第9話 力が欲しいよ 後編
「お前も俺と一緒だったのかよ……何者だ!」
男Aは叫ぶ!
その時、シュウト本人の心は自分の心の中に転移していた。
(あれ?ここは……)
「つまりそう言う事なんですよ」
ユーイチは心の中のシュウトに説明する。彼の意識が顕在化すると言う事はシュウトと意識と立場が逆転すると言う事。
そう、今のシュウトの身体はユーイチの精神が支配していた。つまり簡単に言うとお互いの身体が入れ替わった訳。
今のシュウトの精神はユーイチの身体に入っていた。
本来ならこの珍しい経験にシュウトの好奇心も存分に発揮されるところだけど、今は事態が事態だけに異生物の体に入った感じとかどーでも良かった。
それに全く違和感なく馴染んでしまったので、そこまで興味を抱かなかったと言うのが正解かも知れない。
ユーイチがシュウトの心を特別に感じた理由がそこにもあるのだろう。
(理屈は分かったから、さっさとあの男をどうにかしてよ!出来そう?)
「さあ?分かりませんけど……力を尽くします」
ユーイチ化したシュウトは男Aに対して臨戦態勢を取った。
「テメェ!舐めんじゃねぇ!」
男Aは急に目の前の相手の態度が変わった事にむっちゃキレていた。すぐに男Aはユーイチに襲いかかる!相変わらずの大振りで。
彼はその攻撃をさらっとかわすと、気合を込めた重い一撃を男Aに放った。
ドスゥ!
「ぐえっ!」
男Aの腹部にユーイチが放った一撃によって、何と男Aに巣食っていたチンピラ異界生物が男Aの体から弾き飛ばされた。
何とユーイチの放ったそのたった一撃で、事態は簡単に解決してしまったのだ。この一撃を受けて正気に戻り崩れ落ちた男Aはそのまま気絶する。
そして弾き飛ばされたチンピラ異生物は、突然放り出されたショックに耐えられずに叫び声を上げた。
「うああああ!」
この生身の状態で放り出されたチンピラ異生物もやはり見た目は猫そのものだ。
薄汚れた目付きの悪い野良猫みたいなその風貌は、まさにチンピラと呼ぶのに相応しい容姿だった。
チンピラ異生物は弾き出されたその瞬間こそ状況が理解出来ずにキョトンとしていた。やがて自分が力のない本来の姿に戻っていた事を自覚すると、大声で叫ぶ。
「な、何だとー!」
戦いに負けたと言う事で、彼は何をされるか分からない恐怖を感じて一目散に逃げようとする。
しかしそんなチンピラ異界生物をユーイチが見逃すはずもなく、異界生物は彼に簡単に捕まえられてしまった。
「離せっ!くそっ!」
「私達に無礼を働いてその態度ですか?」
「何だ!おまっ!何をする気だっ!」
「いいんですよ?このまま捕まえたままでも。いつまであなたの生命が持つか……」
ユーイチのこの気迫のこもった一言に彼は覚悟を決める。
「くっ、殺すなら殺せっ!」
「私にそんな悪い趣味はありませんよ……ただし、この世界からは退場してもらいましょうか……」
「どうせ俺はあんたには逆らえねぇよ!」
チンピラ異生物の首根っこを捕まえながら、ユーイチは悠々と歩きながらゲートの方に向かって歩き出した。捕まった彼も、もうジタバタ暴れもせずに捕まえられたまま大人しくなっている。
ここからゲートのある再開発地区まで徒歩で約50分――異生物が地上で活動できる限界ギリギリの距離だった。
裏通りをくねくねと歩きながら、ユーイチはこのチンピラから情報を引き出そうと試みる事にした。
「ただ歩いて行くのもちょっと退屈ですね。そうだ、ゲートに着くまでの間私の話し相手になってもらえますか?」
「俺は何も知らねぇよ」
「まぁ、話せる事だけ話してくれるだけで十分です」
「けっ」
ユーイチの問いかけに、彼は悪態をつきながらも話に付き合う事を渋々と了承する。その様子を見て、ユーイチはじっくり質問を考えてそしてゆっくりと口を開いた。
「あなたみたいな異界からの住人は結構こちらの世界に来ているんですか?」
「知らねぇよ。……ただ、何人かとは出会ったな」
ユーイチの質問にチンピラ異生物は知らないとは言いつつ結構素直に答えてくれる。普通チンピラの言葉なんて簡単に信用出来ないものだけど、この言葉には真実味があると彼は感じていた。
それでそのままユーイチは質問を続けた。
「ほう……その中に政府関係者は?」
「知らねぇよ!ただ、もしそんな奴がいたら俺はここで暴れられてやしないだろうな」
「なるほど」
ユーイチは政府関係者から狙われているから、やっぱりそこが気になるようだ。
このチンピラ異生物が嘘を言ってる風でもなかったのでその言葉も一応信じる事にした。
しかし何人かの異生物がこの世界にやって来ている――その事がユーイチにとって不安の種になっていった。話をしながら例の工事現場に着いたユーイチは言葉通りこの異性物をここで開放する。
「じゃあ向こうの世界で好きに暮らしなさい」
「けっ!こんな世界最初から願い下げなんだよ!」
ぽいっ!
こちらの人間には見えないそのゲートにチンピラ異生物を軽く放り込むと、奴はそのまま空間の歪みに飲み込まれていく。
その様子を心の中から見ていたシュウトは思わず感心してしまった。
(うわ……ゲートが異世界に通じてるってマジなんだ)
「マジですとも」
実は今までシュウトはユーイチの話すゲートの存在に半信半疑なところがあった。
しかし今目の前でチンピラ異生物がゲートに吸い込まれていくこの様子を見てしまっては、もう納得せざるを得ない。
この件で自分の言葉の信憑性を証明出来てユーイチは思わずドヤ顔になっていた。
それと突然訪れた非常事態もこれで終了したと言う事で、ユーイチはシュウトに声をかける。
「シンクロ、解きますか」
(え、どうやっ……)
気が付くとシュウトは元の体に戻っていた。
「あれ?」
(戻る時は私が戻りたいと思えば簡単に戻れるんです。元々私の身体じゃないですしね)
「へぇ……。便利なような、そうでもないような……」
元の体に戻ったシュウトは改めて周りを見回した。この様子を誰かに見られでもしていたら、もしかしたら厄介な事になるかも知れない。
「……ふぅ」
(どうしたんですか?)
「いや、誰かに見られているかもって思って……」
(ははっ、まさか……)
2人は周りに人の気配がないのを確認して笑った。
しかし本当はこの様子を見ていた者がいたのだ。そのスキルは誰にも気配を全く悟らせない、まさしくプロのものだった。
「なるほどねぇ……これは面白い事になりそうだ」
隠密の影はそうつぶやいて、シュウト達に気付かれないように音もなくその場を去っていった。
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