第133話 インチキ教祖に忍術でお仕置きを その4
そのいつもと違う行動パターンを疑問に思ったシュウトが、教室を出ていこうと早歩きで移動する由香に何気なく声をかける。
「あれ?近藤さん、どこに?」
「ちょっと風に会いに。一緒に来る?」
声のした方向に振り向いた彼女のこの一言を聞いたシュウトは、両手を頭の後ろで組みながら呆れ顔になった。
「会えないと思うよ~」
「ちょ、動く前にあきらめないで!」
「いやだって、今までがそうだったし」
やる気満々の由香に対して、シュウトはまるで達観したみたいにその行為に意義を見出そうとはしていない。話し相手のテンションに低さにやる気のなさを感じた彼女は、落胆してため息を吐き出した。
「かも知んないけど……。じゃあいいや私だけで」
「ちょ、行くよ」
1人で風のもとに行こうとする由香を見て、何となく見捨てられたような感じがしたシュウトは、逆に今行かないとマズい気がして焦って立ち上がる。そうして廊下をスタスタと早歩きで移動する彼女に急いで追いついた。
「やる気ないんじゃなかったの?」
「あそこまで言われたら行くしかないじゃん」
こうして2人は一緒に風のもとに行く事になった。彼女のいる教室に向かいながら、シュウトは改めて話しかける。
「でも何で風に?もしかして本当に忍者の技を?」
「何でもいいんだけどね。何かを身に着けたいじゃない」
「それって、護身術的な?」
「そそ」
本当は最初の目的通り隠密術のいろはを学べたらいいなと言うのが目的なものの、別にあえて反論する気もなかった由香はシュウトの意見に合わせていた。
彼は自分の読みが当たったと少し気を良くして、けれどその先の事についての不安を口にする。
「でも、教えてくれると思う?」
「そこは交渉次第でしょ」
シュウトと違って由香は風の説得に自信があるようだ。あんまり彼女が自信満々なので、これ以上シュウトもその話題が出せなくて、そのまま2人は彼女のいるクラスに到着する。教室についた由香は外から室内を軽く見渡したものの、そこに該当する生徒は見当たらなかった。
「うーん、予想通りだね」
見当たらなかったら誰かに聞くしかないと言う事で、由香は教室の入口付近にいた生徒に声をかける。
「あの、風は……」
「えっと、あれ?いないね」
この生徒もきょろきょろと見廻して探してくれたものの、その行為は不発に終わる結果に。そんな訳なので、今度はシュウトが別の質問をぶつける。
「どこに行ったか分かります?」
「ごめん分かんない。あの子神出鬼没だから」
「そっか、有難う」
この一連のやり取りを眺めていた由香はシュウトに声をかけた。
「やっぱいなかった」
「予想通りだけど」
こう言う事になるのだろうと予想していた彼は由香に向かって真顔で返事を返す。この事態を風の忍術が引き起こしたものだと考えている彼女は、改めてこの教室にまで来た目的をつぶやいた。
「あの気配を消すやつさ、私達も使えたらいいのに」
「そりゃ使えたらすっごく便利だけど……」
「特に今回は隠密行動しなくちゃだし」
2人が忍術に関しての話をそれとなく内緒話の体で話していると、ここでその忍術の体得者がその甘い考えに苦言を呈す。
「だから、一夜漬けじゃ無理って言ってるでしょ」
「うわあああ」
相変わらずの突然の出現にびっくりしたシュウトは思わず大声を出してしまう。その様子を冷めた目で風は見つめた。
「驚きすぎ」
「今のどうやったの?」
「気配を消しただけ。ずっと側にいたよ」
由香から説明を求められ、くのいちは衝撃の事実を口にする。何と彼女はずっと2人の側にいたと言うのだ。全然視界にも入っていなかったし気配も感じなかったのもあって、その言葉を由香は信じる事が出来ないでいた。
「嘘、そんな事が?」
「見せたげる」
まだ信じられないと言った感じの雰囲気を感じた彼女は、そう言うとフッと姿を消した。その瞬間をじっと見逃さないように注目していた2人は、一瞬の内に風を認識出来なくなってしまい混乱する。本当に忍者モノの漫画とかでよくあるドロンと消える術を、その煙もなしで実行してしまったのだ。
彼女のこの術は今までも何度も目にしていたものの、何度見てもそのからくりは理解出来ないまま――。そうしてまたまたシュウトが驚きの声を上げる。
「また消えた!?」
「応用するとこう言う事も出来る」
「声しか聞こえない?」
風は姿を消したまま喋り始める。その声は彼女が消えた辺りから聞こえてきて――つまり彼女はその場所に今もいると言う事。この、見えないのにそこにいると言う現象にシュウトは開いた口が塞がらなかった。
呆然とする彼に対して、好奇心旺盛な由香は術の原理は理解していないものの、それが次の作戦に役立つと声を弾ませる。
「ねぇ教えて!その技!」
さっきまでしっかりやり取り出来ていたはずなのに、術の指導を依頼した途端に返事は返って来なくなってしまう。しばらく待機していたものの、流石にずっと静かなままだったので由香もこれは変だなと首を捻った。
「あれ?」
「今度は本当にいなくなった?」
シュウトもキョロキョロと周りを見渡して同じように首を捻る。どうやら今度こそ本当に2人の前から風はいなくなってしまったらしい。気配を消せば、実際にそこにいてもいなくなっても相手を翻弄出来る。考えたらこれは色々と応用の出来るテクニックだ。
由香は全く協力する気配のない彼女の頑なな態度を見ても、まだあきらめてはいなかった。
「これは本当に手強いね」
「でも、いた時といなくなった時の気配は何となく分かってきた気がする」
「確かに」
今までは何かのついでに風が消えるのを見ていたけれど、今回はその気配ににだけ注目していたのもあって、2人共彼女がその場にいて気配を消している場合と、本当にその場にいない場合との違いを微かに感じ取れるようになっていた。
その違いが感じ取れた理由として、由香はある仮説を思いつく。
「集中力が必要になるんじゃないかな、これって」
この説を聞いて、何か閃いたシュウトもすぐに自説を披露した。
「後さ、見えない時はそこにはいないって思い込まされたのかも」
「強い思い込みが認識を歪ませるってやつか。でもそれって……」
原理についての仮説を言い合って得た結論、それは――。
「俺らには難しそうだよ」
「って言うか、気配なんて消せるのかな?」
そう、風の使う忍術は普通の人には使えないんじゃないかと言う事だった。風も人間だし、同じ人間なら同じ術を使えるはずって言うのも理屈としては合っている。
けれど、実際に忍術を目の当たりにした2人は、自分達にも同じ事が出来るとは到底思えなかったのだ。
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