第94話 嘘の電話にご用心 その2

 新しく見つかった新しい仲間になりそうな人物はみんな離れてしまったのだ。由香の気持ちが分かったシュウトはここで相槌を打つ。


「ああ、そうかもね」


 けれど、彼女の話はここで終わりではなかった。更に由香が人数を揃えたかったその理由が熱い熱意と共に語られる。


「それで人数揃ったらもう部活じゃん!部室頂きじゃん!」


「いや、そう簡単な話じゃないと思うよ?」


 どうやら彼女は部室が欲しいと言うその思いをまだ持ち続けていたのだ。人数が集まれば部室が手に入ると、そのチャンスが失われた事が悔しかったらしい。シュウトがこの熱意を前に現実を伝えると、由香はふんすと鼻息を荒くする。


「人数さえ揃えば私が何とかするよ!」


「あ、そう?それは頼もシイナー」


 その自信満々な彼女の言葉にシュウトは感情のこもっていない返事を返す。この態度を見た由香はすぐに不満を覚えた。


「そこ、何で棒読み?」


 一触即発の雰囲気が漂う中、彼が身構えたところでポケットの中のスマホが振動する。これ幸いと、シュウトはわざとらしく演技がかった声でこの事を口に出す。


「うおっと、電話だよ」


 その電話が誰からのものか察しの着いた彼女は、上げた拳を降ろして様子を伺った。彼は電話口の仕事の依頼主と嬉しそうに談笑している。内容としては、いつものように指定された時間にあの喫茶店で待ち合わせの約束をするだけだ。

 仕事の依頼の打ち合わせをする時間はいつも決まっていて、だから基本的にいつ会うか、ただそれだけを決めるものだったりする。大抵それはその日の夕方になる場合が多いのだけれども。


 そんな訳で今回も今日いい?と言うたった一言にイエスかノーで答えるだけで用事は済んでいた。この質問にはいの返事で電話を切った後、シュウトは前回打ち合わせに同席しなかった勇一の顔を見る。


「えっと……」


「やっぱ俺はいいよ、また後で話を聞かせてくれ」


 彼の意思を確認して、今回も2人で打ち合わせへと向かう事に決まった。放課後、例の喫茶店で待っていると、今回は2分遅れでちひろがボサボサの髪でやってきた。また家に帰れずに仕事先に泊まったのだろう。

 そんなお疲れの彼女は2人の向かい側の席に座ると、開口一番この間の件について口にした。


「昨日何かやったの?こっちにも情報来てるけど」


「え、えっと……」


 カシオ救出作戦、かなり派手に動いたために、その事は政府の組織にも筒抜けになっていたようだ。

 ガルバルドも表向きはこちらの世界の企業と言う形を取っている。勿論それは隠れ蓑な訳だけれども、ビルの前での大立ち回りやビル内部でもかなり派手に破壊活動した事は事実で、被害総額を考えると億単位のものを請求されてもおかしくはなかった。そんな想像をしてシュウトの顔はみるみる青くなる。


 その顔を面白そうに眺めていた彼女は、返事の言葉がうまく返せずに困り果てているのをしっかり堪能した後、ニコッと笑う。


「ま、今回はもっと上がもみ消しちゃったけどね」


「え?そうなんですか?」


「ま、相手側も騒ぎが公になって色々調べられたら困るって事よね」


 やはり政府もシュウト達が暴れたあのビルの所有者がまともじゃない事をしっかり把握しているようだ。ニコニコと話をするちひろの顔を見て、シュウトは莫大な被害額を払う必要がなくなった事を実感してホッと胸をなでおろした。

 彼女はコーヒーをひとくち口に含むと、ニコニコした表情を崩さないままに2人に話しかける。


「でも色々面倒臭いからあんまり大きな騒ぎは起こさないでね。それと、事後報告でいいから、何かやらかしたら一言こっちにも連絡を入れる事」


「あ、はい、以後気をつけます」


 その表情にただの笑顔以上の凄みを感じたシュウトは小さくなって返事を返すので精一杯だった。これで騒ぎのケリはついたと言う事で、ちひろは改めて2人に今回の依頼の資料を手渡した。


「で、これが今回の依頼」


 資料を渡された2人は早速その中身をペラペラと開いて確認する。依頼の概要を確認出来たところでシュウトが口を開いた。


「……架空請求……ですね?」


「そう。まさか異世界生物がこの手の犯罪に手を染めるとはねぇ~」


 そう、今度悪さをしているのは、異世界生物犯罪組織でも頭脳派の犯罪を得意とする秘密結社ユードルだ。

 この組織は以前からいいところまで追い詰めるものの、最後は何故かうまくいかないと言う、鉄板の取り逃がし劇を続けてしまっている組織。今回もやけに人間臭い犯罪に手を染めていた。

 ユードルの犯罪の傾向の感想を話す彼女に、シュウトは自らの見解を口にする。


「こっちの人間がブレインについていたとしたら、いずれはやりかねない気はしてました」


「で、出来そうかな?」


「ええっと……」


 ちひろの視線がシュウトの顔を凝視する。この状況に蛇に睨まれた蛙状態になった彼はうまく口を動かせないでいた。

 この時、ずっと資料を熟読していて沈黙を守っていた由香が、急に顔を上げて勢い良く口を開く。


「勿論やります!やらせてください!」


「うん、じゃ、任せたからね!」


 了承の返事を得た彼女はニコッと笑うと、残りのコーヒーを一気に飲み干し、そのまま軽い足取りで喫茶店を後にしていった。残された2人は、その後姿に向かって聞こえるように大きな声で労いの言葉をかける。


「お仕事お疲れ様でーす!」


 ちひろの帰った後、もう一度しっかり資料を読みなして、出されたコーヒーもしっかり飲んだ後、2人も店を後にした。

 帰り道、すっかり赤く染まった景色の中で帰路についていた2人は、その道中で話を始める。まず切り出したのは猫舌の彼だった。


「やっぱ引き受けちゃうかあ」


「ガルバルドの事は気になるけど、これはこれ、それはそれだよ!」


「でかい組織よりまずはショボい組織だよね」


 そうして2人は笑い合ってそれぞれに家に帰っていく。家に着いたシュウトはいつものように頭脳労働を由香に任せて、その日はそのまま普段通りに過ごした。昨日の疲れがまだ残っていたのか、あっと言う間に彼は深い眠りに落ちていく。



 次の日の昼休み、いつものメンバーが図書室に集まったところで、初めて依頼の内容を聞く勇一が面倒臭そうな声を上げる。


「今度は架空請求~?一体どう解決するんだよ」


「まずは資料を読んで対策を練るんだよ。それに出来そうにない依頼なら受けないから」


 まだ依頼に関しては新人の彼に、シュウトは分かりやすく仕事の流れを説明する。勇一は自分の分と言われてシュウトから渡された資料に目を通しながら口を開く。


「て事は?ちゃんと解決出来るめどは付いているって?」


「資料を見た感じだと、あいつらのターゲットは別に高齢者狙いでもないみたいなんだ」


「と言うと?」


 この勇一の質問には得意顔の由香が答える。


「ネットに疎いネット弱者を狙ってる。だから対象者は誰だっていいみたいね」


「つまり俺達でも上手くやれば何とかなるってか?」


「そう言う事」


「で、具体的にどうやって捕まえるんだ?」


 勇一は話の核心に近付く。ここでようやく今回の依頼を達成するための計画について、由香がポツリと口にした。

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