第56話 のっぺらぼうの依頼 その4
そうなのだ。TDLは入場チケットがかなり高額で、今まで散々お金を使ってしまった為、チケット代次第では今回は諦めなければいけない。そりゃ近くのカラスに頼めば入場しなくてもいるかどうかの確認は取れるだろうけど、もしいたとしたらやっぱりランドに入って呼び止めないといけないし。
あるいは彼女がランドを出てから捕まえるって手もあるけど、それもまた精神的にキツイよね……。
「お、夜からだと安いプランがあるみたいだけど……」
「今から行ったんじゃ割高かぁ」
私たちは夕方には帰る予定だったから残り時間でランドに入るのは予算的にかなり勿体ない。そんな訳でランドに行くのは諦める事になった。はぁ、清美ちゃんがランドに行ってない事を願うばかりだよ。
私が落胆していると彼が気休めのように声をかける。
「じゃあ今日は後ちょっと回ってみて、それで見つからなかったら解散って事にしよう」
「だね~。もうちょっと頑張ってみようか~」
その後も有名なハチ公前とか、アニメで使われた聖地とかを回ってカラス達にも協力してもらったけど、結局有力な清美ちゃん情報は手に入らなかった。
無情に時間だけが過ぎていき、やがて日も暮れて来たのでもう遅いと判断する。それで私達は帰りの電車に乗って報告がてらに部室まで戻ってきた。
「ごめん、清美ちゃん見つからなかった」
部室のドアを開けて待機している斎藤さんに今日の探索の結果を伝えようとした時、私はそこにある違和感に気付いた。
「あれ?ひとり増えてない?」
「この度は兄がご迷惑をおかけしました」
何とそこに今日一日中ずっと探していた清美ちゃん本人が来ていたのだ。私の予想通りその格好はサングラスにマスク姿だった。そうしていれば顔のある普通の女の子と見た目は何ひとつ変わらない。顔はなくても耳はあるからね。今、マスク姿が流行っていて本当に良かった。
「え?清美ちゃん?どう言う事?」
私のこの質問には今まで清美ちゃんの話し相手をしてくれていた鈴ちゃんが答えてくれた。
「あの後、午後5時位に部室に彼女がやって来たんです」
「私が都会を堪能して家に帰ったら兄がいなくて……で、両親に聞いたら私を探しに出ていったって聞いて」
「なるほど、それでここまで辿り着いたって訳か……」
清美ちゃんの話を聞いたキリトがひとりうんうんとうなずきながら納得する。
「ご迷惑をかけてすまなかっただ……」
「いや、謝らないで。私達も楽しかったんだから。それに妹さんが見つかって良かったじゃない」
「そ、そうだな。そう思う事にするど」
恐縮する斎藤さんに私は慰めの言葉をかける。実際、久しぶりの東京は楽しかったしね。こんな時間を過ごせたのも彼のおかげだから、とても彼を悪くなんて言えないよ。それに清美ちゃんとはこうして無事に会えた訳だし。
私達のやり取りを黙って聞いていたキリトはそこで何かに気付いたのか、真剣な顔をして急に会話に割り込んで来た。
「でもそれじゃお宝情報は?俺達、結局依頼はこなせなかった訳だけど」
「それは大丈夫、迷惑料としてきっちり教えるど。それで許して欲しいど」
斎藤さんは私達を勝手に振り回した事に負い目を感じているのか、私達にお宝情報を教えてくれると言う。申し訳なさそうに項垂れているその様子を見て私はちょっと彼を可哀想に思ってしまった。
「許すだなんて、そんな……」
「ああ!本当に迷惑だった!今回はそれで許してやるよ!」
私がどう斎藤さんを励ましていいか分からなくてオロオロしていると、急にキリトが上から目線でがなり立てた。私はこの彼の急変に困惑する。
「ちょ、キリト」
「このくらいの態度でちょうどいいんだよ」
結局キリトの対応が正しかったらしく、斎藤さんはすっかり晴れ晴れとした雰囲気になって私達にお宝情報を気前よく教えてくれた。私はその情報を聞き漏らさないようにしっかりノートに記録する。
こうして全ての用事が終わったところでこの件はこれにて一件落着となった。
「それじゃあ兄がお世話になりました」
「気をつけて帰ってね」
「はい、では失礼します」
のっぺらぼう兄妹は私達に深々とお辞儀をして帰っていく。窓から外を眺めると斎藤さんが清美ちゃんに引っ張られて行くのが見えた。あの様子から見て家族の中では兄より妹の方がヒエラルキーは上のようだ。
私達は2人の様子を眺めながらその感想を口にする。
「仲の良さそうな2人だったね」
「俺、ひとりっ子だから、ああ言うのちょっと分からないかも」
そう話すキリトの顔は少し淋しそうに見えた。彼、兄弟が欲しかったのかな。教室でずっとひとりでいようとしているのはただの強がりなのかもなぁ……。
でもひとりっ子なのはキリトだけじゃないって、そこはちゃんとPRしておかなきゃ。
「私だってひとりっ子だよ」
「私もですよ!」
私の言葉に何故か鈴ちゃんも参戦する。この部室に残った3人は偶然にもみんなひとりっ子だった。この事実を前に何だかおかしくなった私達はしばらく声を出して笑い合ったのだった。
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