化け狸の依頼

第20話 化け狸の依頼 その1

「実はな……師匠を探して欲しいだよ」


「いなくなっちゃったの?」


「んだ。朝目が覚めるといなくなってただ」


 イチの依頼はいなくなった師匠の捜索のようだった。彼の話によると朝起きたら何の前触れもなくいなくなってしまっていたらしい。この話を聞いてキリトは面倒臭そうに自分の考えを述べる。


「アレじゃないのか?お前はもう一人前だ。もう何も教える事はない。儂はこれから旅に出る的な……」


「師匠はそんな性格じゃないだよ。ずっと弟子の行く末を見守るタイプだべ」


 キリトのその言葉にイチは声を荒げて反論する。どうやら彼の師匠は面倒見の良いタイプらしい。そう言う師匠が何も言わずに姿を消したなんて確かにちょっとしたミステリーだよね。これ、私達の手に負えるのかな?


 イチの話を聞いたキリトはハァ、とひとつため息を付いて言葉を漏らした。


「また人探しかよ……」


「引き受けてくれるだか!恩に着るだ!」


 イチはこのキリトの言葉を依頼の了承と受け取った。暗かった顔がすごいニコニコになって彼に握手を求めている。このイチの態度に圧倒されながらキリトは彼の握手を拒みながら口を開いた。


「いやまだ決めた訳じゃ……」


「いーじゃん、やろうよ」


 イチの依頼を断ろうとするキリトを見て私は逆にこの依頼を受けようと思ってそれを口に出した。イチが喜ぶ顔を見て、断ってまた暗い顔にさせるのが可哀想に思えたんだ。すると早速キリトが頭を抱えながら、そのリスクについて訴える。


「あのなぁ……探せ出せなかったらどーすんだよ、俺達探偵じゃないんだぞ」


 確かにキリトの言う事ももっともだ。どんな出来事にだって失敗のリスクはついてまわるよね。

 でも私達はこの間だって河童の息子さんを探し出せたんだし、可能性はゼロじゃないと思う。前向きに考えたいよ。


「あのイチの淋しそうな顔を見てよ。ほっとけないじゃない。それに私、自信はないけど何とかなる気がするんだ」


「ああもう……仕方ないなぁ」


 私の説得をキリトは受け入れてくれたみたい。天狗のお宝情報も手に入るし、この話、悪い事ばかりじゃないよね。それに普段と違う事をする事が気分転換になって、古文書の解析もスムーズに行くかも知れない。リフレッシュも大事だもんね。


 依頼を受けると言う事に決まったので、私は早速イチに依頼の詳細を聞く事にした。


「じゃあ詳しい事を教えてもらえる?」


「じゃあ、着いてくるだ。オラと師匠が一緒に住んでいた家に案内するだよ」


 そんな訳で私たちはイチの案内のもと、彼の住んでいる家へと向かった。イチは人間に化けられるとは言っても、普段は狸なので勿論街中に住んでいる訳ではない。他の狸達同様にその住処は山の中だ。つまり私達は山歩きをしなくちゃいけない。学校の制服でも大丈夫かなあ?


 鈴ちゃんは学校から出られないので留守番をしてもらって、私達は先導するイチに付いていった。彼曰く、家は人里に近い山にあると言う事だったものの、その山道はとても整備されているとは言い難く、生え放題の草の間を抜けて歩いて行くのはかなり骨の折れる困難なものだった。


「すごい道だね」


「ちゃんとついて来てるだか?」


 イチは心配性なのか、100mも歩けばすぐに後ろを振り向いて私達が付いてくるのを確認している。山に入るまでは人に化けていたイチも、山に入ってからはその方が楽なのか狸の姿に戻っていた。

 何度も同じ事を聞かれるのって普通ならイラっと来ちゃうんだけど、その言葉を狸の状態で喋られると可愛くて全然そんな風に思えない。だから彼の確認の度に私も律儀に返事を返していた。


「ついていってるよ、大丈夫だから」


 野生動物と人間の感覚は違う訳で、イチの言う後ちょっとは人間の感覚ではかなり先に相当していた。つまり私達の感覚で言えばイチの家はまだかなり遠い。

 しかもそこに行くには歩きにくい山道を歩くしか移動手段がない。私達は軽い気持ちで出発したのを後悔し始めていた。


 山道に入って30分ほどした辺りで同行していたキリトが音を上げる。予想はしていたけど。


「ちょ、たんま」


「だらしないなぁ。はい、お茶」


「有難う。ぷはー」


 山歩きって事で私は山に入る前にコンビニに寄ってお茶を買って準備していた。まだ暑い季節じゃないのでお茶なら常温でも十分美味しく飲める。

 キリトは私からお茶を受け取ってごくごくっと飲み干していた。コイツ、美味しそうに飲むじゃないの……私もちょっと飲みたくなったぞ。


 慣れない山歩きに苦戦している私達を見て、イチは遠くに見える山の頂きを指差して言った。


「もう少しだべ、ほら、もうここから見えているべ」


「うへぇ……まだあんなに歩くのか」


 イチの言葉を受けてキリトは情けない言葉を漏らしていた。おい、元サッカー部、少しは意地を見せるんだぞ。


 それからも歩いては休み、休んでは歩いて、山道に入ってから約1時間後、何とか私達はイチの住んでいた家まで辿り着いた。その家は木の上に作られた秘密基地みたいな感じだった。元々狸ならばこんな家を作ってわざわざ生活する必要はない。

 でもイチ達は化け狸なので、普段から人間の生活に慣れるために人間の生活の真似事をしているらしかった。この家もその一環なのだとか。

 こう言うのは男子が好きそうなヤツでしょ。って思ってキリトを見たら案の定彼の目はキラキラと輝いていた。


 地上からその家に入るのに梯子がかけられている。慣れているイチはひょいひょいと先に登ってしまったけれど、慣れていない私達は四苦八苦しながら時間をかけてその梯子を登っていった。


「よく来てくれただ!何もないけどゆっくりして欲しいだ」


 梯子を登り切って家に入ると、中々様になった室内でイチがお茶を用意してくれていた。ぐるりと見渡すと本当に人が作った小さなログハウスのようによく出来ている。これを化けていたとは言え、狸だけの力で作ったとしたらそれは本当にすごい事だ。

 化け狸の伝説から考えてこの家自体が彼の幻術の可能性だってあるんだけど、とてもそうは見えない。目の前には木のテーブルに彼の出したお茶が並んでいるんだけど――これ、本物のお茶だよね?


 まさか今から彼の望みを叶えようって人物を化かすって事もないと思ったので、私達は椅子に座って用意されたお茶を飲んで一息ついた。

 このお茶……これが実に美味しかった。おもてなしの気持ちが伝わるくらいの一品だ。このお茶は何茶だろう?怖くてちょっと聞けないけど。

 もしこれで化かされていたら――私より先にキリトが切れちゃうだろうな。その時は私はそれを止めずに眺めていようか――。


 ま、それはそれとして今はイチの依頼に応えるのが先だよね。私は早速興味深そうに部屋を見渡しているキリトに声をかけた。


「この家にイチの師匠の失踪のヒントがあると思う?」


「うーん、怪しいって見たら何でも怪しく見えるし……」


 キョロキョロ見渡していたから、何か気付いた事もあるんじゃないかって思って聞いた私が悪かったかな?彼は全く手がかりを掴んではいなかった。

 まぁ素人だから多少はね?っと言う事で早速私はイチに質問を始める。

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