第8話 操りの鳴き人


 彼が、自分以外の鳴き人を見るのは、それが初めてだった。

 奴の力を言い表すならば、獣の咆哮。

 その鳴き人が声を出した途端、空気は震え衝撃が走り、仲間のモリスの両腕が吹っ飛んだのだ。自分とはまるで違う能力の持ち主だった。彼は、その声の迫力に圧倒されてしまい、ただただ、立ち尽くすしかなかったのだ。

 彼は、咄嗟の判断で、自分の力を出すのをやめた。そして、一目散に森に逃げ込むと、隠していた馬に跨った。自分の能力では、咆哮の鳴き人に太刀打ちできっこない。おまけに、突然湧いて出てきた軍隊までいやがる。最近、鳴き人を探してるっていう噂の女将校に違いないだろう。ここは、逃げるが勝ちだ。

 彼がそう決め込んだ時、後方の草むらから、声が飛んできた。軍の手を逃れた盗賊の一人が、彼を追って走ってきたのだ。


「マトフェイさん待ってくださいっ、おれも一緒に連れてってください!」


 残党の男が大声を出すものだから、彼は舌打ちして、すぐに馬を降りた。男は、頼みを聞いてもらえると思い込んだのか、笑みを浮かべて駆け寄ってきた。だが、彼は男の胸ぐらをむんずと掴むと、耳の奥にズンっと響く声を出して命令した。


「俺のふりをして軍に捕まれ。お前は“操りあやどりの鳴き人”だ」


 その途端、残党の男の顔から笑みが消えた。絶望したわけではない。目には見えない風がフっと吹き、男の頭から思考そのものが消し飛んだのだ。そして代わりに、命令された言葉が、鎖のように男の頭を占領した。


「おれは、鳴き人。操りの鳴き人……」


 残党の男は、ぶつぶつと言葉を繰り返すと、精気の抜けた顔をして、来た道を戻り始めた。彼はそのふらついた背を見送ると、ふうっと息を吐いて、改めて馬に跨り直した。

 これが、彼の声の特別な力。

 彼の名は、マトフェイ・シャフラーイ。命令した相手を、自由に操れる鳴き人だった。





 この数時間前、彼はセリティナ村の酒場で、仲間のフォマーとモリスと酒を飲んでいた。


「マトフェイ、来たぞ。ここの地主たちだ」


 酒場の入り口から、数人の足音が店内に入ってきた。それに背を向けて座っているマトフェイに、フォマーが耳打ちする。マトフェイは、モリスと並んで座りつつ、彼らに目線を泳がせた。見ると、中年の男たちが、昼前の酒場にぞろぞろと流れ込んでくるところだった。


「アブラム、お前の娘とペトホフの息子との縁談、決まりそうか?」


「娘に大反対されてな。おまけにルドルフまで他の相手を探そうとかほざき出した」


 家族の話題を持ち出された一人の地主だけは、機嫌が悪そうだったが、全員、気前が良さそうな金持ち面をしている。そんな彼らを見て、マトフェイは渋面を作った。


「ちょっと多いな……」


「声、使えなさそうか?」


 モリスが心配そうに聞いてくるが、マトフェイは顔色を変えずに、残ったブランデーを一気にあおった。


「いや、たいした事ない。おれはしゃべるだけだ。ただちょっと、声量に気を遣うだけさ」


 マトフェイはそう言って席を立つと、地主たちが腰かけたテーブル席に歩いて行った。地主たちは、突然テーブルの前に立った見慣れないよそ者を、怪訝そうな目で睨みつけてきた。


「何か用かな?」


 マトフェイは、地主たちの問いに答える代わりに、彼ら全員に聞こえるように囁いた。


「馬を集めろ」


 その声は、耳の奥にズンっと響く低い振動になった。

 マトフェイの声を聞いた地主たちは、一瞬だけ息の詰まったような声を出すと、一斉に虚ろな目をした。マトフェイは、地主全員に催眠がかかったことを確認し、ニヤリと微笑む。そして、さらに地主たちに告げた。


「旅の行商人がもうすぐ来る。彼らに、集めた馬をまとめて1硬貨で売るんだ。いいな?」


 すると、地主たちは焦点の定まらない目をして頷き、座ったばかりの席を立った。そして、亡者の行進のごとく、ぞろぞろと酒場を出て行った。その背を見届けて、マトフェイは満足そうに、空になったテーブル席に腰掛けた。

 そこへ、モリスとフォマーがやってきた。


「うまくいったか?」


「ああ、あいつらはもう、おれの動く人形さ。あとは勝手に馬を連れてくるだろう。おれらはそれまで、飯でも食って待ってればいい」


 マトフェイは、店の厨房に向かって命令を飛ばした。


「マスター、羊肉のローストと赤ワインを出せ!」


 すると、店の厨房から、虚ろな顔をした店主が現れ、こっくりと頷いた。マトフェイは心地好さそうに椅子にもたれて背を伸ばし、モリスにウインクを見せた。


「モリスも好きなの食えよ、ここは俺のおごりだぜ」


「それじゃお言葉に甘えて、すごいご馳走でもいただくかな」


 そう言ってモリスは笑い、無茶苦茶なメニューを並べ出した。フォマーは澄ましたふりで、ふんっと笑ってマトフェイに訪ねた。


「まったく、便利な声しやがって。いつの間に店主にも催眠をかけたんだ?」


「ここに入ってすぐさ。声をかけるだけだから造作もない。まさか、気づかなかったのかい?」


 マトフェイは水を飲みながら答えた。すると、フォマーは肩をすくめた。


「お前達と組んで3年になるが、一向に慣れないぜ、妖精さんの魔法にはな」


「そりゃ、どういたしまして」


 マトフェイは笑顔で礼を返した。しばらくして、虚ろな目の店主が、前菜をテーブルに運んできた。マトフェイとモリスは、がつがつと食べ始めたが、フォマーは口をつけなかった。


「あれ、フォマーは食べないのか?」


 モリスが、口にいっぱいに青菜とハムを頬張りながら訪ねた。


「ああ、おれは今から近くの村に行って、軍の動向を探ってくる。近頃、おれらを追ってる女将校がいるらしくてな、そいつの動きが気になるんだ。部下を半分、こっちに寄越して問題ないな?」


「構わないぜ、こっちには無敵の鳴き人さまがいるしな」


 モリスは余裕の表情で答えると、肉を頬張っているマトフェイの背中をバンっと叩いた。その拍子に、マトフェイの口から食べ物がこぼれてしまった。マトフェイは、モリスを睨んで怒声を返す。そんな二人のコントに、フォマーが大きな笑い声をあげた。笑いが治ると、フォマーは笑みを浮かべたまま席を立ち、去り際に短く声をかけた。


「それじゃ、またな」


 フォマーは笑顔で手を振ると、店を出て行った。残された二人は、豪華な昼食を堪能しながら、この後の計画を確認しあった。



 これが、3人のやり方だった。年長者で頭のいいフォマーが計画を練り、鳴き人の力でマトフェイが下準備をし、モリスの武力で一気にかたをつける。

 3人は、生まれはバラバラだがこの国で出会い、妙に気があったので徒党を組んだ。3人の特技を掛け合わせ、小さな盗賊の頭を討ち取ると、その盗賊団を率いて国中を暴れまわった。そうして気がつくと、彼らは巨大な盗賊団を率いる、立派な悪党になっていたのだ。

 今回の狙いは、セリティナ村の馬だ。マトフェイの操りの能力で村の有力者を操り、モリスが村人を威圧し黙らせて、正当な商売のふりをして馬をかっぱらう。彼らが騙されたと気付いた時には、自分たちはトンズラを決めている。と、いうわけだ。

 実に自分達らしい、効率的で姑息な計画だった。



 だから、計画の終盤で、地主の父親を止めに入った村娘が現れても、マトフェイはまったく慌てなかった。どうせモリスが威圧して引っ込むか、自分の声の力で大人しくさせるか、どちらかで解決するだろと踏んでいたのだ。


「誰か警察官を呼んで! この商人たちは何かおかしいわ!」


 飛び出してきた村娘が、村人達に檄を飛ばした。それに苛ついたモリスが、声を張り上げたのを合図に、マトフェイは声の力を使った。


「その女を縛れ!」


 マトフェイは、地主に命令してロープを放り投げた。ロープを受け取った地主は、命令に従って、村娘の体にロープを巻き付けだす。涙を浮かべて必死に抵抗する娘の姿から、マトフェイは目を逸らした。

 だから、娘の兄が飛び出して、体を張って阻止した時、マトフェイは力を使うのに出遅れた。うまく操りの声を、兄妹に届かせられなくなっていたのだ。さらにその後、潜んでいた軍隊が姿を現した時には、彼らの雄叫びのせいで、自分の操りの声は誰にも届かなかった。


「くっそ、どうなってやがるっ? 話と違うぞ!」


「計画が外れたんだ、モリス逃げよう!」


 マトフェイはモリスの腕を掴んで走り出そうとした。ところが、モリスはマトフェイの腕を振り払い、あろうことか、乱戦している広場めがけて走り出したのだ。もともと血の気の多いモリスには、あの村娘とその兄しか、目に映ってなかったようだった。


「てめえが仕組んだことか嬢ちゃんっ! だったらあんたも一緒に道連れだぁっ!」


 モリスが兄妹を殺めようとした。その時だった。

 マトフェイは、その鳴き人の力を間近で目視し、そして圧倒されたのだ。




 計画が外れたなんて、初めてだった。

 マトフェイは軍の追っ手をまくと、隠れるようにこの墓地に逃げ込んだ。人気のない場所に身を潜め、夜が更けるまで待ってから離れるつもりだ。こうやって、静まり返った墓地の、特に不気味で薄暗い茂みに座り込んでいるのは、我ながらみじめだ。空に浮かびだした星の光を見上げ、マトフェイは大きなため息をついた。

 どうにかして、モリスだけでも助けられないか。でも、両腕が吹き飛んでしまったあの有様だ。生きてるかどうかも怪しいだろう。

 マトフェイがそんなことを考えながらぼうっとしていると、どこからか、石同士がぶつかる音が聞こえてきた。マトフェイは、茂みから首を伸ばして覗いてみた。すると、誰かが墓石に石をぶつけているらしかった。不謹慎なやつもいるもんだと、マトフェイは興味をそそられ、よく目を凝らしてみた。


「あれ、あの村娘じゃないか」


 思わず、マトフェイは口に出して驚いた。それはあの時飛び出してきた、村娘だったのだ。彼女は、泣きじゃくりながら、誰かの墓に向けて石を投げつけていた。

 マトフェイは、精霊の力が宿った鳴き人だが、幽霊とかを信じてるわけじゃない。それでも、亡者の墓標に石を投げつけるなんて真似は出来ない。なんというか、バチが当たりそうだ。それなのに、なんであの娘はそんなけったいな事をしてるんだろう。不思議に思い、マトフェイは身を隠しながら近づいていった。すると、だんだん村娘の声が聞こえてきた。


「お母さんのバカっ! バカバカっ!」


 なるほど、母親に怒りをぶつけてるんだ。マトフェイは身を隠しながら、しばらくその様子を見物していた。そして、良からぬ思いつきをした。

 マトフェイは茂みから姿を表すと、なるべく村娘のに気づかれないように距離を縮めていった。そして、マトフェイの声が届くところまで歩み寄ると、村娘に囁いた。


「こっちに来い」


 ズンっと低く響いたその声は、村娘の耳にしっかり届いたようだ。一瞬だけ、村娘の体がビクッと震えたが、すぐに虚ろな目をして、マトフェイが立っている茂みまで歩き始めた。


「よし、いい子だね。君には少し聞きたい事があるからね、一緒に来てもらうよ」


 マトフェイはそう告げて、村娘の手を取って森の奥に歩き始めた。その時、墓地のはるか奥から声が聞こえてきた。


「サーシャ、どこにいるんだ? いい加減戻っておいで」


 どうやら、誰かがこの娘を探しに来たらしい。マトフェイは歩みを早め、馬のところまで戻った。


「君、サーシャちゃんっていうんだ? かわいい名前だね」


 マトフェイは村娘の顔を覗き込んで話しかけた。しかし、娘はうんともすんとも言わない。当然だ。自分の声に操られているのだから、次の朝までは絶対に正気に戻らない。マトフェイは上機嫌で馬に跨り、娘を引っ張り上げ自分の前に座らせた。そして、闇夜に向かって馬を駆り立てた。




 その頃、ルドルフとイスクラは、鳴き人の囮として捕まえられた盗賊に、なんとか正気を取り戻させようとしていた。水をかけてみたり、引っ叩いてみたりしてみたが、男は一向に正気を取り戻さない。イスクラは、他の手段を考えるために、兵士に尋ねた。


「催眠にかけられていた他の地主はどうだ? 正気を取り戻しているか?」


「依然として、呆然としております」


「アブラム殿はとっくに正気を取り戻しているというのに、なぜこやつらは元に戻らんのだ」


 イスクラが苦々しく吐露する。そんな彼女を後ろに見ながら、ルドルフは盗賊の男の目線に座り込み、その顔をまじまじと覗き込んでいた。男は無表情で、焦点の合わない目をして惚けている。この有様が、我が家でアハルテケを連れ出そうとしていたアブラムと、重なるのだ。

 だとすると、アブラムは他の地主とともに、昼過ぎには催眠にかかっていて、彼だけ夕刻には催眠が解けていた。その間に、アブラムだけが、正気に戻った理由があるはずなのだ。それがどうしてもわからない。

 ルドルフが頭を抱えて悩んでいると、イスクラが歩み寄ってきた。


「ルドルフ、貴様、試しに吼えてみろ! それで正気に戻るかもしれんっ」


 ルドルフはブンブンと首を振ってそれを拒絶した。


「こいつが正気に戻らなければ、鳴き人を捕らえることができんのだぞ!」


 イスクラがカリカリしているのも当然だった。捕らえた盗賊たちに、人を操れる鳴き人のことを聞いても、全員が鳴き人を知らず、盗賊の中に鳴き人が居たことも知らされていなかった。盗賊の幹部なら知っていたかもしれないが、その男は、大怪我で麻酔を打って眠っている。操られた本人に聞くしか手が残っていないのだ。



 諦めないイスクラが、なおもルドルフを責め立てていると、突然、小屋の外が騒がしくなった。


「騒がしいぞ、守衛は何をやっているんだ」


 イスクラが声を上げ、小屋の扉に手をかける。外に出た瞬間、物凄い騒音がいっきに押し寄せた。大勢の群衆が、津波のように重なってイスクラを取り囲んだのだ。イスクラはとっさに剣の塚に手をかけたが、群衆がただの村人だと気付くと、剣から手を離し、傍であたふたしている兵士の胸ぐらを掴み上げた。


「これはどういうことか、説明しろ」


「近隣の住民がこのように押し寄せまして、わたしには収拾がつきませんでした!」


 兵士は涙目で報告すると、叫ぶように謝罪した。イスクラは兵士をポンっと放ってしまうと、息を吸い、勝手気ままに騒ぎ立てる村人たちを怒鳴りつけた。


「黙らんかっ!! それ以上騒ぎ立てると、ぶった斬るぞっ!」


 イスクラの怒号は凄まじく、村人たちは一瞬で静まり返った。後ろで聞いていたルドルフも目を点にして立ち尽くす程だ。そしてちらっと盗賊の男をみる。洗脳は解けていなかった。


「ようやく静かになったな。それが人と話をするときの態度だ、覚えておけ愚民ども」


 イスクラは、口を閉ざした群衆に向かって告げると、一番先頭にいた村人に目を向けた。


「それで、わたしに何の用だ」


「じ、実はわたしの娘がいなくなりまして」


「行方不明の捜索ならお門違いだ、他を当たれ」


「で、でも! わたしの娘だけじゃないんです、あちこちの娘が急に消えてしまったんです」


「なんだと?」


 イスクラは眉を吊り上げ、確かめるように他の村人たちに視線を向けた。すると、彼らは自分もそうだと言わんばかりに、険しい顔をしてうなずき返してきた。


「一斉に娘が居なくなるなんておかしいでしょう。こいつはきっと、大きな人攫いに違いありません」


 1人の必死な言葉に乗っかり、他の村人たちも口々に訴えだした。また騒がしくなりかけた群衆に向かって、イスクラは声を張り上げた。


「静まれ! お前たちの言い分はわかった! すぐに人をやる。捜索隊を組み、近辺をくまなく探させよう」


 その一言で、村人たちの間に安堵のため息が広がった。イスクラは部下の兵士たちに捜索隊を向かわせるように命令を飛ばした。兵士たちが敬礼し、走り去っていくのを見届けると、イスクラは落ち着いた声で、村人たちに告げた。


「果報があるまで、セリティナ村で待つがいい」


 イスクラはそう言って、小屋を出て歩き出した。慌ててルドルフもその後を追う。

 だが、群衆から離れたところで、突然イスクラが歩みを止めた。


「大失態だ! こいつは盗賊の仕業だ!」


 イスクラが歯を食いしばり、額に血管を浮かび上がらせ言葉を漏らした。なぜ、盗賊が二つに分かれて行動していると読めなかった! ぬかぬかとのんびりしている間に、被害が増えてしまったのだ。イスクラはそんな自分に腹が立った。そして、ルドルフに掴みかかった。


「ルド! あの盗賊の男の四肢を吹き飛ばしてもいいっ、あいつに向かって吼えてみろ! それであいつの洗脳が解けたら、盗賊のアジトの場所を吐かせていっきに叩ける!」


 しかし、ルドルフは頑として首を縦に振らず、イスクラを睨みつけた。イスクラは怒りをあらわにすると、殺気を孕んだ声で、囁くように言った。


「ならば人に向かって吼えなくてもいい。アジトの場所を吐かなければ、どうなるか。言わずとも突きつけられるからな。連中は必ず白状するだろう」


 ルドルフは、イスクラのささやきを跳ね返すように、その手を振りほどいた。体格では歴然の差がある二人だったが、イスクラは簡単には退いてはくれない。ルドルフから一歩だけ後ろに下がると、青筋を浮かべながら、不敵な笑みを浮かべた。


「ほう、わたしに逆らう気か?」


 しかし、二人の取っ組み合いはそこで中断された。ルドルフを呼ぶ声が飛んできたのだ。


「ルディ、大変だ!」


 アブラムが、汗だくになりながら走ってきたのだ。そして、ルドルフとイスクラは、アブラムから聞かされた言葉に絶句した。

 サーシャが、消えてしまったのだ。



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