第10話 ハゲとパンツ
澄み渡る青い空の下でハゲの写真がばらまかれ、カツラを付けたハゲとツインテールが言い争っている。
子供たちにはとても見せられない醜い争いの中、薄気味悪い笑い声をあげてから、ハゲの方が静かに口を開く。
「直角三角形が、よくしゃべること」
「ちょっ! 誰が直角三角形よ!」
「もちろん、あなたのことよ永遠なるAカップ。その滝のように凹凸のない胸が直角を証明しているじゃない」
「ちょ、直角じゃないわい! それにAじゃなくてCだし! 何を根拠に言ってんのよバカァ!」
照山さんはフッと鼻で笑う。
「その貧相な胸でCですって? いやいやいやいや、朝からおかしい冗談はやめて頂戴。CだけおかCから。……それに、根拠ですって? それを言うなら私がハゲっていう根拠はどこにあるのかしら? それに、あなたが見せた写真がCGじゃないって根拠もないわけでしょ? まずはその写真が本物という科学的な証拠を持ってきなさいよ。FBIでもMMRでも連れてきなさいよ。自称Cカップが。話はそこからよ」
……FBIはともかくMMRは場違いすぎると思うのだが。
そんな唐突な反論に、三角はうぐぐ……と歯がゆそうに下唇を噛んでいた。
決定的な証拠だと思っていた物の信ぴょう性をいきなり証明しろと言われて困っているんだろう。
MMRじゃないけど、それこそ『な、なんだってーーー!』状態だ。
照山さんはやれやれと首を横に振る。
「はあ……どうやら根拠は無いようね。毎度毎度、私に突っかかってくるのはいいけれど、いい加減な風評をまき散らすのだけはやめてくれるかしら。みんなに迷惑よ。……みなさん、私の容疑は晴れました。私を貶めようとするこの可哀想な女の子はほっといて、早く登校しましょう」
突き放すように言うと、踵を返し玄関の方へと歩いていく。
「ちょっ! 待ちなさいよ! 本物だから! この写真は正真正銘、本物よ! ねえ待ちなさいってば!」
たしかに本物なんだけど、そんなことはみじんも感じさせない態度。よくもまあ、あそこまで演じられるものだ。磨けば本当にアカデミー賞を狙えるかもしれない。
……磨く必要もないくらい頭は光っているんだけどな。
必死に呼び止める三角に対して、冷静に無視を決め込む照山さん。
そんな二人を見た学生たちは。
『……言われてみればそうだな。照山さんがハゲなわけない』
『うーん、たしかに。普通に考えて高校生でハゲってのは無いでしょ』
『そういえば、三角さんってよく照山さんに絡んでるよね』
『女の嫉妬ってこええ~』
『さすがに直角三角形がCは無い』
そう言って、照山さんの後を追うようにしてぞろぞろと移動し始めた。
「そ、そんな! 私は本当のことを言ってるだけだし! あと私、本当はBカップだから! みんな待ってよ! お願いだから信じてよ!」
手を差し出しながら、涙目で必死に言い募る三角。
だが、いったん信用を失った言葉では動き出した人の流れは止められない。
まさに場の空気が一転した。
……なるほど。まずは三角が食いつく話題――おっぱいで釣りあげ、根拠の必要性を言わせたうえでそこから追及していくやり方……見事といわざるを得ない。
三角が犯した最大のミスは、見栄を張ってバストを大きめに言ったことだろう。
本人は否定しているが、見ただけでCじゃないと断定できるレベルだし、スカウターばりに正確なバストサイズとカップ数をはかることができる俺の目は決してごまかせない。……あれは間違いなくBカップのアンダー73だ!
たとえパットを入れてようが本物か偽物か鑑定団並みに暴いてみせる、それがおっぱいソムリエなのだ!
そして写真の件だが、現実にいる照山さんが髪を生やしているわけだからハゲだとは断定できないし、実際に目撃した人以外は確認のしようがない。
言葉巧みに観衆たちに疑念心を抱かせ、そしてそれが見事にはまったってわけだ。
……さすが学園のトップにいる女。一枚も二枚も上手うわてである。
「待ちなさいってばァ照山さん!!!」
ひときわ大きな声で三角が叫ぶと、照山さんが振り返り冷たい目を向けた。
「……まだなにか? 直角三角形の定規なら間に合ってるんだけど?」
「朝からピンポイントに直角三角形の定規を売りつける女子校生がどこにいるのよ! ――あるわ! 証拠ならあったわ!」
「ほう、面白い。それじゃあ見せてもらいましょうか? あなたの証拠ってやつを! ちなみに無かったらそのツインテールちょん切るから、そこんとこよろしくね♪」
瞳を輝かせながらズカズカと三角に寄っていく照山さん。
今までツインテールキャラに対してこんなことを言う奴がいただろうか。
「しょ、証拠なら――」
少し怯えた様子の三角だったが、持ち前の運動神経で照山さんの懐に飛び込みギュッと髪の毛を掴むと、
「――ここにあるわよおおおおおおおっ!!!」
強引に照山さんのカツラをはぎ取った!
ピタリとその場にいるすべての者たちの動きが止まる。
世にも美しいピカピカのハゲが、大衆の面前に晒されたからだ。
『いやあああああああああ!!!』
『ハ、ハゲだ! マジでハゲだった!』
『嘘じゃなかっただと?』
『写真! 写真撮らなきゃ!』
天地がひっくり返ったように慌てふためく場内。
そんな中、三角は大将の首を取ったようにカツラを天高く掲げた。
「ほら見なさいっ! やっぱりハゲだった! これで私の勝利は確定ねっ!」
そのとき、ブチッと何かが切れるような音がした。
高笑いをしながら勝ち誇る三角。
そんな彼女のスカートの裾を、なぜか照山さんは無言のまま両手で掴むと、
「ふんっ!!!」
一気に下へ引き下ろした!
くまモンがプリントされた子供っぽいパンツと白い太ももがあらわとなり、スラリとした美脚が目に飛び込んでくる。
三角は顔を真っ赤にして。
「きゃあああああああああ!!! な、なにしてんのよっ⁉ 馬鹿じゃないのアンタ! ――ちょっ! ちょちょちょ⁉ なんで私の服を掴んでんのっ⁉ や、やめてええええええええええ!!」
「ふんんんんっ!!!」
ビリィィィィと音を立てて、三角の白いセーラー服が勢いよく破かれた!
「いやあああああああ!!! み、見ないでええええええええ!!!」
カツラを投げ捨て涙目でうずくまる三角。
慌てて近くにいた新聞部の部長や女子たちが三角の体を隠そうとする。
対照的に周りにいる男子たちは、俺を含めてゴクリとつばを飲み、戦況を静かに見守っていた。
……朝から生足とか最高だぜ。
カオスな状況の中、照山さんはハゲのまま落ちたカツラを拾い上げた後、悪い笑みを浮かべる。
「あらあら、随分と可愛いパンツをはいてるじゃない。今どきの女子校生がクマもんのパンツとか、さすが町一番のお金持ちは違いまちゅわね~。プークスクス。草生えちゃうんですけどwww」
「バカバカバカァ!!! アタシの大好きなくまモンを馬鹿にするなァ! ほんとなにしてくれちゃってんのよアンタは!」
「なにって、あなたが私の恥部を晒したから、同じようにあなたの恥部を晒しただけよ。お互いさまじゃない。ほら、先にそっちがやってきたんだから謝りなさいよ」
「頭おかしいんじゃないの⁉ な、なんで私が謝らないといけないのよ⁉」
「当たり前じゃない。人の許可なくプライベートな写真をばらまき、命にも等しい私のハゲを晒したんですもの。絶対に謝ってもらうわ。……いや、この罪はあなたの命をもってしてでも償えないわね。金よ。一生遊べる分のマネーを払いなさい。ほら、ほら」
にらみを利かしながら手を差し出す照山さん。スキンヘッドで脅すその姿は、もはやマフィアである。
「そ、そんな脅しには屈しないんだからねっ! ていうか謝るはどう見てもそっちでしょうが!!!」
「そう。それじゃあ勝負をしましょうか」
「……勝負?」
照山さんはニヤリと笑う。
「ええ、水泳勝負で負けた方が謝るのよ」
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