11章:評する旧友(或いはとある重要な分岐点)
消せない罪(1)
――二つ前の世界。2005年8月25日。
草間奈由は、『
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ぽつりぽつりと灯る、橙に揺らめく炎。
夕焼けに染まる澪神宮の境内。
「何の、用ですか」
「一度、話をしてみたかったんだ。草間奈由乙女と」
稲荷神社の社にいるのは、草間奈由と高神楽文彦に、本来の主犯たる高神楽直彦だ。
そして一番新しい『今』の世界では、月谷恵が密かに隠れ、彼らの様子を伺っていた。
けれども。
二つ前の世界での月谷恵は、彼らの会話を聞くことは叶わなかった。
この時、確かに恵は近くにいたのだ。
しかし。
神社に入ることができなかった。
この世界でも実家に帰省していた恵は、同じく杏季の誕生日にサプライズを仕掛けるため、やはり奈由と合流する手筈になっていた。
そして、待ち合わせ場所に向かう道中で通りかかった澪神宮の前にて、奈由の姿を目撃したところまで同じだ。
けれども。
奈由は次の瞬間、まるで元から蜃気楼か何かの幻であったかのように、すっと姿を消した。
そして同時。
自分では意図しないうちに、恵は澪神宮への関心を、瞬時に一切失った。
その時、澪神宮は闇属性の術で周囲から隠蔽された状態だったが。
この時点での月谷恵は。
はっきりとは光属性を発現していなかった。
故に。彼は、それを見破り、澪神宮に踏み込むことが出来なかった。
奈由を見失い、不思議に思いつつも。
さして深く考えることなく、考えることを許されず、恵は澪神宮を素通りし、奈由との待ち合わせ場所に向かった。
だから。恵は、澪神宮にて彼らの間で交わされた会話を、知らない。
「そういえばさ。さっき来る途中、澪神宮んとこで奈由の姿を見た気がしたんだよな。すぐ見失ったんだけどさ」
約束より数分遅れて合流した奈由へ、何の気なしに尋ねると。
奈由は小首を傾げて、心底、怪訝な顔で答える。
「言ったでしょう、出がけにナコさんと立ち話してて少し遅くなったって。ていうか澪神宮なんて、ここと反対方向なのに行くわけないでしょう。白昼夢でも見たんじゃないですか?」
「なるほど、俺の奈由への狂おしい愛が、夏の
「そうめんに浸してた残りの氷水でも頭からぶっかけた方がいいと思うよ」
「なーる、共に細く長く生きていきたいという奈由の真心だな」
「やっぱり、すいとんの汁でもぶっかけて目を覚まさせる方向のがいい気がしてきましたね……」
「太く短く閃光のように派手に愛と命を燃やすというのも悪くはないが、しかし俺には老後に縁側で奈由と一緒に茶をすするというビッグな夢が」
「いや……すいとんの汁は、そうめんを付けてた水と違って限りなく勿体ないし食べ物に失礼だから、もうその辺の水たまりでいいんじゃないですかね」
「病める時も健やかなる時も泥にまみれて這い回る時も、妻として愛し敬い慈しむ事を誓えということだな」
「毎度毎度思うけど、君のそういう、どうかしているポジティブシンキングは心底凄いと思うよ」
「なら是非とも結婚してくれ」
「だが断る」
互いにほとんど無表情で、互いに淡々と交わされる言葉の応酬は、二人にとっていつものことだが。
いつもと大きく異なっていたのは。
あの時、澪神宮にいた奈由も。
恵に聞かれたとて、彼らとの邂逅を、起きた出来事を、言うことができない。
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◇参考
【第2部】カイホウ編
間章:生誕祭クーラント「高神楽直彦の事情」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881507313/episodes/1177354054886795254
【第3部】コウカイ編
10章:こはいかに「READY STEADY GO(2)」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881507313/episodes/1177354054887346629
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