戦慄インテルメッツォ(4)
「さあ。舞台も整ったことだし、内緒話といきますかね」
竜太は人差し指で前髪をくるりと回し、口火を切った。
「夏の一件もあって、お前らも薄々は気が付いてると思うが、この世界の理術はとある機関によって、管理・干渉されている。
その機関が、理術統制機関『デイドリーム』、通称DD。
理術の研究から人材管理から人柱の選出から、理術に関する一切を取り仕切っている。
そして。DDとは別のものとして、古の人間を守護する機関が独立して存在する。
それが古保護機関『ナイトメア』、通称Nだ」
静かに竜太は告げた。
「ここまで言ったら判っただろうが、琴美はN、古保護機関ナイトメアの人間だ。
そして俺と、ビーこと廉治は、DDこと理術統制機関デイドリームに所属していた」
「……DD」
思わず声に出て、潤は慌てて口をつぐんだ。
表情を固めたままの琴美と、伏せ目がちの裕希を除き、全員が竜太に注目していた。
「なんで、そんなタイソーな機関に、たかが高校生が……」
「まだ未成年なのに、じゃない。未成年だからこそ、だ。俺たちゃ中学の頃から関わってるよ。何も、機関の深部に関わってた訳じゃない。ほんの末端の部分だ」
春のもっともな疑問に、竜太は首を横に振った。
ちらりと琴美を横目で見て、竜太は続ける。
「話には聞いただろ、異世界のことを。俺も杏季や廉治と同様、そっちの血を引いている。
そして基本的に異世界の血を引いた人間は、一度はDDと関わることになるんだ。杏季みたいな特別な立場の人間を除いてね。
異世界の血を引いた人間は、理術を操る力に長けている。そうそう起こることじゃないが、補助装置を使わなくても意図せず開眼してしまう事だってあるんだ。けど何も知らないまま開眼ってのもタチが悪いだろ。
だから理術について正しい教育をする教育機関がDD内に存在して、該当者は中1からそこに年数回通うことになる。そこで
そこまで話して竜太は一息ついた。すかさず奈由が尋ねる。
「異世界云々は機密ってことだったけど。実際、DDではどの部分まで知らされるの?」
「教育機関で語られるのは、まず開眼の概念、かな。一般常識はまず根本から違うから。それと補助装置、制御装置とかの理術にまつわる器具や組織についてとか。
異世界絡みの話はでてこない。これは本当に機密事項だからな」
「上辺の話だけなんだ」
「その段階ではね」
すっと竜太は左手の人差し指を伸ばす。
「あらかた教えられたところで、俺たちは一つ選択を迫られる。
事情を把握した上で、理術とは特に関係のない生き方を選ぶか。
ないしは、これからも理術と関わっていくか。
関わらないと決めた場合、DDでの教育はここで終了する。万一、開眼してしまった場合には機関に申請する必要があるけど、他は普通の生活と変わらない。
関わると決めた場合、そのままDDに所属し、開眼する訓練を行うことになる」
「開眼させちゃうの!?」
潤は目を見開いた。その反応に微笑しながら、竜太は表情を緩める。
「今後も関わるという意思を示してるからな。理術に携わるなら、開眼してなきゃ役には立たない」
「ああ、確かにそうか……うわでもマジか、裏ではそんなことが」
「そう。だから、元々訓練されてるあいつは、ぽっと開眼した人間より鍛えられてるよ。夏休みに奴と関わってそれは感じたろ、流石にあいつは強い」
ぐっと潤は口ごもる。認めたくはなかったが、この夏に潤が身をもって体験したことだった。正面切ってぶつかった彼女だからこそ、生半可に勝てる相手ではないと判っている。だがしかし、おいそれと自分の口からそれを肯定したくはなかった。
不意にあの時のことがよみがえり、潤はぶんぶんと首を振る。
構わず竜太は続ける。
「DDに残留した者には、異世界の存在についても知らされる。その所為で世界が不安定になり、DDが存在しているということも。
ただし異世界の動乱や古の話、そして自身が異世界の血を引いていることは、それこそナイトメア……しかも、直で古を守る護衛者ぐらいの立場にならないと知らされない」
竜太の説明を聞き、琴美を視界の隅に捉えながら、奈由は澪神宮でのことを思い出していた。
あの時、廉治が異世界の話に触れた際に琴美は動揺していたのは、だからだったのだ。DDに所属していたところで、あの情報は知りえないはずのものであったのである。
「じゃあ、どうやってその情報を掴んだの?」
「それは申し訳ないけど、内緒のままにさせてもらえないかな」
ばつの悪そうな表情で竜太は奈由に向けて右手を立てた。
「悪い。俺にも、事情ってものがあるんだ」
正面から断られ、それ以上は言及できずに奈由は口を閉じた。
代わりに潤が何気なく尋ねる。
「じゃあその理屈で言うと、ベリーもDDだったってことなのか」
「あいつは違う。……あいつは特例でDDには所属してない。もっと特殊な場所に居たから」
「特殊?」
「さっきも出て来たろう。DDより特殊な機関。『ナイトメア』だよ。
異世界の血を引いてても、特例でNの人間は招集されないんだ。そこで既に、必要な知識は与えられてるからな」
「ナイトメアって、何だよ」
訝しげに京也が顔をしかめた。竜太は首を横に振り、回答を避ける。
「詳細は俺も知らない。そこの琴美ならよく知ってるだろ」
「……琴美ちゃん」
水を向けられた琴美は、驚くでもなく悠然と微笑む。
「京也さんに真正面から聞かれると、弱いですねえ」
冗談めかして頬に手を当ててから、琴美はいつもの調子で淡々と語り始める。
「別に。たいした秘密も何も、そのままですよ。
『古保護機関』。護衛者やその候補はじめ、杏季さんのような立場の人を守る人間が所属しているもの。
DDとはそれなりに協力関係にありますが、癒着関係にはないですねぇ」
「DDは異世界の血を引いた該当者が行くんだろう。だったらナイトメアは、琴美ちゃんや妃子たちは、どういう基準でナイトメアに行ったんだ」
「家柄です」
シンプルに琴美は答えた。あまりにあっさり答えたので、京也は思わず言葉に詰まる。
「ただそれだけです。DDと違い、もっと幼少から私たちはNと関わってきました。
然るべき時が来たら然るべき試験を受け、然るべき任務を全うする。それだけですよ。ですが、今となっては最早どうでもいいことでしょう。
これ以上、お話しすることもありませんしお話したくもありません」
断固とした言い回しではあったが、彼女の語気は強くない。ただ抑えた声色で早口に、必要なことだけを手短に言ってのけた。そんな風であった。
琴美に聞くのを諦め、京也は矛先を竜太に戻す。
「じゃあ。そしたら直彦もNに属してたってことになるのか。直彦は、アルドは炎属性だけど、確か霊属性の家柄だろう」
「あいつは、また立ち位置が特殊でね。
高神楽直彦は、DDの人間だ。高神楽家は霊の一族ではあるけど、DDの管理部門を取り仕切ってるんだよ」
「そらまたケッタイな……」
潤がぼやいた。そういえば高神楽家は理術の世界では力を持った一族だった、と潤は以前に聞いた話を思い返した。ビルを所有していたり、普通では手に入れることが難しい道具を所有していたり、兄である文彦は制御装置の場所まで知ってそれを破壊している。よくよく考えてみれば彼の周囲には謎が多い。
竜太は指を立てて説明する。
「勿論、俺の家も含めてDDやNに関係してる家はいくつかあるけど、異世界人がこちらで暮らしていくにあたり、特に中心・先駆けとなった一族ってのがいるんだよ。
DDには二派あって、管理部門を『
理術の上層部にいるのはこの御三家だ。御三家って言ってもカバーしてる部分は全く別だけど」
ここで一旦言葉を切ってから、低い声で竜太は付け加える。
「大丈夫だとは思うけどな……今言った三つ。高神楽は知ってるだろうけど、もし御三家の連中が接触してくるようだったら気を付けた方が良い。この辺でそうそうある苗字じゃないから、その苗字だったらほぼ間違いなく関係者だ」
彼の意図が今一つピンと来ず、春は首を傾げる。
「でも、私たちは異世界人じゃないから別に関係ないでしょう。こっちゃんとの約束破ってまた首を突っ込んだりすれば怒られるだろうけどさ」
「確かにDDが集めるのは、基本は異世界の血を引いた人間だ。
ただし例外的に、元からずっとこちらの世界にいた人でもDDに引き込まれることがある。それは何らかの方法で、うっかり開眼してしまった場合だ。
……廉治の姉貴がその立場だったよ」
「……え」
思わず潤は声を漏らす。
「だって、あいつは異世界の血を引いてるんだろ。だったら、あいつの姉さんだって」
「廉治は」
一瞬だけ躊躇してから、竜太は眉をひそめて呟く。
「千夏さんの家は元々、本当にただの一般家庭だった。
廉治は、養子なんだ」
抑えた彼の声色は、何故か辺りに響き渡るかのように彼女の脳裏に染み渡った。
竜太は目を伏せながら手短に答える。
「凄く個人的な話になるから、詳しくは言わないけど。
廉治は子供の時に保護者を亡くしてる。それであいつは親戚筋だった水橋家に引き取られたんだ。
その水橋家にいた千夏さんがたまたま開眼して、たまたま千花さんの護衛者になった」
「それ、って」
簡潔な彼の説明に二の句を告げたくなったが、思いとどまり奈由はぐっと堪える。
「そういう、ことだよ」
彼女の心情を知ってか知らずか、竜太は小さく頷いた。
――たまたま、……じゃあ、ないんでしょうね。
奈由はその言葉を飲み込んだ。
補助装置を使わなければ、異世界人とてそう簡単に開眼できる訳ではない。一般人の身で補助装置なしに開眼するのは、それこそ困難な筈である。
一般人と異世界人が一緒に生活することで、理術の能力に影響を及ぼすのかどうかは分からない。しかし、家族であれば廉治がDDに招集されることを伏せておくのは難しいはずだ。
廉治を通じてDDやそちらの事情を知った千夏が、どういう経緯で開眼し護衛者にまでなったかは不明だ。だがおそらく、少なからず廉治の影響があったのには違いない。
廉治が水橋家に行かなければ、千夏は巻き込まれなかったのかもしれない。
だからこそ彼は。
余計に、あれほどまで必死だったのだろう。
話をそこで区切り、竜太は顔を上げた。
「だから一般人なら大丈夫って訳じゃない。今回は事が事だけに秘密裏に処理されたけど、どこから情報が漏れるかは分からないからな」
「秘密裏って、この夏のあれこれって理術界隈では知られてるんじゃないのか?」
てっきり、夏休みの一件は理術の世界で知れ渡っていることと思っていたので、潤は竜太の回答に少し驚く。制御装置まで破壊されているのだ。相当な騒ぎになっていてもおかしくはない。
「いや。今回の件はNと、DDでも一部の人間しか知らない事になってる」
竜太の言葉に、潤はビーたちとの決戦直前に琴美から聞いた説明を思い出す。
迂闊に上の人間が出てこられなかった理由は。
「事件に、アルド――高神楽が絡んでるからってこと?」
「それもある。けどそれだけじゃないな。
伏せときたいのは、一般人含む君らが理術の世界に足を踏み入れてしまったことそのものだ。杏季の覚醒、京也と畠中さんの開眼、葵と草間さんの共鳴、それと月谷さんが本来は存在しないはずの『氷』の廉治と対峙したこと。全部が全部、外に出してはいけない情報なんだよ。
だから大ごとにしないために、琴美とその周りだけでどうにかする羽目になったんだ。厄介なことにね。けど後々を考えるなら、公になってしまう方がよっぽど厄介だった」
倦怠感を滲ませて吐き出した竜太の言葉に、奈由は唇に人差し指を当てて考え込む。
「でも私たちは、こっちゃんの術までかけて、これ以上は首を突っ込まないと約束してるでしょう。そんなに心配する必要はないのでは?」
「確かに高神楽……あいつら兄弟単体がどう動くかはともかく、母体の高神楽家からしたら現時点ではセーフだ。琴美との約束を守ってくれれば、奴らが動く理由はない。問題なのは高神楽じゃないんだよ。
さっきも言った『影路』なんだ」
御三家と呼ばれる家柄の一つ、影路家。
Nのトップが御堂で、DDの管理部門が高神楽。
そして影路が担うのは、研究部門。
そこまで思い出し、潤はぞわりと毛を逆立てた。
「まさか。――じ、実験台ってこと!?」
「まさか、そんな漫画じゃあるまいしこの平成の時代に」
「そのまさかだよ」
潤の言葉を竜太に肯定され、気楽に受け答えた春はぎょっとする。竜太は険しい表情で腕を組み頭を振った。
「あいつらは駄目だ。本当に駄目だ。高神楽だって時には非道な手段を採るけど、あいつらには政治的な傍目で見て分かりやすい行動理念がある。
けど。影路は、本当に何を考えているか分からない。ただ自分の知的欲求の元に動いてるんじゃないかと思う事がある。言うなれば奴らはマッドサイエンティストだよ。
月谷さんが廉治と戦ったこと自体は、どちらかといえば高神楽側で問題になる話だから、そんな属性が存在したってことを伏せてくれれば大丈夫だけど。
一般人なのに開眼した、共鳴しただなんて……あいつらが目を付けない筈が無いんだ。
千夏さんは、千花さんの護衛者っていう正当な立場があったからNの元で守られた。けど皆は違う。そういう意味じゃ、Nの付いてる杏季より皆の方がよっぽど危ないんだよ」
彼から告げられた事に皆はたじろぐ。竜太の話通りであれば、この場にいる半数が該当することになるのだ。
奈由は恐る恐る問いかける。
「千夏さん以外で開眼した一般人は、どうなったの」
「開眼する事例自体がそもそもほとんどないんだ。俺の知る限りは、皆を除いたら片手で余る。千夏さんの他は、ほとんど行方不明になった」
抑えた声で竜太は続ける。
「あくまで俺の知ってる人だけだけどな。
俺は……DDがそうと把握する前に影路の手に落ちた人も一定数いると思ってる。
影路は決して認めない。けど、あいつらが影で動いているのは間違いないと思う。
あいつらから、皆を大っぴらにDDの管理部門の方で保護する方法もあった。けどそうするとどうしても行動が制限されてしまうし、同じように保護しても過去に消えてしまった人はいるんだよ。
だったら最初から事実自体を隠してしまおうってことなんだ。一人ならまだしも、何せ人数が人数だから、DDとしても守り切れるかは不安が残るんだよ」
予想だにしていなかった事実に、一同は静まり返る。沈黙の訪れたメンバーを見回して、琴美はやれやれと息を吐き出した。
「だから言ったじゃないですか。何で皆さんを無暗に不安にさせるんですか貴方は」
「そりゃ100%安全と言い切れるなら話さないさ。だけどそうじゃないなら、何も知らないより知ってた方が避けようがあるだろ」
竜太は琴美に言い分けてから、取り繕うように皆に告げる。
「脅しみたいになったけど、対外的には皆のことは知られていない。それに既に何人か実験台として影路の手に落ちているなら、奴らにとって君らはそこまで重要な人物にはならないかもしれない。だからそこまで心配する必要はない、とは思う。
けど、情報がどこからどう漏れるか分からないし、はっきり安全とまでは言いきれないからね。
近くに俺や琴美がいるなら
「え?」
杏季が目を見開いて竜太を見上げた。
「どういうこと?」
彼女の視線を受けた竜太は、困惑して琴美に確認する。
「……言ってなかったのか」
「ええ。いずれ分かることなので、別に構わないですけど」
琴美は髪を耳にかけながら、おもむろに皆に告げる。
「そういうことです。突然ですが、家庭の事情で8月いっぱいで寮を出ることになりました。実質、寮にいるのはあと2日ですね」
潤が口を尖らせて抗議する。
「えー! 何でもっと早く言ってくれなかったんだよー! そしたらお別れ会とか何かいろいろ準備したのにー! 今からじゃ大した準備が」
「どうせそう言うだろうと思ったから言わなかったんですよ。そんなことより勉強しなさい受験生が。
それにそんなことされたら、流石にちょっと名残惜しくなるじゃないですか。学校ではいつものように毎日会えるんです。さして変わらないでしょう。杏季さんの誕生日を皆で祝えただけで、私は楽しかったですから」
ふっと柔らかい笑みを浮かべて、琴美は杏季を見つめた。
「だから、そんな顔しないでくださいよ。永劫の別れって訳じゃないんですから」
「だって淋しいものは淋しいもん。学校では会えるって言っても、ずっと同じ部屋だったんだし」
杏季はどこかふて腐れたような表情で呟いた。
彼女を見つめながら、琴美は至極、穏やかに微笑む。
「そう、言って頂けるだけで。私は、嬉しいです」
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