晴れてハレルヤ(3)

「なんで僕まで?」


 植栽の影に隠れている廉治は、そうぼやいた。


 舞女近くの、よく会合に利用される公園。廉治と奈由は、そこの植栽に隠れ、杏季と裕希がやって来るのを待機していた。

 裕希が一人で部屋を出た後。彼に悟られないくらいの時間を置いてから、奈由もまた渋る廉治を無理矢理に連れ出して部屋を出、裕希の先回りをしてこの公園に潜んでいるのだった。

 同じく隣の植栽に潜む奈由は、至極、真面目な口調で言う。

 

一蓮托生いちれんたくしょうって単語、知ってる?」

「知ってますけど」

「そういうことよ」

「理由になっていませんが」


 呆れ顔で廉治は肩を落とす。


「まだ荷物の片付けが残ってるんですけど」

「荷物は逃げないけど、色恋沙汰は逃げるでしょう!?」

「言いたいことは分かりますが、その言い回しは初めて聞きましたね」

「それに万一見つかった場合、私一人だとただのパパラッチだけど、他に道連れがいるなら被写体と共に絶好のロケーションを探っていただけという言い訳が立つでしょう?」

「貴方と僕では、立たないと思いますが……」


 思わず廉治は奈由をじっと見つめた。二人は顔を合わせれば普通に話もするが、互いの連絡先すら知らないし、友人と言えるかも怪しい。おそらくその言い訳では、誰一人信じないだろう。

 しかしその理屈は、今の奈由には通じないだろうと当たりをつけて、廉治は言及を諦めた。おそらく奈由とて、それは自覚した上で彼を連れて来ている。単に道連れが欲しいだけなのだろう。


「というか。本当にここに来るんです?」

「9割方、来ると思うよ。他に手頃な場所がないもの」


 今、公園には彼女たち二人しかいない。裕希の行き先について、奈由があたりをつけてここに来ただけだ。裕希がここに来る保証はない。

 しかし確信を持った声音で奈由は言った。

 

「時間的に、もうあっきーは寮まで帰ってるだろうし。そこからだと、一番近くて話するのに程よい場所は、この公園しかないからね。

 逆に、寮から呼び出すのに遠い場所を指定するなら臨少年の神経を疑うし。道端で話を済ませる気なら、どうせ見どころのない話でしょうからね」

「なるほど」

「それに何より。この場所なら、臨少年は閉鎖空間を作れるからね。だから先回りしたんだよ。先に作られちゃったら、入れないし」


 かつて彼は、この公園で数回、閉鎖空間を作り上げたことがある。音属性の作り上げた空間は内緒話にはもってこいだが、後からそこに入りたくとも、術者が許可しなければ入れない。

 

「……そこまでします?」

「あの少年は案外と周到だから、私からの盗聴を防ぐためにすると思う」

「……そこまでして覗き見ます?」

「色恋沙汰は美味しいなぁ」

「IQが下がっている……」


 理解し難いものを見るかのような目で廉治は奈由を眺めるが、彼女は意に介さない。


「というか。僕の完全なる当てずっぽうですけど」


 ふと、先ほどの奈由と裕希とのやり取りを思い返して、廉治には嫌な予感がよぎった。

 

「もし臨心寺さんに見つかった場合。こういうことをしそうにない僕を連れて来ることで相手に隙を作って、煙に巻くか逃げようとか考えてません?」

「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

「図星じゃないですか」


 彼女の性格上、いくら理性を飛ばしていたとしても、何の脈絡もなく他人を巻き込むことはしないように思えたのだが、その通りだったらしい。


「大丈夫。いざという時にはとっても強いユッキーが理術で切り抜けてくれるでしょう? よっ用心棒! 頼りになるぅ!」

「心にもないことを……」

「ていうか貴方、附加属性持ってたりしないんですか? 依代計画の実員にカウントされてなかったってことは、依代適性がなかったか、闇属性だったんでしょ?」

「貴方の読み通り、闇属性寄りではありますけど。僕は発現させてないですし、もし闇属性で閉鎖空間の相殺をすることなどを狙ってるなら、生憎ですがその場合は音属性が勝ちますね」

「チッ使えねぇ……」

「それが本音か」


 思わず廉治の語調が乱れた。


「でもそこまで警戒する必要あります? 怒られはするでしょうが、逃げ出すほどのことではないのでは」

「閉鎖空間にされたら、我々は負け濃厚でしょ。万が一、臨少年がブチ切れて理性を飛ばした時には危険かと思ってね」

「……あの臨心寺さんがブチ切れるほどの何をする気なんです?」

「望遠レンズをセットせねば」

「何をする気なんです???」

「その時にはユッキーを生贄にするのでよろしくお願いします」

「絶対お願いされませんしさっきからなんですかその呼び名」

「名前にユキが付いててこの呼び名で呼ばれてない方が逆に不自然じゃない?」

「そんな言われ方は初めてですね……」

「頼みましたよユッキー」

「頼まれませんが今気付きました、一連托生ってそういう意味ですか」

 

 先ほど奈由の言った『一連托生』の四字熟語が刺さり、ぞくりとする。もしもの時が起きないよう、奈由が暴走しそうになった時には全力で止めねばと廉治は心に誓った。


「因みに。ユッキーへ参考にお聞きしますけど」

「なんですか……」


 既に若干、疲弊しながら廉治は答えた。

 が、奈由はカメラを弄りながら、急にいつもと同じ冷静な声音で尋ねる。

 

「直彦氏の話は、どう思った?」


 その問いに、廉治も真顔になって視線を奈由へ向けた。

 

「どう、といいますと」

「貴方も、あちらの事情は子細まで承知しているのを見込んでの確認なのだけれど」


 奈由は目線を手元に落としたまま続ける。

 

「彼の話に嘘はないかどうかと。あの提案に、裏はあると思うかどうか」


 しばらく黙り込んでから、廉治は首を傾げる。

 

「僕の意見を採用して、いいんですか?」

「信条はともあれ、少なくとも今回は直彦あっち側じゃないでしょ」

「無関係なふりをして、今日も様子をうかがいに行っただけかもしれませんよ」

「もし思惑があるなら、貴方はあんな都合いいタイミングで登場するなんて、疑われかねない迂闊なことは絶対しないでしょ。それこそ盗聴か何かで、自分の姿は見せないようにしてやる。ユッキーは臨少年以上に周到だもの」


 小首を傾げて、断定口調で奈由は言う。

 

「それに、全面的に君の意見を採用するわけではないよ。敵であれ味方であれ中立であれ、そこにはどうしても主観が伴うからね。ユッキーの意見はあくまで参考にするだけ。

 ご納得頂けました?」


 奈由の言葉に少し気圧されつつ、廉治は頷いた。

 

「納得はしましたが、貴方のテンションの振り幅どうにかならないです? 疲れるんですけど」

「これが私のチャームポイントですので」

「なるほど。ジュ……潤さんが苦労する訳です」


 別の意味でも納得してから、廉治は中指で少し眼鏡を押し上げた。


「参考に、ということであれば一意見を言うのは構いませんが、あまり期待しないでください。チームCは竜太に引っ張ってこられただけで、僕は本来、あの世界にいられるような人間ではないので」


 そう言い置いて、廉治は奈由の問いかけに答える。


「僕が承知している限り。彼の話に嘘はありません。語ったことは全部、本当のことだ。僕が嘘の情報を掴まされているのであれば、その限りではないですが」


 慎重な口ぶりで廉治は続ける。


「そして彼の元来の性格と、あの様子からして。杏季さん含め、誰かになんらかの危害が及ぶ可能性は低い、とは思います。実際、今の依代計画は正しい手法で行えば危険なものではないですし。別の目論見があるにせよ、彼は嘘をつくのは得意なタイプじゃあない」

「つまり。裏はないと?」

「――直彦が、彼の立場で依代計画を進めるとして。今回の行動は、要望は、妥当な結論ではあると思います。けれど」


 一瞬、言葉を切ってから。廉治は静かに告げる。


可能性は大いにあると思います」


「……それは。やっぱり彼の計画には危険があるってこと?」

 

「あくまで『本当のことを言っていない』可能性ですよ。何も裏がなく、何事もなく終わることだって十分にあるとは思いますし、多分、依代計画そのものは当日に大災害でも起こらない限り高確率で成功するでしょう。さっきも言いましたが、貴方たちに害が及ぶこともないはず。僕と違って、彼は他人を巻き込んで傷付けることを、よしとしないでしょうから。

 だけど、それにしては。

 ……妙に、腹を括り過ぎてるんですよ」


 遠くを見つめながら、廉治は呟くように言う。

 

「ただの勘ですが。直彦は何かを隠してますよ」

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