第115話 同時多発スリを捕まえろ! その4
ただし、それでも懸念材料が全くない訳じゃなくて、その事について彼はついポツリとこぼしてしまう。
「俺の中のユーイチはまぁ大丈夫だろうけど……」
「私のユウキだって……」
そう、シュウトが心配していたのはシンクロした後の異世界生物についての不安要素だった。ユーイチは元ランランリーダーだけあってその行動も頼れるし、信頼出来る。由香もまた自分のパートナーに絶対の信頼を寄せている。そんな2人は揃ってじいっと勇一の顔を見つめた。
「な、なんだよ?」
「ミヤコ、1人で任せて大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まってんだろ!俺の相棒バカにすんな」
勇一も勇一で自分のパートナーをしっかりと信頼していた。ただし、あのキャラをしっかり信頼しているのは3人の中でも彼だけだったのだけれど。
そんな訳でシュウトは勇一に誤解されないように自分の考えを彼に伝える。
「いや、心配してるだけだから」
「見てろよ?一番の成果を上げてやるぜ!」
2人から不安視されている事実に勇一は逆に闘志を燃やした。これ以上は何を話しても聞いてくれないと感じたシュウトは、由香のパートナーについても自分の所感をポロッと口にする。
「俺としてはユウキも暴走タイプだとは思うんだけどなあ」
「ちょ、マジで言ってる?」
「だって今までのじっせ……」
その根拠を全て話し終える前に彼女からの怒りのオーラを感じ取ったシュウトはそれ以上の言葉を発する事が出来ず、その感情を不快にさせた事を謝罪しなければならない流れになってしまった。
「あ、いや、ごめん」
「よーし、じゃあ今回は誰が一番多く成果を上げるか競争だねっ!」
「え、いやそれは……ちょっと待って、まずは落ち着いて……」
2人の異世界生物に対しての不安を口にしたせいで、話は更におかしな方向に向かっていく。真面目に捜査して冷静にスリを捕まえるのが理想なのに、それがゲームじみた競争になってしまったのだ。
シュウトはこの流れを何とか止めようと声をかけるものの、ヒートアップした2人を前にその言葉は全く届かない。
「おーし!俺が一番になる!」
「いーや!私!」
「や、ちょっと2人共さぁ……」
忠告が聞かれない事でシュウトは頭を抱える。そんな彼をよそに2人は意気投合して勝手に盛り上がっていった。
その日の就寝前、布団に入ったシュウトは自分の中に生まれた不安を心の中のユーイチに打ち明ける。
「あーあ、困った事になっちゃったよ」
(いいんじゃないか、それで成果が上がるのなら)
「そうだね、2人の中のユウキさんやミヤコさんが悪乗りしなきゃいいだけだもんね」
心の中の元リーダーと話をしている内に、人間側の方が勝手に盛り上がったって異世界生物側が冷静だったなら大丈夫だろうと彼は思いを新たにした。
しかし、この意見を聞いたユーイチは2人の異世界生物の性格をよく知るだけに、そううまくいかない可能性を自ら口にしてしまう。
(いや、彼女らは……特にユウキは悪乗りしそうだ……)
「うん、しそうだね」
(何も問題を起こさなければいいが……)
「今回は全員単独行動だしなぁ……」
こうして不安ばかりが大きくなりながら作戦当日の朝がやってくる。事前に打ち合わせたのはお互いの担当エリアの場所決めだけ。後はその場で臨機応変にと言う事になった。
まず3人は駅前で待ち合わせをする。そうして全員が揃ったところでお互いに声をかけ合った。
「さぁーて!じゃあ今日は頑張ろう!」
「今日は私が一番捕まえるよ!」
「いーや、俺だね」
結局当日になっても2人のテンションは変わらないまま。シュウトは仕方なくこの流れに全てを委ねる事にしていた。3人は券売機でそれぞれ担当エリアの切符を買ってホームへと向かう。
こうして3人は興奮と緊張感を維持したまま、定刻通りにやってくる電車を待った。
「お互い、目的の駅に着いたらシンクロって事で」
「おっけ!」
「了解」
最後に今日の役割の確認をとって、3人は時間通りに来た電車に乗り込んだ。乗った電車は同じでも降りる駅はそれぞれ違う。まずは由香が降りて、その次が勇一だ。シュウトの降りる駅は一番最後になる。
次々と仲間が降りていってひとりになったところで、彼はこれから赴く街についての不安を口にする。
「初めて行く所だから緊張しちゃうな」
(別に異世界に行く訳じゃないんだ、そんなに気負う事もないぞ)
「それはそうなんだけどね。そう言えばユーイチのいた世界って……」
(それはまた今度にしよう)
ユーイチの言葉を聞いて不意に彼の故郷について興味を持ったシュウトが話しかけようとすると、食い気味に彼から言葉をかぶせてきた。その勢いからこの話は今するべきではないのだなと実感したシュウトは、言いかけた言葉を素直に飲み込む。
「うん、分かった」
その後は特に会話らしい会話もせず、彼は車窓の景色をずうっと眺めていた。ブツブツ独り言を話していると気味悪がられると思ったからだ。
そうしている内に電車は目的の駅に辿り着く。シュウトは満を持してその駅に降り立つとすぐに作戦を実行した。
「さて、行きますかぁ。シンクロ!」
こうして体を入れ替わったユーイチはすぐに他のメンバーと連絡を取る。携帯を取り出すとすぐにSNSを起動させた。
「こちらは現場に着いた、そっちは?」
すぐに返信は来なかったものの、しばらくすると2人からの進捗情報の報告が届く。
「こっちはもう捜査始めたよ」
「私も街を歩いてますぅ~」
こうして全員の状況を確認したところで彼は携帯の電源を切り、ポケットにしまった。
「よし、行くか」
ユーイチは気合を入れて早速スリ探しに向かう。由香の予測がなかったらまずは駅構内を行き交う中でのスリを警戒するところなものの、予測で出たのが駅を出た駅前商店街と言う事で、駅では特に探索はせずにすぐに該当の場所へと足を運ばせた。
向かった先の駅前の商店街はまだそれほど賑わっている風でもなく、スリが出るにしてもこの時間帯ではないように感じられる。
しばらく警戒しながらパトロールしていたものの、パルマの構成員どころか不審な一般人の姿すら目には出来なかった。
「うーん……」
(ここにはいないのかな?)
「場所を変えてみよう」
由香から示されたスリ発生予測地域は他にも候補が幾つかある。この商店街にその気配がないのもあって、ユーイチはシュウトと相談して別の場所に足を向けた。
その頃、ミヤコは自分の担当区域で早速単独行動の洗礼を受けていた。彼女の担当はその地域で一番の繁華街で、今日が休日と言う事もあって、まだ朝だと言うのに既に多くの人が行き交っていたのだ。
「この人の数はすごいですね」
(都会になるともっとすごいんだぞ)
「ええ~、そうなんですか」
彼女の感想に心の中の勇一が返事を返す。この言葉にこの繁華街に初めて足を踏み入れたミヤコは素直に驚いていた。その天然な反応に心の中の彼は思わず小さくため息を吐き出す。
(こりゃ、前途多難だな……)
「そう言う事言わないでくださいよお~」
パートナーに呆れられた彼女は涙目になりながら、スリ探しのために雑踏の中に溶け込んでいく。人の多さに慣れていない彼女にとっての高難易度のミッションはこうしてスタートを切ったのだった。
ミヤコが悪戦苦闘し始めていた頃、ユウキもまたやる気十分で仕事に臨んでいた。
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