消せない罪(2)

――二つ前の世界。2005年10月4日。


 月谷潤は、水橋廉治の住むアジトを練習場所に選ばなかった。






+++++




『テトラゴン!

 再!

 結!!

 成!!!』



 部室でだらけていた恵は、潤からのハイテンションなメールを受け取り、口の中で「ほう」と声を漏らした。

 そのまま流れるように、高速で返信を打つ。



『遂に浪人を決意したか哀れな奴め(´・ω・`)』


『ちげーし! 京也に頼まれてちょっと中央の学祭に出るだけだっての!💢

 他のメンバーももちろんフル参加だぞ、失礼なこと抜かすんじゃありません!!!』


『他のお嬢様方が賛同したというのなら異論は1ミリもないな!

 大変に重要で荘厳かつ受験の息抜きとしても意義深いイベントに相違ない!!!(^ω^)

 だけど練習はどーすんだ? 自分とこの文化祭じゃないから大義名分がないし、学校でできるんか』


『手のひら返しが凄まじいな貴様⁉️

 そうそう、そこなんだよなー。他のメンバーはなんとかなりそうだけど、私がなー💦

 学校はさすがにダメそうだけど、スティックで机叩いてるだけだと味気ないから、もうちょい練習したい(>_<)

 あ、いっそアジトで練習させてもらえっか頼んでみるかな』



 恵は真顔で淡々とメールでの応酬を繰り広げていたが。

 ぴく、と手の腱が引き攣るような感覚を覚え、一瞬手を止めた。




『( っ・∀・)≡⊃ ゚∀゚)・∵.』




 思わず顔文字だけで返信をしてから。

 片手で携帯電話を折り畳むと、恵は椅子から立ち上がり、談笑していた部員たちに声を掛ける。



「わり。ちょっと出てくる」

「どうした、恵?」

「姉貴からご機嫌な連絡が来た」

「あー。そりゃ、お疲れ」


 潤と恵との愉快な関係性をよくよく承知している彼の友人は、特に深掘りするでもなく彼の理由を受け入れる。


「ほんっと仲いいよなぁお前ら」

「いつか、お前のねーちゃん紹介してくれよ」

「ほう。潤を御所望とな。じゃあ今度、また俺用の新しいワンピースでも買ってこよう」

「いやお前じゃねーよ! 女装のお前はもう見慣れてんだよ!」



 気安い仲間達の笑い声に見送られながら、恵はパソコン室を出た。

 早足で人通りのない廊下を歩きながら、恵は電波のよく通る渡り廊下を目指す。


「あいつらなら。まあ、一考の余地はあるけど」


 ぼそり、と誰に聞かせるでもない独り言は、人のいない放課後の校舎に案外と響く。

 歩きながら携帯電話に登録されているアドレス帳を呼び出し、目当ての番号を探し当てた。



「不届きな礼儀を持ち合わせた輩に。

 潤をくれてやる気は、ねーんだよな」



 渡り廊下へのガラス戸を開けるや、恵は素早く携帯電話を耳に当てた。




+++++




『んだよ、恵!? びっくりした!』


 渡り廊下の手すりにもたれかかりながら、恵は電話の向こうの潤に淡々と返す。


「それはこっちの台詞なんだよな。この時期にまーたどっかに首突っ込んでる潤さんよ」


『ていうか何だよさっきのメール!? 突然途絶えるしよ! あと何故殴ったし』


「それは軽率に人様に甘えるんじゃあないという俺からの愛の鞭という名の忠告だな。

 ところで潤。一つ、大事なことに気が付いたんだが」


『ろくな話じゃない気がするが、なんだよ』


「お前らのバンドにはギターが足りない。

 というわけでこの天才こと俺がギターとして参戦してやろうじゃないか」


『バーカーか!

 なっちゃんがキーボードでメインパート弾くから貴様はいらん。六月の文化祭で成り立ってた時点で察しろ。むしろ今更出てこられたところで余計に混乱する引っ込めこの阿呆』


 おおかた予想通りの反応を聞き流しつつ、適当な応酬を繰り広げてから。

 恵は、程よいところで本題に入る。



「ところで潤。

 お前に、おあつらえ向きの練習場所を紹介してやる」

『は?』


 潤は電話口で怪訝な声を上げる。


『なんだ? なんでそんな急に親切か?

 ……さては、ギターメンバー断られた嫌がらせに、なんかしようって魂胆だな!?

 ハハーンその手には食わんぞ!』

「半分はそれだが、半分は紛うことなき純真たるいたいけな真心だ」


 少し勿体ぶってから、恵はさらりと告げる。


「いや、実はだな。俺、練習用のとりわけサイレントな電子ドラム持ってんだよ」

『は!?

 いや、は!?!?

 いや、なんで!?!?!?』


 素っ頓狂な声を上げた潤に、恵は淡々と説明する。


「厳密にいうと、借りてるだけなんだけどさ。俺の素晴らしい演奏を見せつけて潤をぎゃふんといわせてやろうかと、こっちも学祭でバンド組んでやろうと思って密かに計画を立てていたんだが」


『そういうことかよこの野郎』


「だけどその計画が流れちまって、結局、ほとんど使わずじまいのまんま俺の寮部屋に置きっぱなんだよなー。だから、有効活用したらどうかと思ってさ。

 実家に送るから、そこで練習すりゃいいじゃん」


『けど、いくら消音仕様ったってそこそこ音出るだろ。さすがに家じゃ厳しいんじゃないかな』


「覚えてないのか? 実家の俺の部屋、元ピアノ部屋だからそこそこ防音仕様になってる」


『あ、そういやそうだわ。なら平気だな。マジか!

 けど借りてる物をこっちに持ってきて大丈夫なん?』


「そこはもう許可をもらってる。今日実家に発送しとくから、週末には問題なく練習できるだろ。

 どのみち平日はアジトに行ってやる時間だってそこまでないだろうし、運ぶ手間考えりゃ似たようなもんだろ?」


『手回し早ァ!

 いや、でも、お前の言う通りなんだよな。それならマジで助かるな……。実家でできんなら、気を遣わなくていいし。

 直前のみんなで合わせるリハだけアジト借りるくらいで済み』


「それなんだけど」



 恵は食い気味に彼女の言葉を遮る。



「俺の友達の先輩の従兄弟いとこがさ」


『それはもう赤の他人なんだよ』


「まぁ聞け。その人が、市内で音楽スタジオやってるんだけど。事情話したら、格安で貸してくれるって。

 そこならスタジオの機材借りられるし、ちゃんと生ドラム演奏できるぞ」


『まーじーか!!!』


 畳み掛けるような恵の申し出に、遂に潤は快哉をあげた。


『神様仏様恵様!!!!!』

「はっはっは崇めたまえよ、きょうだい」


 しばらく恵を讃えていた潤だったが、ある事に気付いてそれを止める。


『……いや待て。半分は真心っつたけど。

 もう半分の魂胆は何だ?』

「絶望的に部屋が散らかってるから、掃除頑張って置き場所確保してくれ」

『この野郎!!!!!』

「これで年末の帰省は大掃除しなくて済むな」


 悪態をつきながらも、「まぁそれくらいなら仕方ないか」、と潤は諦めの声を上げた。








あいつが、どう思ってるかは知らねぇが」


 潤との通話を終え、恵はメールの受信ボックスを開く。

 通話中に届いていたメールを開けば、そこには「電子ドラムの梱包が終わったので、いつでも取りに来て構わない」といった旨の内容が記載されていた。

 


「事情がどうあれ、水橋廉治潤に手ェ出した野郎に。

 これ以上、一切合切、関わらせてやる気はねーんだよな」






===============

◇参考

【第3部】コウカイ編

 間章:学園祭サラバンド「ドラマーの思春期的葛藤」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881507313/episodes/1177354054887057085

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