世界が始まりかけている今、あなたは何を思いますか?

新たな日々 -1

 ゆっくりと開いていく瞼に合わせて俺の心拍はたかまっていった。


停止していた五感がだんだんとはっきりとしてくる。


イブにプロポーズしたのは記憶の中ではついさっきなのだが時間的にはもう3000年前なのだ。


そう考えてみると少し不思議な気持ちになる。



「おはよう・・・じゃないね。お帰り、ブレッド」



俺は甘いその声を聞くと、布団から体を持ち上げた。


隣で正座するイブの目が目の前に接近する。



「ただいま、イブ」



にこやかに答えた俺。


しかし、イブの目にはだんだんと水滴がたまっていく。


そして、イブは胸元に飛びついてきた。


パジャマを通って胸元を湿らせる涙。


俺はそれに気が付くと右手をそっと瑠璃色の髪の上に乗せる。



「もう全部終わったじゃないか。これからは一緒に幸せに過ごせるじゃないか」



いつもなら無理やりに笑顔を作っているところだろうが、今は自然と飛び出ていた。


どうやら心の中で俺は楽しみにしているらしい。


その・・・なんだ?新婚生活、というものを。



「だから、顔を上げてくれ。これからは俺が守ってやるっていっただろ」



しかし、イブは顔を上げなかった。


それどころか返事すら帰ってこない。


ただひたすらに声をこらえて泣くイブは俺のパジャマをぎゅっと握っている。



ん?おれなんかやばいこと言った・・・?

まさか!新婚生活開始5分で離婚とか!?

いや・・・俺、落着け!そんなことあり得るはずがない。そうだ、ないはずだ。ない・ない・ない・ない・・・。


胸元のイブががさりと動いた。


そして、胸元から勢いよく離れていく。



「さ、一緒に買い物行こ」



いまだ完全に消えてはいない水滴を無視し、イブは笑顔を見せた。


俺は離婚!という最悪の事態に発展しなかったことをうれしく思い


「そうだな。久しぶりに2016年の町でも歩かせてもらうか」


とうなずきながら言う。



「魂法のおかげでいろいろ変わってるよ。車はなくなっちゃったけどね」



なんだと!車がない!俺は多少がっかりしながら、よく考えてみたらしばらく車乗っていなかったなと内心で納得させた。


いろいろと気になるところはあるが車がないことや多少の技術の変化は想定範囲である。



「なにボーとしてるの?ほら、時間ないんだから。まず顔洗ってきなさい」



 両腰に手を当てながら態度を大きくするイブはそれはそれでかわいらしい。


細かく言うと、瑠璃色のセミロングに窓からの太陽光が見事に乱反射して彼女を明るく照らし出しているのだ。


そこに純白のワンピースが加わり、彼女の清潔さをより美しく、鮮明に表している。


俺はしぶしぶイブから視線を外し、洗面所へと向かった。


そして、蛇口に手をかざす。


久々に見たセンサー式の蛇口に感動しながら俺は顔に水をたたきつけた。


夏なのに冷たい水が俺のぼーっとした意識を引き戻していく。


ふと気になり俺は鏡に視線を移した。


特に変わりはないがどう見ても右腕の筋肉が増えている。


そして、心なしか肩幅も広くなっている気がした。


おそらくハバネロ討伐のためにあれほど重い剣を振り回し続けたせいだろう。


後ろに広がるシャワールームにも興味があったが、すぐ近くにイブがいるため今は浴びるのをあきらめておこう。



「ブレッド、まだ?」



子供のような声が聞こえてきた。


その声に俺は心底癒される。


素早く髪を整えると洗面所を後にした。


そして、壁にぶら下げられた高校入学時から愛用していた真っ白いレザーコートをはおう。



「よし、行きますか」



イブは俺が寝ていた布団をたたみ終えると俺の後ろにつくようにして接近してきた。


 階段を下り玄関に出る。


久々に感じた近代コンクリートの感触と、壁紙の柔らかさは俺の気持ちを徐々に安心させていく。


そして、玄関までたどり着くとスニーカーらしきカラフルな靴に右足を突っ込んだ。


久々の人口繊維が靴下越しで足に吸い付く。両足で履終わると何気なく足踏みをした。



「おぉ!このスニーカーかなり軽いな」



歓迎しながらこぼした声。  


それを見たイブは後ろで優しい笑みを浮かべた。


かわいさに心が癒されていく半面、なんとなく寂しさを味わう自分がいる。


俺はそんな自分を何かと理由をつけてごまかした。

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