第4話 剣と嘶き

 それから数日が経つが、サーシャは、ずっと部屋に閉じこもっていた。

 アブラムは、


「あいつは、ああやってわがままを続ければ、自分の思い通りになると思っとるんだ。

 わしらがいないと生きていけないくせに。甘ったれだ、サーシャは」


 と、鼻で笑って相手にもしなかったが、

 ルドルフは、つまみ食いのできるものをこっそり用意していた。

 それでも、サーシャはルドルフの前ですら、決して部屋の扉を開けなかった。



 その日、アブラムは朝から村へ出かけていた。

 ルドルフが用意してくれた昼食を食べた後、いつのまにかサーシャは寝てしまっていたようだ。

 ところが、ドンドンドンっという、激しい音がサーシャの頭を揺さぶった。

 サーシャは完全に目が覚めて、慌てて体を起こした。だれかが、部屋の扉を叩いているらしい。

 この感じは父ではない。兄が食事を持ってきてくれたのか。それにしては、ノックが乱暴だ。


「お兄ちゃん言ったでしょ、結婚をやめるって言わない限り、一緒にご飯なんて食べないわよ」


 扉の向こうに呼びかけるが、なおもドンドン扉を激しく叩いてくる。

 サーシャが、やっと様子がおかしい事に気付いた、その時。

 窓の外から、アハルテケの嘶きが聞こえてきた。まるで助けを求めるような声だ。

 異変を察し、サーシャは慌てて部屋の扉を開けた。

 目の前に、緊迫した表情の兄が立っていた。その手にはスケッチブックが掲げられている。


 -すぐに馬舎にきて-


「アハルテケがどうかしたのっ?」


 ルドルフは返事をする代わりに、サーシャの手を掴むと、馬舎に向かって走り出した。

 連れてこられた馬舎で、サーシャは信じられない光景を目の当たりにした。


「お父さん何してるのよっ? アハルテケに触らないでっ!」


 なんと、アブラムがアハルテケの鼻面を掴んで、無理やり鼻ネジをつけていたのだ。

 アハルテケは体を左右に揺らして抵抗してはいるが、アブラムはこれでも手練の農夫、

 暴れ馬との格闘ぐらいで負ける男ではなかった。

 さっさとアハルテケを組み敷くと、掴んだ鼻面に紐の輪を通し、ぐいっと捻り上げてしまった。

 これでアハルテケは成すすべなく、アブラムの言う通りに動くしかない。

 サーシャは、愛馬の危機にたまらず父親に体当たりした。


「あたしのアハルテケに何て事するのよっ。今すぐこの縄を解いてっ!」


 だが、サーシャはアブラムに容易く跳ね返されてしまった。

 巻き藁の中に転げ落ち、埃が舞う。

 ルドルフが慌てて駆け寄ったが、サーシャは一人で立ち上がり、再び父親に駆け寄った。


「アハルテケはあたしの馬よっ! アハルテケまでお父さんの勝手にしないでよっ!」


 アブラムは何も答えようとせず、ただ黙って。サーシャを冷たい目でジロリと見据えた。

 背筋に悪寒が走り、サーシャは少しだけ怯んだ。

 アブラムは、そんな娘に向かって、腕を振り上げた。

 サーシャは咄嗟に身を縮めて、痛みに備える。

 そのとき、アブラムの背後に回ったルドルフが、アブラムを羽交い締めにして既で止めた。

 ルドルフは、隆々とした腕にさらに力を入れて、アブラムを押さえる。

 額に汗がにじむ。余裕を作れない。

 ルドルフは、眼差しだけで、サーシャに離れるようにと指図した。

 なおもアブラムは、サーシャに殴りかかろうとして、ルドルフに止められながら暴れている。

 サーシャは少し距離を開けると、噛みつくように父に怒鳴った。


「お父さんどうしたのよっ!?言いたい事があるなら、口で言いなさいよっ!」


 その直後、アブラムが、ルドルフの腕を掴んで豪快に投げ飛ばした。

 物凄い音を立てて、積み上げた蒔が音を立てて崩れる。木屑がルドルフの上にパラパラと落ちた。

 ルドルフは痛みを堪えて、歯を食いしばった。


「お兄ちゃんっ!」


 サーシャが声をあげた。

 兄への仕打ちに怒りが湧き、父と兄の間に割って入ろうとしたサーシャだったが、

 ルドルフが手のひらを突き出し、止めるように伝えてきた。

 その間にも、アブラムが、倒れたままのルドルフに近づく。

 父は、転がっていた太い蒔を手にとると、ルドルフの体を、思いっきり打ち付けた。

 バシンっ、バシンっ。という打撲音とともに、ルドルフの体から血飛沫が飛ぶ。

 苦痛に顔を歪ませる兄を見て、サーシャは悲鳴もあげられなかった。

 考えもしなかった父親の暴挙に、ただただ絶句し、震えてしまって身動きが取れない。

 アブラムは、何度かルドルフを打ち付けると、蒔きを捨ててアハルテケの元へ戻った。

 そして、ルドルフとサーシャを振り返ることもしないまま、

 抵抗をなくしたアハルテケを引くと、引きずるように外へ連れ出ていった。



 残されたサーシャは、目に涙を貯め、慌てて兄に這い寄った。

 ルドルフは身体中を痛めつけられ、おびただしい数の傷に血が滲んでいた。


「お兄ちゃんしっかりしてっ。お兄ちゃん、大丈夫っ?」


 サーシャは、涙をこぼしながら、兄を抱き起こした。

 額に大きな傷がある。流血している傷に、急いでハンカチを当てた。

 そして、サーシャは嗚咽をこぼしながら呟いた。


「ごめんなさいっ、あたしのせいで、お父さんにこんな目に合わされたのね。

 ごめんなさいっ。ごめんなさいっ」


 なんども謝る妹の姿を見て、ルドルフは首を振った。

 そして、痛みが走る体を、やっとの思いで起こすと、

 地面に放り投げたスケッチブックを手繰り寄せた。

 無くした鉛筆の代わりに、自分の血を紙になすりつけて字を綴ると、サーシャに見せた。


 -父さんの後を追おう-


「でっ、でもお兄ちゃん、怪我してるのよっ。せめて手当てをしてからじゃないとっ」


 サーシャは青ざめて首を横に振った。しかしルドルフは、穏やかに微笑み返すと、

 流血にハンカチを当てながら、よろよろと歩き出した。

 サーシャは仕方なく、兄に駆け寄り、肩を貸しながら歩き出した。




 サーシャとルドルフは、村へ続く道を、いつもの倍近くの時間をかけて歩ききった。

 村は、慌ただしい喧騒の包まれていた。

 村の広場には、不安げな表情をした村人達と、アハルテケを含めた10数頭の馬がいた。

 騒然としている一帯を見渡して、サーシャは村人に何が起きているのかを尋ねた。


「一体なんの騒ぎ? 穏やかじゃなさそうね」


 村人は、声を潜めてサーシャとルドルフに、村の状況を伝えた。


「村の地主様たちが、急に農民達から馬を取り上げたんですよ。

 集めた馬を、旅の行商人に売りつけようとしてるらしくて、

 農民たちが、馬を返してくれって猛抗議してるんです」


「うっ、馬を売るっ?」


「ええ。地主様たち、農民の訴えも村長の説得にもまったく耳を貸さなくて。

 かなりの大騒動になってるんです」


 サーシャとルドルフは、急いで人をかき分けて、広場の中心に這い出た。

 すると、何人もの農民に囲まれている地主たちの中に、父親のアブラムの姿を見つけた。

 父を囲んだ農民たちは、口々に不平不満を叫んでいた。


「うちのあんなみすぼらしい馬でも、畑を耕したり収穫した作物を運ぶのに重宝してるんですっ。

 どうか売り飛ばすなんて言わないでくださいっ!」


「今まで賃料を払ってきたのに、いきなり馬を賃料代わりにするんてあんまりだ!」


 ところが、アブラムや他の地主たちは、

 まるで農民の声が聞こえていないかのように、反論する素振りすら見せない。

 農民たちは、自分たちの主張がまるっきり無視されていると思い、さらに不満をまくし立てた。

 それを目にしたサーシャは、わなわなと体を震わせて、噛みしめた歯の間から声を出した。


「お父さんったら、傍若無人にもほどがあるわよ。

 あたしが言って、みんなの馬を取り返してくるわ!」


 止めるルドルフの手を払いのけ、サーシャはずんずんと歩きだした。

 農民たちを退けて前に出ると、父親の頬を平手で叩いて怒鳴りつけた。


「お父さん! 馬を取りあげて売るってどういうこと!?

 いくら地主でも、やっていいことと悪いことがあるでしょうっ!」


 アハルテケまで売り飛ばすつもりなら、絶対に許せない。サーシャは息を荒げて父親を睨んだ。

 しかし、アブラムはサーシャの言葉にも、うんともすんとも答えない。

 それどころか、サーシャの顔を見ようとすらしない。

 サーシャは余計に頭にきて、もっと罵声を浴びせてやろうと息を吸い込んだ。

 その時、聞いたことのない声が、父親の向こう側から飛んできた。


「ずいぶん威勢のいいガキだな。いったいどこのかわい子ちゃんかな?」


 サーシャは、父親の背中から顔をのぞかせて、キっと睨みつけた。

 父親たちの背後には、十数人の男達が立っていた。

 彼らは皆、旅装束を身にまとい、腰には剣を指している。旅商人だ。

 その中心に、取り巻きに囲まれて踏ん反り返って椅子に座っている男がいた。

 どうやら、一行のリーダーらしい。声をかけてきたのはこの男のようだ。

 サーシャは、まったく語気を変えることなく話しかけた。


「あなたちが、馬を買いに来たっていう行商人ね。

 悪いけど、セリティナ村には、馬を売ってあげられるほど余裕なんてありません。

 よその村を当たってください!」


 サーシャはキッパリと言い切った。

 ところが、男達は意地の悪い笑みを浮かべると、サーシャの言葉を値踏みするように答えた。


「おいおい、余裕がないわけないだろぅ。現に馬は、こーんなに集まってるんだぜ?」


 リーダー格の男は、見下した笑みを浮かべていた。

 サーシャは引けを取らずに、侮蔑を込めた睨みを利かせて答えた。


「この馬は村の必要な労働力です。いくらお金を積まれても手放せません」


「おれたちは商品だって聞いてるぜ」


「強引に奪ったものを、よくも商品なんて言えるわね?」


「奪うだなんて人聞きの悪い。馬を連れてきたのは、そこにいる地主さん方だぜ。

 おれたちは商人だから、金で馬を買うだけさ。これの何が悪い」


 そして、サーシャの足元に何かを放り投げた。それは、4枚の金貨だった。


「地主さんお一人につき金貨一枚の支払いってことになってるんで。まいどあり。」


 サーシャは、足元に飛んできた金貨を拾うこともなく、呆然とそれを見ていた。

 そしてゆっくりと視線を戻すと、震える唇を必死に動かして声を絞り出した。


「村中の馬を奪って、その代わりがたったの金貨4枚ですって? あんたたち、ふざけてるの?」


「ふざけてなんかないさ。代金はそれだけでいいって言ったのは、地主さんたちだ」


「バカ言わないで、そんなことあるはずないでしょうっ!

 あなたたち、商人だなんて嘘ね! あんた達みたいなのは、盗賊っていうのよ!」


 サーシャが罵ると、男達表情が一変した。

 ぞっとするほどの凄みを増した男たちの気迫に、サーシャは思わず後ずさりした。

 それでも、威勢だけは失くさない。集まった村人たちを振り返ると、サーシャは声を張り上げた。


「誰か警察官を呼んで! この商人たちは何かおかしいわ!」


「あーもう、うるせえな。めんどくせえから、そのかわい子ちゃんも買いとるわ。

 地主さん、そのお嬢ちゃんをこいつで分縛りな!」


 リーダー格の男が言うのと同時に、取り巻きの中の一人が、アブラムにロープを投げ渡して叫んだ。


「その女を縛れ!」


 ロープを受け取ったアブラムは、無言のままサーシャの腕を掴むと、

 表情を変えることなく、サーシャの体にロープを巻き付けようとしだした。

 サーシャは驚きをあらわにして、必死に抵抗した。


「ちょっとお父さん!? 何のつもりよっ?」


「あはは、あんたら父娘だったのか!

 こいつはちょうどいい、子どもの躾の不届きは親が尻拭いするもんだぜ!」


 男たちはたか笑いを響かせて、アブラムとサーシャのやり取りを見物しだした。

 農民たちも訴えるのをやめ、困惑しながらアブラムを見ているしかない。

 アブラムは、相変わらず無表情のまま、嫌がる娘の手を、真っ赤になる程強く握りしめている。

 あきらかに、様子がおかしかった。


「やめてお父さん!」


 サーシャが目に涙を浮かべて叫んだ、その時だ。

 サーシャとアブラムの間に、大きな体がずいっと割り込み、アブラムを無理やり引き離した。


「お兄ちゃんっ!」


 サーシャが顔を輝かせて、ルドルフの顔を見上げた。

 ルドルフは、急いでサーシャの手からロープを取ると、

 赤く擦り切れてしまったサーシャの腕を不安げに見つめた。


「おいおい、なんだぁてめーは? 面白いところだったのに、邪魔すんじゃねーよ」


 男たちは目をぎらつかせて、ルドルフを睨みつけてきた。

 ルドルフは、半分隠れた顔を凄ませて、男たちを睨み返した。

 しかし、すでに傷だらけで流血しているルドルフだ。男たちはあざ笑いかえした。


「死にたくなかったら引っ込んでろ、けが人!」


 だが、どんなにこけおろしても、ルドルフは何も言い返さない。

 ただ、妹や村人を守るように仁王立ちし、睨みつけてくる。

 これがいけ好かない男たちの苛立ちは、すぐに頂点に達した。


「だったらお望み通り、墓場まで送ってやるよ!」


 リーダー格の男が叫ぶなり、取り巻きの中から数人が飛び出して、

 ルドルフの横っ面を殴りつけた。ルドルフは飛ばされ、無言のまま倒れこむ。

 サーシャは兄に駆け寄ろうとしたが、農婦が慌てて止めに入った。


「サーシャちゃんまで巻き添えくらっちまうよ!」


「でもお兄ちゃんがっ!」


 サーシャの目の前で、倒れこんだ兄は、男たちに蹴り続けられていた。

 止むことのない非道な仕打ちに、サーシャは絶望し地面に手をつくしかない。

 すると、指先に小石が当たった。

 サーシャは、反射的に石を握りしめると、リーダー格の男めがけて投げ飛ばした。

 石は、リーダー格の男の膝に当たった。


「村から出て行きなさいよ! あんたたちと商売する人なんて、この村にいないわ!」


 サーシャの小さな抵抗を発端に、村人たちにざわめきが走った。

 すると、後方から別の小石が飛んできた。石だけではなく小枝や、じゃがいもまで。

 サーシャが振り返ると、村人達が手に色々なものを握りしめ、殺気立って立っていた。


「そうだ! お前らなんて出てけ!」


「金なんていらねーよ! 馬を置いてさっさと行っちまえ!」


 サーシャの勢いに後押しされた村の衆が、怒りをあらわに男達に毅然と立ち向かったのだ。

 心強い増援に、サーシャは力がみなぎった。そしてもう一つ石を握りしめると、

 今度は立ち上がって投げ飛ばした。


「お兄ちゃんから離れろ!」


 だが、サーシャの投げた石は大きく軌道を外れて、なんとリーダー格の男の頭に命中した。

 思いがけない好球に、思わずサーシャは笑みをこぼした。

 ところが、これが男たちに火をつけてしまった。

 リーダー格の男はイスから立ち上がると、腰から剣を抜いた。


「お嬢ちゃん、あんたは一つ正解した。あんたの言う通り、俺たちは商人じゃねえ。

 商人の真似事をしてるだけの、盗賊さっ! 」


 男は、剣をサーシャ達に向けると、取り巻き達に言い放った。


「野郎ども、もう遠慮はいらねえ! 好きなようにあばれちまえっ!」


 火ぶたを切ったように、取り巻きの男たちも野獣のように声を上げ、次々と剣を抜き出した。

 サーシャや村人達は、突如突きつけられた刃の切っ先を見つめて竦み上がった。

 もう誰も何も投げない、声もあげない。震えて息も上手に吸えなくなった。


「にっ、逃げろーっ!」


 悲鳴が上がったのを皮切りに、村人たちは一斉に走り出した。

 一瞬で村に阿鼻叫喚がこだまし、人々の駆け足で土埃が舞う。

 サーシャは、痛めつけられ動けない兄を助け出そうと走り出した。

 ところが、


「どこへ行く気だ、お嬢ちゃんっ?」


 殺気立った声とともに、サーシャの目の前に剣が振り下ろされた。

 リーダー格の男が剣を持って、サーシャの前に立ちふさがったのだ。

 サーシャは懸命に威勢を張り上げ、震える足に力を入れた。


「退いてよ! あんたなんか怖くないわっ」


「ほんとに、威勢だけはいいお嬢ちゃんだな!」


 リーダー格の男はあざ笑うと、サーシャに剣を向けた。

 一貫の終わりだと覚悟したサーシャは、ギュッと目を閉じ身をすくめた。

 しかし直後に響いた悲鳴は、リーダー格の男のものだった。

 驚いてサーシャが目を開けると、

 金髪をなびかせた、国軍の鎧を見にまとった兵士が背を向けて立っていた。


「か弱い女に剣を向けるなど、男の隅にも置けん! 恥を知れ小悪党めっ!」


 偉そうな口調。猛禽類のような眼差し。獅子の鬣のごとし金髪。

 これらが揃った兵士は、盗賊たちを尻込みさせるに十分すぎた。

 盗賊たちは威勢を張って怒鳴り上げた。


「野郎っ、どっから湧いてでやがった!?」


「このうすらバカどもっ、わたしは野郎ではないっ」


 金髪の兵士が噛み付くように言い返した。


「わたしは女だっ! 無礼者めっ!!」


 その声と台詞を聞いたサーシャは、開いた口が塞がらなかった。


「イ、イスクラさんっ? 商人のイスクラさんっ?!」


 それは、やたらと腕の立つ、乙女心満載の雑貨売り、イスクラだった。

 しかし今日のイスクラは、

 軍人の出で立ちで立派な剣を振りかざす、勇ましい姿をしているではないか。

 困惑するサーシャをよそに、イスクラは盗賊を牽制しながら声を張り上げた。


「詳しい話は後だ。お前たちっ、村人を一人も怪我させるなっ!」


 イスクラの掛け声に呼応して、

 村のあちこちから武装した兵士たちが、雄叫びをあげながら姿を現した。

 これには、盗賊たちも度肝を抜かれたに違いない。奴らは泡を食って逃げ出した。


「軍隊がいるなんて聞いてねーぞっ?! どうなっていやがるっ?」


「当たり前だ! 我々は密に貴様らを待ち構えていたのだからなっ!」


 困惑して逃げ出す盗賊たちを、イスクラは次々と剣でなぎ倒し、

 攻撃してくる盗賊の顔面を拳で殴って気絶させた。


「兵士どもっ、族は一人残らず生け捕りにしろっ!」


 イスクラの掛け声に、兵士たちは奮い立って次々と盗賊たちを捕まえていく。

 その様子を、リーダー格の男は逃げ惑いながら見ていた。


「くっそ、どうなってやがるっ? 話と違うぞ!」


 村から離れ、逃げ出そうとした矢先、

 男の目に、倒れたままのルドルフと、喧騒の中で必死に兄を庇うサーシャの姿が映り込んだ。

 男は歯を剥き、憎しみをあらわにすると、兄妹めがけて猛然と走り出した。

 その瞬間を、イスクラが目の端で捉えた。

 慌てて男を止めに入ろうと駆け出したが、男の方がわずかに兄妹に近い。

 男は憎しみをあらわにして叫んだ。


「てめえが仕組んだことか嬢ちゃんっ! だったらあんたも一緒に道連れだぁっ!」


 サーシャの瞳に、男が振り上げた剣の切っ先が映った。

 兄をかばう間もないほどの一瞬だった。



 その瞬間を、ルドルフも見ていた。

 なす術の無いか弱い妹めがけて、振り下ろされる理不尽な暴力を。

 ルドルフは、口を覆っている布に手をかけると、ぐいっと引き下げた。

 外気にさらされた唇が、思いっきりたくさんの空気を吸い込む。

 そして、ルドルフは身体中の空気を吐き出すように、大声で叫んだ。


「妹にっ、近寄るなぁぁぁっ!!!」

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