。それで私が返事に困っていると、キリトは今度は堪忍袋の緒が切れたのか、突然私の返事を待たずに歩き始めた。
「じゃあいいいよ。今回は俺1人で登るから」
「や、待って!私も行く!行くから!」
ひとりでお宝探しに行かれて単独でお宝を先に手に入れられたなら、後で何言われるか分かったものじゃない。立場を平等のままにしておくにはここで変に借りを作る訳にはいかない。そう思った私は仕方なくキリトについていく事にした。
山は険しいけど、きっと大丈夫だよ、うん。
そうして登り始めはしたんだけど、流石に厳しい山と言うのは本当で、登山道が緩かったのは始めの内だけ。その内どんどん厳しくなって、山歩き初心者の私は登り始めて1時間もしない内に早々に音を上げる。
「うう~休もうよお~」
「もう十分休んだだろ」
私より多少はタフな彼はへたって座り込む私を冷たい目で見下ろしている。その言葉の通りに私は休めそうな場所につく度に足を休めていた。登る前に山の全体像をじっくりと見てしまったから、一気に登る気なんてとっくに失せていたのだ。
休める場所ではしっかり休んで体力を温存しながら登る方がいい。そうに決まっている。
「まだまだ先は長いんでしょ、ゆっくり行こうよ」
「まったく……」
私のこの考えにキリトは呆れ顔になった。お互い本格的な登山は初めての癖に、何自分だけ上級者ぶってんだか。後で泣きを見ても知らないんだから。
結局ここで10分ほど休憩した私達はまたぼちぼちと山を登り始めた。厳しい山とは言え、それなりに登る人がいるので道自体はしっかりしている。ここを外れないように歩いていけば、時間はかかったとしても迷う事なく目的の頂上に着ける事だろう。
一応は日が暮れる前に登りきって降りなきゃなんだけど。
そんな感じで適当に休みをはさみながらえっちらおっちら山を登っている私達の前に、今度は高い山特有の試練が襲ってきた。
「何か天気が悪くなってない?」
「まぁ、山の天気は変わりやすいって言うしな」
「うぅ、心配だよお」
そう、さっきまで快晴だった空模様がいきなり険しくなってきたのだ。それだけじゃなくて急に風も吹き始める。もしかしたらこのまま天気は荒れていくのかも知れない。雨が降って雷が落ちて――そうなったら登山どころじゃなくなっちゃう。
私がそんな最悪の想像をしていると、前を歩く彼が振り返った。
「ここまできて引き返せないだろ」
「それはそうだけど……」
実際はどのくらい登ってきたの感覚が掴めないけれど、それでも結構登ってきた気はする。今から引き返すって言うのは私でも勿体ないって思うよ。
仕方ない、取り敢えずは雨が降らない事を願いながら頑張って登ろう。幸いな事に今はまだ空が曇っている程度だ。風もまだ突風と言うほどじゃないし。
そんな感じで騙し騙し登っていたら、空はますます暗くなって今にも雨が降りそうな雰囲気になる。雨が降ったら足元が不安定になって、山登りの続行が難しくなってしまう。
どうか雨だけはご勘弁をと、山の神様にお願いながら歩いていると突然ごおっと風が強く吹いてきた。
「今度は風が出てきたよ~」
「けど、後もうちょっとだ」
「山って頂上が見えてからが長いって言うけど……」
空は暗い風は強くなるし、きっとこれがこの山の本性なんだ。登り始めた頃の穏やかな雰囲気は登山者を騙す罠だったんだよ。ああ、ここから先はこの悪天候を乗り切らなきゃいけない、初心者が目指していい山じゃなかったんだよやっぱりー。
私がパニックになりかけながら途方に暮れていると、突然キリトがある提案を持ちかけてきた。
「じゃあ、近道すっか」
「え?大丈夫なの?」
この山の登山道には緩やかな安全なルートと、険しい上級者ルートがある。安全ルートは安全だけど、かなり長い道のりを歩かねばならず、頂上到達までかなりの時間がかかる。方や上級者ルートは道こそ険しいものの、その分短距離で頂上に辿り着けるのだ。早く行こうと思うならこちらのルートを選ぶしかない。
そうは言っても私達は初心者だ。ビギナーが上級者コースを行くのは無謀がすぎるのではないだろうか。
それでもいつ天気が本格的に荒れるのか分からないと言う事で、結局私達は上級者コースと言うショートカットを選んでいた。
けれど、風がどんどん強くなる中で急な傾斜を登るのは、単純に危険度が大幅に増しただけだった。そもそも道の状態が厳しいので登山スピード、つまり足は中々素早く前に踏み出せない。
と言う事で距離は短くなっても、その利点が活かせそうには到底思えなかった。ある程度足を進めたところで、自分の見通しの悪さを早速彼は反省する。
「やっぱりズルしようとするんじゃなかったな……」
「い、今更遅いよっ!」
キリトの選択を止められなかった私も同罪なんだけど、それはそれで仕方ないよね。だって私も初心者なんだもん。上級者コースがどれほど鬼のような難易度なのかなんて、実際に歩いてみないと分からないし。
この状況に我慢が出来なくなった私は最後の手段を選択する。
「もういい、飛ぶ!」
「いや、無理だろ、この風だぞ」
「無理でも何でもいいっ……」
地道に律儀に登ろうとするからこんな辛い思いをするんだ。最初から飛んでいけば一瞬だったんだよ。もし誰かに見られたって、山で見る景色だしみんな都合良く誤解してくれるに違いないんだ。
そんな自分勝手な理論を展開させた私は思い切って羽を広げる。風が強いならこの風を利用してやろうと思ったんだ。
それが出来ると、私はそう強く思い込んでいた。
その考えがどれだけ自分に都合のいい妄想だったか、私は羽を広げた次の瞬間にすぐに思い知る事になった。
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