第41話 インチキブランド その4
「中々ボロは出さないなぁ……」
「そろそろご飯食べよっか」
時間を確認した由香はシュウトに昼食の提案をする。やれやれと言った風情で彼はポケットからパンと飲み物を取り出した。それを見た彼女はすぐに何かを発見したみたいに大声を上げる。
「あっ!」
「な、何?」
突然の大声にシュウトはびっくりして彼女の方を見る。一体何事が起こったのかとゴクリとつばを飲み込んだ。由香は強い口調でシュウトに注意する。
彼女から返って来た答えはシュウトの想像を超えたものだった。
「何でアンパンと牛乳じゃないの!」
「何もそこまでこだわらなくてもいいじゃないか」
そう、彼が昼食用に買って来たものは惣菜パンとペットボトルのミルクティーだった。張り込みの定番のアンパンと牛乳じゃなかった事について由香は怒っていたのだ。
シュウトが呆れた返事をすると由香は自説を曲げずに答える。
「でもそここだわってこその張り込みだよお」
「うーん……」
これはついていけないなと思った彼はそれ以上彼女に反論はしなかった。由香の方も思想の違いに話し合いは無駄だと感じたのかそれ以上余計な口は挟まなかった。
黙々と昼食を取る2人。普通は楽しいはずのランチタイムも直前に揉めた為に何だか空しい時間として過ぎていく。先に食べ終わったのは彼女の方だった。
今日の張り込みに並々ならぬ決意を持って臨んでいた由香は食べ終わってすぐに張り込みを再開する。
「さ、再開再開!」
ノリノリな彼女に対してイマイチ乗り気じゃないシュウトはゆっくりと食事を楽しんでいた。パンを食べ終えて食後のミルクティーをゆっくり飲み干しているとずっとマンションを見張っていた由香が何かを発見したらしく突然実況を始める。
「あ、車が近付いて来た。もしかしたらアレかも」
彼女の言葉にシュウトもそれを確認する為に身を乗り出すと、確かに怪しげなトラックがマンションに近付いて来ていた。宅配会社のトラックでなければあの車は偽ブランド店に関係している可能性が高い。
真相を知りたい由香はこの件についてシュウトにある提案をする。
「シンクロして様子を見に行こう」
「え?ちょ、ま!」
彼女はそう言うのが早いか万が一の為に速攻で入れ替わって車の前に飛び込んでいく。彼女のその行動にシュウトは一瞬唖然としたものの、事態の危険性を察して同じように入れ替わってすぐに彼女の後を追う。
先行して車を調べていたユウキに追いついた時、彼女はがっかりした声でつぶやいた。
「あ、これ搬入業者みたい。なーんだ、失敗したあ」
彼女の報告を受けて車のドライバーを確認したユーイチは見覚えのある顔を見て表情を一変させる。
「いや、あのドライバー、融合者だっ!」
「えっ?!」
資料に書かれていたこのトラックの運転手の人間名は中野ともや。身長169cmでメガネの職業住所不定の34歳独身。バスジャックの時はバスジャック犯をしていた人物だ。融合している異世界生物の名前はカルフ・マーヴォ。どうやって調べたのかしっかりと明記されている。
倒すべき敵を確認した彼はこの機会を逃すまいと車に飛び乗ろうとした。この行為にともや、もといマーヴォもユーイチの姿を確認してその場を離脱しようと行動を開始する。
「な、おまっ、まさかっ!」
「逃さないっ!」
急発進して振り切ろうとするマーヴォにユーイチは逃すまいと必死に車にしがみついた。そうしてユウキの目の前をトラックが暴走気味に通り過ぎていく。
「あーあ……ま、追いかけますか」
トラックに必死にしがみつきながらユーイチはチャンスを伺っていた。運転手のマーヴォも振り払おうと必死に抵抗する。猛スピードで蛇行するトラックを前に対向車は皆必死で避けて行く。
「くっ!」
「しつこい奴だな」
あんまりユーイチがしつこいので業を煮やしたマーヴォは最後の手段で急ブレーキをかけた。流石の彼もこれによってトラックの前方に吹き飛ばされる。
「うわっ!」
「このまま
ユーイチの目前にトラックが迫って来る。ものすごいスピードでもう避ける時間もない。覚悟を決めた彼は静かに呼吸を整えてフルパワーを持ってしてこの暴走する鉄の塊と対峙した。
「でぇぇぇい!」
「うおっ!」
なんとユーイチはトラックに衝突しながらその車体を支え、そのまま力技で強引に横転させたのだった。トラックごと倒されたマーヴォも大ダメージを受ける。
ただ、それだけの大技を放ったユーイチもまた体にかなりのダメージを負い、トラックを横転させた後、その場に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「くそっ……体が動かねぇ……」
トラックを運転していたマーヴォは何とか自力で車から脱出したものの、体に受けたダメージが大きく、数歩歩いたところでユーイチと同じく道路に倒れ込む。
彼がその場に倒れ込んだのを確認したユーイチは何とかマーヴォから異世界生物を分離させようと無理やり起き上がろうとした。この時、入れ替わった側のシュウトは心の中で気絶していた。初めて体験するトラックが間近に急接近する恐怖に心が耐えられなかったのだ。
「あ、後……もう……少し……だ」
「おいおい……急にバックレるからどうしたのかと思ったらまたそいつかよ」
満身創痍で倒れ込んでいるマーヴォに近付くシュウトの前にバスジャック事件の時でも彼とコンビを組んでいたもうひとりのユードルの結社員、資料によると人間名小谷よしお、身長177cmメタボ気味、中野ともやと同じく職業住所不定の44歳独身。融合者名アラキ・レンジが立ちはだかった。
どうやらトラックが急に暴走したのでその真相を掴む為に追いかけて来ていたらしい。この新たな敵の出現にユーイチは衝撃を受けていた。
「な、何っ?」
「ほう?うまい具合に相打ちに出来たじゃねーか。商品の損失は酷いがこいつを消しゃあ商売も楽になる……」
レンジは倒れているマーヴォを心配するでもなく、目の前の商売敵に敵意を向けている。ユーイチはボロボロになりながらも戦闘態勢を取って敵からの不意の攻撃に備える。
「そう……簡単には……行かないぞ……この……悪党め」
「ほう、その体で立ち向かうのかよ!こいつはいい!どんな死がお望みだ?」
ユーイチが傷だらけで立っているのがやっとだと分かった上でレンジは上から目線で挑発する。それはまさしく弱い相手にはとことん態度が大きくなる小物悪党らしい行動パターンだった。この挑発を受けた彼は強い口調で敵に向かって叫ぶ。
「負けるのはお前らだっ!」
「これに勝てたならなっ!」
レンジは冷静に懐から銃を取り出しユーイチに向かって躊躇なく引き金を引いた。通常なら融合者の反射神経で銃弾を避けるのなど造作もないところなのだが、今の傷だらけの彼にそこまでの身体能力は残っていなかった。
「うあああっ!」
「銃って便利だよなあ、簡単に蹴りがつく」
一発目こそ腕をかすっただけで済んだものの、レンジはその後も冷徹に銃を撃ち続ける。乾いた音が周囲に何度も響くものの、場所が誰もいない郊外だった為に騒ぐ住人はひとりもいない。複数の銃弾が命中してユーイチはその場にしゃがみ込んだ。この様子を見て彼は勝利を確信する。
一方、倒れ込んだユーイチは顔を地面に向けながらニヤリと笑う。
「ふ、果たしてそうかな?」
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