第72話 転売屋はオタクの怒りを買う その4

 それもあって、みんなトラブルを起こさないように各々自分を抑えて大人しく列に並んでいる。こう言うイベントの常連ぽい彼女もまた、この場のルールを堅実に守っていた。まるで親の敵のような視線を一斉に集めた彼は小さくなって、今後の事について由香に耳打ちする。


「どうするつもりなの」


「だから任せた!陣内君は感知能力があるから大丈夫でしょ」


 その無責任な言葉を聞いたシュウトは一瞬気を悪くするものの、すぐに何か閃いたのかにやりと笑う。


「じゃあギャラは俺ひとり分ね」


「ちょ、それは困る~」


 困り顔の彼女を置いて彼はまた自分の仕事を再開する。仕事を丸投げで同額の報酬を得ようだなんて、自分だけが好きな事をするなんて、このくらいの権利があったって構わないはず。もちろんこれはシュウトが勝手に言い出した事なのでこの言葉には全く何の権限もない。

 ただ、そうして欲しいと願えるだけのものはあると、この時の彼は本気でそう考えていた。


(いいのか?このイベントだと特定したのは……)


「それはそうだけど、それ以外全て丸投げならこっちにも考えがあるよ!」


(あまり意固地にならない方がいい。チームワークは大切だ)


 2人の心がバラバラなのは不味いと感じたユーイチは何度もシュウトに声をかけるものの、その言葉は興奮状態の彼には届かない。


「絶対ユードルを見つけてひとりで捕まえてやる!」


(ああ、だがいざとなったら協力を求めるんだぞ)


「変身した後はユーイチの自由だから、その時の判断は任せるよ」


(ああ、任せてくれ)


 度重なる会話の中で何とか落とし所を見つけたユーイチは、そこでやっと一安心する。シュウトは列に並んでいる有象無象の作品ファンの顔を、彼らの気を荒立たせないように注意しながらじっくりと観察しながら歩いていた。

 数人程度ならこの行為も大した負担にはならないのだけれど、何しろ数が数。流石の彼にも当然のように疲れが見えてくる。


「う~、目が疲れる。一体何人集まってるんだ……」


 お疲れ状態のシュウトを見かねたユーイチは彼にアドバイスを送る。


(転売目的なら確実に手に入れられるように先頭集団に入ろうとするはずだ。並んでいる人間全てを確認する必要はない)


「それはそうなんだけど……。近藤さんも同じ力に目覚めてくれていたならな……」


(今は出来る事を精一杯しよう。無理は禁物だぞ)


「分かってる。見つけてからが本番だしね」


 ユーイチのアドバイスを受けて、シュウトは考えを切り替え、一気に列の一番先頭に進む。そこから探せば早く見つかると言う算段だ。

 この頃にはもうすっかり空は明けきっていて、街も朝の賑やかな光景を見せ始めていた。道路には多数の車が行き来し、人の流れも活発になっていく。

 彼は探し方を逆にした事が正解だったとすぐに確信する。それは先頭から15人目の人物の顔を見ようとした時だった。


「ん?」


 彼が近付いた事で慌てて帽子を深くかぶったその男は、どう見てもこの会場に相応しくないような風貌をしている。実際、どんな風貌だろうがその人の趣味を悪く言う事は出来ない。

 けれどやはり同好の士には同じものを好きだと言う、言葉で説明出来ないような雰囲気が感じられるものだ。その男には全くそれが感じられなかった。

 この時点で、少なくとも彼が転売目的でこのグッズを買い漁ろうとしている事は容易に想像出来た。


 ターゲットに近付いて来たと感じたシュウトはじっくりとこの男の顔を覗き込む。よく見る事で、隠しきれない顔の特徴がシュウトの記憶のデータベースに該当者ありとの回答を導き出させた。


「ああっ……」


 確信を得た彼はいきなり男の腕を掴む。勿論逃げられないようにするためだ。急に腕を捕まれた男は狼狽して大声を上げる。


「な、何だっ?げっ!」


「いつかどこかで何度もお会いましたよね?今日はおひとりですか?」


 そう、それはユードルのメンバーのひとり、マーヴォだった。正体がバレたと確信した奴は開き直ってドスの利いた声で挑発する。


「お前……いいのか?ここで暴れても」


「だからってこの手は離しませんよ?」


 相手がひとりならどんなに暴れようとも対処出来ると、シュウトはその挑発には乗らなかった。どんなに腕を振りほどこうとしても、強く握られていてそれが敵わないため、奴は挑戦的な顔を彼に向ける。


「ふふん、俺がひとりでここにいると思っているのか?」


 その声と同時にどこからかもうひとつの人影がシュウト目掛けて襲い掛かってくる。どうやらマーヴォの言葉はハッタリではなかったようだ。この不意打ちに思わず彼は掴んでいた手を離してしまう。奴はその隙を突いて一目散に逃げ出した。

 逃げ出した2人組を捉えようと、ここでシュウトはユーイチと入れ替わる。


「シンクロ!」


 マーヴォを手助けしたのは同じユードルメンバーのレンジだ。奴はシンクロして入れ替わったユーイチとまともに向き合おうとせず、一定の間合いを保ちながら機会を伺い、フェイントで彼の注意をそらすと踵を返して一気に逃げ出した。

 それから奴らは追跡を逃れようと、並んでいた無関係な人々を手当たり次第に襲い始める。当然、場はとんでもない混乱状態になった。


「くそっ!逃がすか!」


「早く!追いかけよう!」


 気がつくと、その場にはシンクロして入れ替わったユウキがいた。この状況に彼は一応の確認をする。


「え?グッズは?」


「こんな混乱状況じゃイベントは中止になるに決まってるでしょ!急いで!」


 彼女の言葉に今するべき事は何か理解した2人はお互いに軽くうなずき合うと、すぐに逃げた奴らを追いかけ始めた。


 一方、全く戦わずに逃げに徹したマーヴォ達は道を超高速で走り抜けながら、何故今日の仕事を嗅ぎつけられたのかとぼやく。


「くそっ!何でいつもあいつらに邪魔されるんだ」


「情報が漏れているな……」


 彼より少し頭の回る同行するレンジが、先回りのからくりをそう推理する。それを聞いたマーヴォは信じられないと言う顔をした。


「俺達の行動が嗅ぎつけられている?まさか……」


「だがそれ以外に理由が思いつかん」


「なら、そうなんだろうなっ!」


 難しい話は頭が痛くなる。彼は思考を放棄して、レンジの説をまるごと受け入れた。しばらく走り続けた2人は追手が来ないか同時に振り返る。その視線の先に該当者がいない事を確認したユードル2人組は、ようやく安心したのかここで足を止めた。

 肩で息をしながら2人が前を向くと、目の前に先回りしていたユーイチ達が立ち塞がっていた。


「……どうしても逃してくれないのかい、お2人さん」


 マーヴォの軽口に、拳を握りしめたユウキが感情に任せて声を荒げる。


「あなた方はイベントを無茶苦茶にした。この罪は万死に値する!」

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