第55話 のっぺらぼうの依頼 その3

「ちょ、どこまで行くの?」


「人前じゃちょっとした騒ぎになるからな」


 どうやらキリトは人気のない場所を探して歩いているようだった。ちょ、怪しいんですけど。大丈夫かな?段々不安になって来たよ。

 気が付くと私達は薄暗い路地裏に辿り着いていた。キョロキョロと辺りを見回した私は思わず口を開く。


「こんな所まで来て……一体何を……もしかして……」


「うん、ここでいいか」


「って、聞いてないし」


 どうやら私の言葉は彼の耳に届いていないらしい。キリトはひとり満足気につぶやくと大きく息を吸い込んで急に大声を出した。


「おい、カラス!聞こえたら話を聞いてくれ!」


「そっか、カラスに頼むんだね!あったまいい!」


 私達は身体が天狗化したおかげでカラスと話が出来るようになっている。彼の作戦はここでもそのカラスに協力を仰ごうって事みたい。それなら、うん、人混みの中じゃこの作戦は使えないね。カラスの情報網はかっぱの息子さんを探した時も役に立ったし、きっと今回だって有効な情報が手に入るはず。

 何だ、キリトだってやる時はやるじゃない、見直したよ。


 彼が呼びかけてすぐにカラスはやって来た。都会にも結構カラスはいるって言うけどあれ本当だったんだね。


「なんスか兄貴!」


「この辺りでのっぺらぼうの女子を見かけなかったか?」


 キリトに話しかけられたカラスは首を傾げて記憶を辿っている。どうやらこのカラスは清美さんを見かけてはいないらしい。


「この街で?ちょっと仲間に聞いてくるっス!」


「頼むぞ!」


 キリトの頼みを受けたカラスは仲間に話を聞きに飛び去っていった。カラスは頭もいいし、街のあちこちにいるから仲間内で聞き回ればきっと何か手がかりを見つけてくれるよね。いやあ、いい作戦だよ、うん。


「後は待つだけだね」


「流石にすぐに見つかるとは思ってないけどな」


 私の言葉にキリトは飽くまでも冷静に言葉を返していた。楽観しないところは彼らしいなあ。流石に今度はカラスもすぐに戻ってくる事はなく、沈黙の時間が流れていく。

 それにしても折角原宿まで来たのに、こんな人気のない路地裏でじいっとただカラスの帰りを待っているのも何だかなぁ……。あ、そうだ!

 ひとつ名案を思い付いた私は早速キリトに話しかける。


「それじゃあ私何か買ってくるよ。待ってる間暇でしょ」


「あ、おい……」


 私は一方的に畳み掛けると彼の返事も待たずに歩き出した。留守番はひとりいればいいし、買い出しの名目で私は街を探索出来るよ。我ながらいいアイディアだね。


 賑やかな街を眺めながら私は街の雰囲気を十分に堪能する。買いたい物もあったけど、ここで下手に買い物をしちゃうとキリトに軽蔑されてしまうだろう。

 いつも2人でいる以上、あんまり仲が悪くなってもいけないし、今は買い物は我慢だね。ウィンドウショッピングで我慢我慢。

 それからきょろきょろと見回しているといい感じのお店を発見したので、私はそこで目的を果たす事に決めた。


「はい、クレープ。定番だけど」


「お、おう……サンキュ」


 私は買ったクレープをキリトに渡す。そういや彼の好みは聞いていなかったけど、嫌がってないから正解とは行かなくても間違いではなかったみたいで良かった。ま、チョコバナナクレープを嫌いな人もまずいないだろうけどね。

 ちなみに私が買ったのはいちごクリームのクレープ。うん、実に美味しい。そうして2人でクレープを食べながら雑談に花が咲いた。


「本当は折角原宿まで来たんだから遊びたかったんだけどなー」


「早めに見つかったら遊ぼうか?」


 この予想だにしていなかったキリトの言葉に私は目を白黒させる。


「え?珍しい。キリトでもそんな事言うんだ」


「……いや、だって、夏休みだし」


 私が指摘すると彼は恥ずかしそうに横を向きながら返事を返す。よく見ると顔が真っ赤になっていた。ほう、意外な一面を見たよ。可愛いのう。

 じゃあ、折角なのでそのプランに私も乗っかる事にしようっと。


「そうだねー。じゃあ付き合ってもらおうかー」


「つ、付き合うって……」


 私の言葉にキリトが過剰に反応する。こやつ、面白いぞ……。これはからかい甲斐があると感じた私はもうちょっと彼をいじる事にする。


「ふふん、意識しちゃった?」


「だ、誰が!」


 おお、過剰に反応して面白いぞ。じゃあ今度はどう遊ぼうかと私が企んでいると、ここでタイミング悪くカラスが戻って来た。ちぇ、ここまでか。


「兄貴!聞いて来たっス!」


「おお!早く聞かせてくれ!」


 キリトはこの気まずい雰囲気をどうにかしようとカラスに話を急かしている。そんなに焦らなくても別にいいのに。ま、そんな必死な様子を観察するのもまた面白いんだけどね。


「話を聞いて回ったら確かにのっぺらぼうの女子はこの街に来ていたそうっス。でも……」


「でも?」


 このカラスの言い方に不穏なものを感じた私は思わず聞き返した。何か話が簡単に進まないような気がしていたんだ。


「もうこの街を去ったそうっスよ。昼前に電車に乗ってどこかに行ったのを仲間が見ていたっス」


「それで、どこ行きの電車に乗っていったとか分かる?」


「さあ?そこまでは……」


 カラスに電車の行き先を聞いても仕方ないよね。結局分かったのは今はもう原宿に清美ちゃんはいないって事だった。ハァとため息をひとつ吐き出して改めて私はキリトに声をかける。


「振り出しに戻っちゃったね」


「原宿にいないなら新宿か、それとも秋葉か、意外と銀座かも知れないし、もしくはお台場って可能性も……」


「じゃあ、とりあえず観光客が多そうな所を回ってみよう」


 都会に憧れた妖怪がどこに行くか……東京は観光名所が多くてその場所を全く特定出来なかった。それで結局ローラー作戦をするハメになる。


 あちこちを回っては現地のカラスに協力を要請して……だから私達はその場所に行っただけでメインで妖怪探しを頑張ってくれたのはカラス達なんだけどね。本当に行く先々全ての土地のカラスたちがみんな協力的で良かったよ。

 もしこれを全部私達で行っていたら……最初の原宿の探索だけで一日が終わっていたかも。


 で、電車を乗りまくってあらかた目ぼしい観光地は回ったんだけど……結局有力な情報は得られなかった。この結果にキリトが首を傾げる。


「おかしいな……全然目撃情報が集まらない」


「あ、そうだ!」


 他に行きそうな場所を考えていた私は、まだ行っていない、この辺りで一番有名な場所の事を思い出す。


「どこか行きそうな所思いついたのか?」


「TDLだよ!」


 TDL、それは日本で一番有名なテーマパーク。あまりに有名過ぎて逆にノーマークだった。都会に遊びに来たならここに行ったとしてもどこにも不自然な点はない。私がこの自分の出した答えに興奮していると、それに関する問題点を彼が指摘した。


「ちょ、もしそうだったとしてもチケット代までは貰ってないだろ?予算オーバーだよ」


「えぇ、お金足りないかなぁ?」


「ちょっと待って、今調べてみる」


 キリトはそう言うとすぐにスマホをいじり始めた。

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