第11話 夜明け前の話し合い


 サーシャ、ごめんね。お兄ちゃんのこと、よろしくね。


 サーシャが目を覚ました時、もう聞くはずがないと思っていた、懐かしい声を聞いた気がした。しかし、それはきっと夢での出来事。なぜなら母は、ずっと前に死んでしまったのだから。


「起きなさいっ! 起きなさいったら!」


 突如、耳をつんざく大砲のような大声が、懐かしい思い出を吹き飛ばした。サーシャは無理やり夢から引きずり出され、寝ぼけ眼を見開く。そこには、若い娘たちが心配そうな顔を並べて、自分を覗き込んでいたのだ。夢の続きにしては現実味を帯び過ぎているぞ。と、困惑するサーシャに、娘たちが話しかけた。


「やっと起きたわね」


「大丈夫? あなた、昨日の夜から、目を開けたまま死んでるみたいだったのよ」


「えっ? うっ、いたた……ここはどこ?」


 サーシャは頭に鈍い痛みを覚え、額をさすりながら辺りを見渡した。そこはジメジメした暗い場所。セリティナ村の墓地にいたはずなのに、それからの記憶が、すっぽり抜けてしまっていた。サーシャが呆然として いると、同じ年頃の、細っそりした少女が説明した。


「あたしたち、盗賊のやつらに攫われてきたのよ。目隠しされたままここに入れられたから、あたしも、どこにいるのかさっぱりわからないの」


 娘たちは揃って暗い顔をして俯いた。泣き出す娘もいた。むせび泣くその声を聞きながら、サーシャは少しでも状況を飲み込むために、説明してくれた娘に話しかけた。


「あたし、サーシャっていうの。あなたは?」


「あたしはクララ。クララ・ペトホフよ」


「えっ? ペトホフっ?」


 思いがけず、聞いたことのある名前が返ってきて、サーシャは素っ頓狂な声をあげてしまった。スラッとした可愛らしい少女を、まじまじと見つめる。クララと名乗った彼女は、キョトンとしてサーシャに尋ねた。


「あの、何か?」


「もしかして、養鶏をやってるペトホフさんの娘じゃない? あたし、セリティナ村のマヤフスキの娘よ」


「まあ、じゃああなたが、兄さんのお嫁さん候補の……」


 クララも意外な出会いに驚いたようだった。しかし、サーシャはクララの言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。なにしろ、嫁に行くつもりなど、毛頭もないのだ。そのことをクララに遠慮がちに告げると、クララは微笑んで答えた。


「そのほうがいいわ。だってわたしの兄って、ちょっと変わってるから」


 そして、不思議そうにサーシャに尋ねた。


「でも、どうしてうちにお嫁に来たがらないの? 親が結婚相手を決めるのなんて普通のことじゃない。あたしが言うのもなんだけど、うちに来たら将来安泰よ?」


「うーん、そう言われると答えづらいんだけど」


 サーシャが頭をひねって言い淀んでいると、クララは閃いたようにポンと口を出した。


「わかった! 好きな人がいるのね?」


「えっ?」


 さっきよりも素っ頓狂な声が出て、サーシャは顔を真っ赤にした。誘拐された非常事態であることも、この先の不安さえも、頭から吹き飛ぶくらいの衝撃が、ズドンとサーシャの心に突き刺さったのだ。サーシャの口元がぐにゃぐにゃになって、ますます答えられなくなると、クララは微笑ましそうに笑い声を立てた。

 しかしそこへ、他の娘たちの刺々しい口調が刺し込まれた。


「こんなところにまで来て恋愛話なんて、あんたたち能天気すぎるんじゃないの?」


「そうよっ、もう、恋人にも親にも会えないかもしれないのよ! この先、どんなことされるか……」


 激昂していた娘が、最後の言葉を濁して俯いた。その先の言葉は、言わなくても予想がつく。サーシャも現実に引き戻され、冷や汗が垂れた。むせび泣いていた娘が、わっと泣き崩れた。


「嫌よ嫌よっ! どうしてわたしがこんな目にあうのよっ?」


「落ち着いて、まだ希望はあるわ」


 どうしようもない絶望が全員に広がりかけた時、サーシャが声をあげた。


「今、あたしの村には軍隊が来てるの。あたしが居なくなったことにも、もう気付いてるはずよ。だから、もうじき助けが来るわ!」


「何よ、軍隊なんてあてにできないわ。戦争の時だって、多くの村を戦争に巻き込んだじゃない」


 年長の娘が言い返した。戦時中に幼い時期を過ごしたのだろう。彼女の目には憎しみすら灯っていた。それでも、サーシャは言ったことを曲げなかった。


「きっと助かるって、信じたほうが勇気が湧いてくるでしょう」


 そしてサーシャは、服のポケットを弄った。ここから逃げ出すために、何か役に立つものを持ち合わせていないかと、わずかでも考えを巡らせたのだ。そしてサーシャは、手に触れたそれを引っ張り出した。イスクラから買い取った、ラベンダーの香袋だった。これで何ができるかわからないが、サーシャは一抹の希望をたくして、香袋をそっと服の袖の中に隠した。



 しばらく経った頃、固く閉ざされていた部屋の扉が、軋んだ音を立てて開かれた。弾かれるように振り返る娘たち。しかし、希望はすぐにペしゃんと潰れた。3人の盗賊が、縄を持って部屋に入ってきたのだ。


「おはよう娘さんたち。朝から慌ただしくて申し訳ないけど、これから場所を移動するよ」


 真ん中に立っている盗賊が笑顔で告げた。怯える娘たちに、盗賊たちが縄をかけようと踏み込む。しかし、サーシャは仁王立ちすると、目を釣り上げ怒鳴り上げた。


「あたしたちを家に返してよっ、こんなことして、タダで済むと思ってるのっ?!」


「あっはっは! やっぱりサーシャちゃんは威勢がいいなぁ」


 盗賊の一人が笑い声をあげ、サーシャに近寄ってきた。サーシャは腕を振り上げ、殴りかかった。しかし、所詮は痩せっぽっちの小娘でしかないサーシャの抵抗は、男の片腕一本だけで押さえ込まれてしまった。


「離しなさいよっ!」


「ごめんよ、そうはいかないんだ。君には、いろいろと聞きたい事があるからね」


「何もしゃべらないわよっ!」


「だったら、昨日みたいに操って好き勝手に吐かせるけど、いいかい?」


 その言葉を聞いて、サーシャは思わず男の顔を見上げた。男はにんまりと微笑み返した。


「やっぱり知ってるんだね、鳴き人のこと」


「し、知らない。なんのことかわからないわ」


「しらばっくれてもだめだよ。君には、あの凄い声した鳴き人について教えてもらうよ」


 男はサーシャの腕を取り、閉じ込められた部屋から引きずり出した。サーシャはよろめきながら、部屋を出る。その背中に、娘たちの不安げな視線が突き刺さった。盗賊の男は、彼女たちに笑顔を見せると、軽い口調で告げた。


「大丈夫、ひどい目には合わせないから心配しないで。後でまた一緒にしてあげるからね」


 そして、サーシャを振り返った。


「言い忘れたけど、おれは操りの声を持つ鳴き人、マトフェイだ。大人しくしてたら、何もしないから、いい子にしててね」


 マトフェイは人の良さそうな笑みを浮かべてそう告げると、サーシャを引っ張りながら、朽ち果てた礼拝堂の中を歩き出した。




 サーシャが連れてこられたのは、ボロボロの祭壇が不気味な影を讃える師教室だった。そこに、旅支度に身を包んだフォマーがいた。サーシャは、目の前の男がほかの盗賊たちとは違い、一人だけ個室を使っている事に目ざとく気付いた。


「あんたが盗賊の親玉なのね」


 ギロリと睨みつけたサーシャに、フォマーは笑い声をあげた。


「確かに、マトフェイの言う通り強そうなお嬢ちゃんだ。だけど歯向かうなよ? 大事な人質を傷つけたくはねえからよ」


「あんた達なんて怖くない、何をされたって平気だわ」


 サーシャは表情を変える事なく、敵意を丸出しにして言葉を突き返した。フォマーは、にんまりと微笑むと、サーシャの目線に合わせてしゃがみ込んだ。


「安心しな、まだ何もしねえからよ。セリティナ村にいるっていう、鳴き人対策に使わせてもらうだけさ」


「何をするつもりなの」


 サーシャが表情を強張らせフォマーを見上げると、フォマーは、舌なめずりをしながら、横に立っているマトフェイに視線を投げた。合図を受けたマトフェイが、説明した。


「サーシャちゃんとあの鳴き人は仲良しな関係なんだろ? もしあいつが吼えようとしたら、君を盾にさせてもらうよ」


 それを聞いて、サーシャは勝ち誇った笑みを見せた。


「なーんだ、だったら残念ね。あたしを助けに来るのは、超強い軍隊さんだから」


「だとしても、お嬢ちゃんには盾になってもらうぞ」


「あら、あたしなんて役に立つかしら? 軍隊の隊長さんは、すごい冷徹で獣みたいな人よ。あたしごと斬り殺しても不思議じゃないわ」


 泰然として言い返すサーシャに、フォマーとマトフェイは顔を見合わせた。


「サーシャちゃんって、本当に肝が据わってるね。お兄さん、ちょっとびっくりしちゃった」


 そうでしょう。と、サーシャは踏ん反り返って鼻を鳴らした。そんな彼女に、フォマーが尋ねた。


「お嬢ちゃんと鳴き人は、どういう関係なんだ。恋人?」


 途端に、今まで落ち着き払っていたサーシャの顔が真っ赤に紅潮し、口元がわなわなと震えだした。


「こっ、恋人っ? そんなわけないでしょっ、ただのお兄ちゃんよっ!」


 年頃の女の子らしい反応に、盗賊達まで顔を赤らめ、肩の力が抜けた。しかしすぐに姿勢を戻したマトフェイが、追いかけるように尋ね直した。


「じゃあ、義理の兄弟ってこと?」


「なんでそうなるのよ、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ」


「いや、そんなはずないよ。だって鳴き人には下の兄弟は出来ないんだ。鳴き人を生んだ女は、その後一生子どもを産めなくなるんだから」


 サーシャの目が点になった。


「……えっ?」


 言葉をなくしたサーシャを前にして、盗賊達は再び顔を突き合わせた。


「もしかしておれ、触れちゃいけない話題に触れちゃったかな」


「そうみたいだ。まずいぞ、お前の能力で忘れさせてやるか?」


「一時的なものでしかないから意味ないよ。……あー、サーシャちゃん、ごめんね?」


 謝るマトフェイの言葉は、サーシャには届いていなかった。サーシャの頭の中には、同じ言葉が何度も何度も繰り返し再生されていた。

 ルドルフと自分は、兄妹ではない?




 それより少し前、明けの明星が輝き始めた頃。

 セリティナ村では、マヤフスキ家にだけ明かりが灯っていた。ルドルフが肩掛け鞄にわずかな荷物を詰めて、頑丈なブーツに履き替えている。両手には、料理のレシピを記したノートが何冊も抱えられていた。それらを居間のテーブルに山積みにすると、ルドルフの隠された口からため息が漏れた。

 名残惜しそうにノートに目をくれる。しかしルドルフは、きっぱりとノートに背を向けると、勝手口の取っ手に手をかけた。その時だ。


「まだ夜明け前だぞ、どこへ行く?」


 その背に声がかけられた。ルドルフは身じろぎ振り返る。目の前のは、アブラムの姿があった。


「まるで家出するガキを見つけちまった気分だ」


 そうじゃないんだろう。そう言っているように聞こえる父の言葉に、ルドルフは目を伏せた。すると、そうか。と呟く、父の悲しげな囁きが返ってきた。


「だが、サーシャが帰るまでは、出て行くな。約束だぞ」


 ルドルフは、もう一度頷き返し、改めてドアの取っ手に手をかけた。そして、一度も父の顔を振り返ることなく、家を出て行った。夜風が頬をなぜ、明星が一際美しく瞬いた。



「ルド、どうしたんだ。まだ夜明け前だぞ」


 そう言ってルドルフを迎え入れたのは、イスクラだった。ルドルフは真っ直ぐ軍の宿営地に向かい、イスクラに会いに行ったのだ。イスクラは昨夜と変わらぬ威勢の良さだが、顔には疲労の色が僅かに浮かんでいた。夜通し働き、軍を動かしていたんだ。ルドルフは気後れしながら、おずおずとイスクラにスケッチブックを見せた。


 -妹はみつかりましたか-


「盗賊のアジトは突き止めた。無事だと思って間違いない」


 打ち捨てられた遺体は見つかってはいないからな。と、イスクラは答えた。


「心配しなくても必ず救出してみせる。そのための軍議があるので、わたしはもう行くぞ。お前は帰れ」


 そう言い残し、イスクラはテントを出て行こうとした。その手をルドルフが握って引き止めた。イスクラは怪訝な顔で振り返り、ルドルフの筆談を待ってその意図を問うた。


 -おれもいっしょに 聞かせてください なにか役に立てるかもしれません-


「我らのために声を使ってくれるなら大歓迎だ。付いて来い」


 あっさり受け入れられ、ルドルフは拍子抜けした。慌ててイスクラの後を追うと、一際大きなテントの中に、大勢の軍人が集まっているところに通された。

 イスクラはテーブルの上に広げられた地図を覗き込むと、それで? と、上目遣いに部下たちを睨んだ。


「奴らの兵力はいかほどだ」


「馬が12頭、馬車が一台。盗賊は姿を目視できただけで10人。アジトになっている廃屋の中には、倍以上の人数がいると思われます」


「アジトになっている森は若い木々が多く、森というより雑木林です。廃村にできた森ということだけあって、足元には古いレンガや住居の土台跡が転がっており、井戸の穴も多数発見しました」


 斥候に出した兵士たちの報告を聞きながら、イスクラは手渡された紙に書かれた文面にも目を走らせた。


「なるほど、木々に隠れて急襲を仕掛けたり、接近戦に持ち込んだりするのは得策じゃないな。パーヴェルは何か作戦に触れていたか?」


「街道でぶつかるしかないと言っていました」


「それは文面にも書いてある。問題は、どうやってぶつかるかだ。人質を盾にされたら手も足も出ないだろう」


 イスクラはイラついた様子で、口を一文字にギュッと引き締めた。その様子を傍で見ていたルドルフが、身を乗り出してイスクラにスケッチブックを見せた。


 -この森から出られる街道は セリティナと隣村を結ぶ街道しかない 隣村から人を出したらどうかな-


「どういうことだ」


 イスクラがルドルフの意見を促した。


 -軍がいるってわかってるセリティナ村にはもう戻ってこないだろう だから隣村から家畜を出荷する農家のフリをして盗賊とすれ違うんだ-


「家畜に兵を紛れさせ、奴らの間合いに入り込むか。そしてまずは人質を奪い返すんだな」


 -程よく言えばそうだけど ほとんど特攻に近い かなり危険だ-


「貴様、だれに言っている?」


 イスクラがニイっと微笑んだ。彼女を取り巻く兵士たちも、不敵な笑みを浮かべてルドルフを見た。


「わたしはイスクラ・ガイダール。斬り合いになったら絶対に負けん。それにわたしの部下は、身分は低いが手練の精鋭ばかりだ。心配される必要はない」


 しかし、イスクラは不安げに眉を潜めて地図を見た。


「問題は、隣村からだれが家畜を引き連れてくれるか、だな」


 たった一つ残った課題に、ルドルフはピンっと光明がさしたような気がした。

 そして、イスクラにスケッチブックを急いで見せた。


 -おれに案がある-


 イスクラは躊躇うことなく話してみろと促した。ルドルフは想像でしかない自分の考えを簡潔に話した。すると、イスクラは不敵に微笑んで顎を撫でた。


「悪くない。重要なのは相手の意表をつくことだ。それでいこう」


 イスクラはすぐに部下達に指示を出し、兵士を方々へ走らせた。最後に

 イスクラはルドルフにも告げた。


「ルドルフ、覚悟は出来てるとは思うが、貴様にも役に立ってもらうぞ」


 イスクラは不敵に微笑むと、ルドルフの口を隠している布を剥ぎ取った。

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