第129話 ドルドル団最後のお仕事 その6
流石の由香も勇一に返す言葉が見当たらなかった。返答に困る彼女を見かねて、シュウトが助け舟を出す。
「大丈夫、当然って態度をしていれば誰も気にしないから」
「そうかぁ?」
「しっ……騒いでると勘付かれる」
会話をし続けるリスクを危惧した由香は、2人に喋るのを止めるように促した。そこからは緊張感が張り詰める待ちの時間が続く。こう言う時は時間の流れが遅くなるもので、該当者が現れないままに気持ちだけが焦っていく。
3人は一応ずっと黙って銀行を見張っていたものの、一番乗り気だった由香が一番最初にその禁を破っていた。
「来ないね」
「まだ10時前だからこれからだよ」
シュウトは時間を確認して彼女を落ち着かせる。時間はそれからも何事もなく過ぎて、ついに銀行が営業を始めた。由香の想定だと、もういつ強盗が入ってきてもおかしくはない。開店した銀行では何人かのお客さんが入店し始め、いつも通りの風景が展開されていく。
日常の風景を確認しながら、銀行に近付く不審人物をチェックしている内にも時間は淡々と過ぎていき、不安を覚え始めた勇一はこっそりスマホを取り出した。
「おい、11時過ぎたぞ……」
「ちょ、トイレ」
まだドルドル団は来そうになかったので、今の内にトイレを済まそうとシュウトはこの場から離脱する。彼が最寄りのコンビニに向かって姿を消したところで事態は急変した。そう、ずっと待っていたドルドル団がここでついにその姿を表したのだ。
いち早く怪しい人影を見つけた由香がすぐに大声を上げる。
「来た!」
「えーっ!こんな時に?」
「行くよっ!シンクロ!」
彼女の指示で2人は速攻でシンクロして、のこのこと姿を表した異世界生物融合体犯罪者組織の捕獲に乗り出した。
一方、待ち伏せされているとは知らない間抜けなドルドル団の2人はのんきに世間話をしながら歩いている。どうやら現時点では危機感を全く覚えていないようだ。
「へへ、こうして最初から銀行を狙ってりゃ良かったんだ」
「これで贅沢出来るってもんだな」
そんな悪党2人の前に、さっそうとシンクロを終えたユウキとミヤコが立ちふさがる。
「そこまでよ!」
「へへ、お前らが現れる事は想定済みだぜ?って、何だその格好?」
いきなり呼び止めたにも関わらず、ドルドル団の2人は全く動じる事なく余裕を持った態度を見せている。それはやはり切り札を持っていると言う安心感からなのだろう。そんな2人ではあったけれど、犯行を止めに現れたお馴染みの相手がいつもと違う事に気付いて多少は動揺していた。
サポートアイテム、初めて使用するだけに今回は服の上に装着していたのだ。その姿を見たら誰だって違和感を覚えるだろう。ツッコミを入れられたユウキは逆にふんすと胸を張った。
「何だも何も私達も対策を取っただけ。もう前のようには行かないから」
「大人しくお縄につきなさ~い!」
その態度がムカついたのか、ドルドル団はすぐにその切り札を披露する。懐から拳銃を取り出すと、目の前の敵に向かって狙いを定めた。
「ざけんなっ!」
躊躇なく引かれた引き金によって、銃弾が真っ直ぐにユウキ達に迫る。
しかし、その攻撃はサポートアイテムによって無効化された。着込んでいた防具が銃弾を軽く弾いたのだ。
この想定外の結果に、ドルドル団2人の間に動揺が広がる。
「う、嘘だろ?」
「で?」
銃弾を防いだ側の由香は、にやりと不敵に笑みを浮かべた。この状況から悪党ならでは危機察知能力を発揮させて、ドルドル団はすぐに方針を転換させる。
「逃げるぞ、今日のこいつら何かヤバイ!」
「逃しませぇ~ん」
逃げ出した悪党共に対して、アイテムで脚力を上げたミヤコが先回りで退路を断った。そうして、すぐに属性である電撃攻撃をお見舞いする。
「電撃アターックぅ!」
「ぐああああ~っ!」
強力な電撃攻撃の直撃を受けた2人はそのまま黒焦げになって倒れ込み、見事に異世界生物の回収に成功する。全ての捕物が終わった後で、トイレを済ませたシュウトがほくほく顔で戻ってきた。
「ふう……あれ?」
「おや、長いトイレだったわね」
全ての作業を終えて、伸びた異世界生物をキャリーに入れた由香がドヤ顔で彼を出迎える。その様子を見て、短時間の間に作戦が終了した事を悟ったシュウトは言葉を失った。
「マジっすか」
こうして仕事は無事終わったと言う事で勇一は家に戻り、戦利品を手に2人はちひろのもとへと向かう。ドルドル団の残りメンバーを目にした彼女は、目を輝かせて持参した2人を労った。
「お疲れさ~ん!ついにドルドル団全員捕まえちゃったわね!すごいお手柄だよ!」
「ちひろさんから貰ったアイテムのおかげです!」
由香もまた満面の笑みでちひろの言葉に応える。
「そう言ってもらえると私も鼻が高いよ!作ったのは私じゃないけど!」
「今回は陣内君抜きで楽勝でした!」
「ちょっ」
今回の作戦の顛末をバラされて、シュウトは焦って手を中途半端に動かした。その様子を見たちひろは首をかしげる。
「ん?どゆ事?」
「俺がトイレに行っている間にあいつらが来たみたいで……」
自分の失態を話すのは勇気のいる事で、シュウトもまた最後まではっきりとは話す事が出来なかった。ただ、その様子で大体の事を察した彼女はニッコリ笑うと、左手を腰に当てて中学生2人を優しい眼差しで見つめる。
「あ、なるほどね。今回はそれでうまく行ったのかもだけど、出来るだけ3人で対処してね」
「わっかりました!後、そう言う事なんで陣内君はノーギャラでいいそうでーす!」
「や、言ってない……けど、それでいいです」
元気に軽口を叩く由香に、何も言い返せないシュウト。そんなやり取りを微笑ましく眺めながら、ちひろは2人が納得するようなプランを口にする。
「まぁノーギャラって訳にも行かないから……頑張った2人にはボーナスを追加しちゃう!」
「あざます!」
ギャラについてちひろが口を出せる権限を持っているのかは分からないけれど、組織をひとつ壊滅に追い込んだのだからそのくらいの融通はきくのかも知れない。
そうして、その言葉は由香を元気MAXにするのに十分な威力を持っていた。笑顔のエージェントに見送られながら、2人はビルを後にする。
「しかし、アイテムの効果ってすごいな。トイレの間に片がつくなんて……」
「次は陣内君も活躍してよね!」
「当然!ってか活躍するのはユーイチだけど」
帰り道、テンションの高い彼女に誘われるままに2人はいつかのラーメン屋さんへと足を向けた。店内はかなり繁盛しており、席待ちに1時間も並ぶ羽目になる。
散々待ってから食べる今年の初ラーメンはとても美味しくて、シュウトは今度こそは活躍するぞと、スープを飲み干しながら誓うのだった。
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