化け猫の来訪

第60話 化け猫の来訪 前編

 気がつけばお盆も過ぎて、いつの間にか夏休みも後数週間の命となってしまっていた。お盆の期間こそ妖怪達の書き入れ時なんだけど、その期間は部活も一応お休みと言う事になってしまったので、仕方なく私は束の間の休日を楽しんだ。


 プールに行ったり、夏祭りを楽しんだり――そうそう、夏休みってこうだったよね、と、そう言うのを精一杯エンジョイする。この休みの間はキリトは別行動だったんだけど、彼もしっかり夏休みを楽しんだかなぁ?


 休みと言えばその間鈴ちゃんをひとりにさせてしまったのはちょっと罪悪感を感じちゃった。とは言え、彼女、学校から出られないから仕方ないんだけどね。もし学校から出られたなら、一緒に色んな所へ連れて行ってあげたかったなあ……。


 そんな訳でお盆休みも終わった17日に日焼けした私が久しぶりに部室に顔を出すと、相変わらず黙って天狗文書を読みふけるそんなに肌の焼けていないキリトと、休む前と全く変わらない姿の鈴ちゃんが待っていた。この見慣れた風景を見た私は安心して椅子に座って読書をする彼に声をかける。


「もうすぐ夏休みも終わるね」


「早いなぁ」


 珍しくキリトが普通のテンションで私の話に乗ってくれそうな雰囲気を醸し出していたので、調子に乗って夏休み定番の質問を彼に投げかけてみる事にした。


「課題、終わった?」


「終わらない……」


「やった!勝った!」


 勉強はそつなくこなしていそうなキリトが宿題に苦戦している事が分かって、私はつい勝利宣言をしてしまう。この言葉を聞いた彼は信じられないものを見るような目つきで私の顔を見て声を震わせた。


「まさか……終わった?」


「全部じゃないけどかなり片付けたよ。このペースなら夏休みが終わるまでには確実に終わるね」


「マジかー」


 ドヤ顔で話す私の顔を見てあからさまにキリトは肩のガックリとを落として落胆している。そっか、これが彼の素の姿なんだろうな。いつも私に対して強気なのは敢えて作っている見せかけのものなのかも知れない。

 素の彼の態度が可愛かったので私は困っているキリトに助け舟を出そうと声をかける。


「見せたげよっか?」


「いい、自分で何とかする」


 私のこの有り難い誘いを彼は速攻で断った。あら可愛くない。さっきの言い方が気に障ったのかな?それとも態度?まぁさっきは話しながら顔がにやけていたかも知れないけど――人の好意をバッサリ断ち切るのは心象が良くないぞ。

 この言動で気を悪くした私はひとりで頑張る宣言をした彼の言葉に対して棒読み気味に返事を返す。


「へー。頑張ってね」


「それにしても連日暑いですね」


 私達の会話がちょうど切りの着いた所で鈴ちゃんが冷えた麦茶を出してくれた。私はそれを受け取りながら彼女に言葉を返す。


「そりゃ夏だもん。鈴ちゃん暑いの苦手?」


「苦手です。ひび割れそうです」


 そう言いながら笑う鈴ちゃんの顔はとてもしんどそうに見えた。妖怪でも夏バテってあるのかな?ひび割れと言うのが冗談なのか本気なのか分からないけど、とにかく彼女が暑さで弱っていると言う事だけは分かったので、私はすぐに冷蔵庫の方に歩いていって素早く新しい麦茶の缶を取り出して彼女に渡した。


「じゃあ鈴ちゃんこそ水分補給しなきゃ!はい麦茶!どうせキリトのおごりだし!」


「おい……」


 おごりと言う言葉にキリトは敏感に反応する。だって気が付いたら勝手に補充されているし、それって自由に飲んでいいって事じゃん、ねぇ?

 麦茶を受け取った鈴ちゃんは気持ち良さそうに一気にそれを喉に流し込むと、最高の笑顔で彼にお礼を言った。


「ぷはー。蘇ります。キリトさん有難うございます」


「あ、ああ……お礼はいいよ別に」


 流石の彼も鈴ちゃんの笑顔には逆らえないみたいで、恥ずかしそうに顔を背けながら返事を返している。キリトのそう言う純な所、嫌いじゃないよ。――いじり甲斐があるから。


「さて、今日も楽しく妖怪相談と行きますか」


 久しぶりに再開した妖怪相談。お盆休み中は鈴ちゃんがひとりで対応していたみたいなんだけど、それなりに妖怪は来ていたらしい。彼女曰く1日に2組程度の妖怪がこの部室に訪れていたのだとか。

 大変だねって労ったら退屈しなくて済んで良かったらしい。私達が鈴ちゃんと出会うまで彼女はずっと退屈していたみたいだから、この妖怪相談は鈴ちゃんにとってもいい経験になっているみたいで私は嬉しかった。


 それで今日は久しぶりのフルメンバーが揃っての相談室再開だったんだけど、待てど暮らせど妖怪のやって来る気配がなかった。あるェ?

 そうして誰も相談に来ないまま時計の針が10時を回る。いつもなら軽く1件片付けているくらいの時間にまだ暇を弄んでいるこの状況に、私は違和感すら覚えていた。


「今日は誰も来ないね。ブームも去ったかな?」


「別に看板掲げている訳でもないし、来ない時は来ないんじゃないか?」


 流石キリト、こう言う時でも冷静だよ。ただ、彼の言う事も最もだと私もその意見に同意する。


「まぁねぇ」


「たまにはこう言う日があってもいいですよ」


 鈴ちゃんもこの暇な時間に何も違和感を覚えてはいなかった。もしかしたら妖怪相談ブームもついに去ったのかも知れない。そうなるとまたお宝探しに難儀する日々が帰ってくるんだけど――そうなった時はそうなった時かな。ジタバタしても仕方ないか。


 それから何も起こらないまま30分が過ぎて、しびれを切らした私は暇潰しにキリトにちょっかいを出す事にした。


「しかし誰も来ないと暇だねぇ。そうだキリト、進んでる?解読」


「今やってるって」


 うん、つまんない。彼はいつも定型文しか返さない。面白い返事を返して貰うにはもっと変わった質問しなくちゃだね。何も思いつかないけど。

 何もしなくても汗はかくし喉は渇くしなので私は2本めの麦茶を冷蔵庫から取り出し一気飲みする。


「ぷはー。麦茶って美味しいね!夏にしか飲まないけど」


「少しは感謝してくれよ」


「してるしてる。キリト様有難う」


 私は感謝を強要する彼に棒読み気味に言葉を返した。言い方が悪かったのかこの言葉への反応は聞かれない。ま、別に気にはしないけど。

 それからちょこんと椅子に座っている鈴ちゃんを眺めながら私はつぶやく。


「しかしアレだね。鈴ちゃんのお肌きれい。羨ましいな」


「そ、そうですか?」


 じいっと肌を見られて彼女は恥ずかしそうな素振りをしていた。くうぅ……なんて可愛いんだ。


「前から思ってたんだけど、妖怪ってさ、日焼けしないんだね」


「私達は存在が曖昧ですから」


 私の質問に鈴ちゃんは何ともそれっぽい理由を口にする。うーん、納得出来るような、出来ないような……。ただ、その理由に対して私は普段から思っている事をこの際だからと遠慮なくぶちまけた。


「そこなのよ!私の体も妖怪に近付いているはずなのにしっかり日焼けしちゃうのよ!何で?」


「俺達は人間なんだから当然だろ?」


 私のこの魂の叫びにキリトが冷静な意見で冷水を浴びせる。こいつ……人の気持ちを読み取る能力が欠落しておるな。早速抗議じゃ!

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