用心棒は風の彼方

第35話 用心棒は風の彼方 前編

 昼休み、いつものように図書室で2人は雑談をしていた。外はいい天気で元気な生徒はみんな運動場に出て遊んでいる。相変わらずこの図書室を利用する生徒は少ない。流石に今日は2人っきりではなかったので、会話は周りの人に迷惑にならない声の大きさで進めていた。


「でね、私思うんだけど」


「え?」


 それまで他愛もない世間話をしていたと思ったら由香が突然話を切り出した。この唐突の出来事にシュウトは唖然とする。


「部活みたいな感じにしたいのよ、こうなったらさ」


「何が?」


 彼女の話は要領を得ない。突然前触れもなく結論だけ言われてもわかる訳がない。話を聞かされたシュウトはただただ困惑する。


「別にここで話すのでもいいんだけど、やっぱ秘密の会話とか出来ないし」


「もしかして、仕事の話?」


 最早勘頼みでシュウトは由香の話に合わせようとする。すると、その推理は当たっていた。


「そうだよ!決まってるじゃない」


 けれど、何故か彼女はその言葉に不服そうだった。すぐに気が付かなかったのが気に障ったのだろうか?

 この由香の意見にシュウトはあまり乗り気にはなれなかった。


「とは言ってもなぁ……」


 そう言いながら彼は頭を掻いた。その様子を見ながら由香はずいっと身を乗り出して自分の意見を述べる。


「ヒーロー部とか、そんな感じでさ」


「そんな直接的なの考えてたの?」


「無理かな?」


 この彼女のアイディアを聞いたシュウトは半ば呆れていた。あまりにも直球過ぎる。

 ただ、彼女のそのやる気をすぐに否定するのもどうかと思った彼はまず可能性の話を口にした。


「まぁ名前はともかく、実際少子化で空き教室は幾つか出来ているから……色々うまくすれば何とかなるのかも?」


「何とかしようよ、この際」


 彼女はどうしてもこの話を進めたいようだ。この情熱、シュウトには全く理解が出来なかった。彼は新しく部活を作る事のデメリットを身振り手振りを使って丁寧に由香に説明する。


「でも部活みたいにするのなら先生や生徒会の許可もいるだろうし、会議みたいなのにも出なくちゃだろうし、ハードル高いよ?別に今のままでいいじゃん」


「世を忍ぶ仮の姿って感じでいいと思ったんだけどなぁ」


 この話を聞いてもまだ納得の行っていない風な彼女に対し、シュウトはさらに決定的な一言を告げる。


「そもそもまだ2人だし。もしこの人数が増えたら考えてもいいかもだけど」


「あ、そっか、じゃあ将来的にランランの他のメンバーが集まるなんて事になったら……」


「ランラン?」


 由香の口から知らない単語が出て来てシュウトは思わす聞き返す。彼女はどうして知らないのか不思議な風な顔をしながらその疑問に答えた。


「え?知らないの?ユーイチが作った組織の名前だよ」


「そんな名前だったの?」


(ああ、そんな名前だ……)


 シュウトの反応にすぐに心の中のユーイチが答える。どうやら彼女の話は本当らしい。異世界のネーミングセンスって独特だなと彼は思った。

 組織名の事で少し間は空いたけど、組織のメンバーがたまたま2人集まったからって今後も続々と集まるなんて話が出来過ぎている。

 そう言う願望じみた話を口にする由香に対して、シュウトは現実を見据えた自分の考えを口にした。


「アニメやラノベじゃあるまいし、そんなうまい事行くとは思わないけど」


 この彼の意見を聞いた彼女は次の言葉が出せずに沈黙する。それでここでこの話はもう終わったと判断した由香はまたしても素早く話題を切り替えた。


「それより連絡来た?」


 この切り替えの速さにシュウトは一瞬戸惑うものの、すぐに話を合わせて会話を続ける。それは彼もちょうどその話をしようと思っていたからだった。

 シュウトは腕を組み直しながら彼女の質問に答えた。


「うん、来てる」


「じゃあ、またあの喫茶店だね」


 仕事の話が来ている事を知った彼女はニッコリと笑うのだった。これは報酬が目当てなんだなと思ったシュウトは、でもその事を口には出さなかった。

 放課後、2人は例の喫茶店に向かう。店内に入ると既にちひろはいつもの席でスタンバイしていた。気付いた彼女に手招きされて2人は彼女の向かい側の席に仲良く並んで座る。するとすぐに目の前の彼女は話し始めた。


「どう?調子?みんな異世界生物と仲良くしてるぅ?」


「え、ええ、まぁ……」


 早速の相変わらずのテンションに圧倒されながらシュウトはちひろの質問に答える。


「うんうん、よしよし。良い事だ」


「あの、それで今回の仕事は……」


 あんまり余計な話をされて返答に困る展開になるのも嫌だったので、シュウトは彼女にすぐに本題に入るように促した。彼の意図を汲んだちひろは少しも笑顔を崩す事なく自然な流れですぐに仕事の話を始める。


「あ、そうだね。じゃあ説明しようか。今回君達にして貰うのはねぇ、ちょっと危険な案件なんだ。あ、危険と言っても入れ替わったら問題ないよ。で、異世界生物が関わっているのはある組織の用心棒なんだわ。段取りを言えばちょっと騒ぎを起こしてもらって彼が出てきたところを捕まえるって感じかな。本当はまだ未成年の君達には荷が重い仕事ではあるんだけど……」


 相変わらずのノンストップ話術の炸裂に2人は話に追いつくので精一杯だった。ただ、色々世ヤバイ案件だというのは薄っすらと理解出来ていた。

 疑問点はいくつもあったものの、まずはそこで引っかかった言葉にだけシュウトは反応する。


「騒ぎを起こす……って」


「うん、言いたい事は分かるし、駄目なら拒否していいからね。それならこの仕事は他に回すし」


 こんな事を言いながらちひろの表情は崩れていない。彼女の心の内が読めないまま、厄介な案件を前にシュウトは返答が出来ないでいた。


「いや、面白そうだしやりますよ」


「ちょ……」


 彼の代わりに返事を返したのは隣で話を聞いていた由香だった。この突然の行動にシュウトは動揺する。困惑する彼を置いてけぼりにして彼女とちひろとで話は勝手に進んでいく。


「うん、受けてくれて有難う。こっちも精一杯フォローするからね。はい、これが資料」


「まだ俺はやるって……」


「だーいじょうぶだって!」


 まだ納得してないシュウトと乗り気の由香にちひろから資料が渡される。それはまるで最初からそうなると決まっていたみたいな手際の良さだった。

 何か釈然としないものを感じながらも渡された資料に目を通すと、シュウトはそこに見覚えのある名前を見つける。


「あ、この組織……」


 彼のつぶやきを聞いたちひろは運ばれてきたコーヒーを一口飲むとすぐに答えを返した。


「そ、前に捕まえたあの地上げ屋の一派よ」


「ああ、用心棒が似合いますよねあそこなら」


 2人にしか分からないやり取りを耳にした由香はその足りない情報を補完すべく口を挟んで来た。


「え?何?前に関わりがあったところなの?」


「後で詳しく話すよ」


 この質問に対して、シュウトは少しぶっきらぼうに彼女に返した。話す事は話せたと判断したちひろはちらっと時間を確認すると席を立つ。

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