第二章  再会の転校生(2)

「……手前ぇ、何を知っている?」

「色々と。――Attack〔行くぜ〕!」


 大阪弁の追跡者が叫ぶと同時に仕掛けたのは正太の方であった。大阪弁の追跡者は構えたまま、何故か一歩も動こうとしないでいた。


(間合いを狙っている?)


 正太は敵がどう仕掛けてくるか気になったが、突進する身体が先に動いてしまった。狙いは僅かに見える隙、右肩へ飛び膝蹴りを叩き込む!

 正太の足が地面から離れるまで、大阪弁の追跡者は微動だにしなかった。大阪弁の追跡者は突然、手前に構えていた両腕を下ろし、鷲が羽ばたくような仕草で両腕を大きく回して、正太の飛び膝蹴りを受け止めるように勢い良く突き出した。

 次の瞬間。まさか正太は、この大阪弁の追跡者が突き出した両掌に弾き飛ばされるとは思いもしなかった。


(触れてもいないのに――っ?!)


 敵の奇怪な攻撃に、正太は宙でバランスを崩す。しかも、敵が両掌から放った見えないパワーによる加速もプラスされ、正太は地面に落ちるというより激突に近い状態で倒れた為、あまりの激痛に地面の上で呻き、直ぐに起き上がれなかった。


「……な……何だ、今のはっ?!」

「『気』、ですねん」


 大阪弁の追跡者はにたりと笑い、


「この島国じゃペテン扱いされとる『東洋の神秘』やけど、ワイの国じゃもう昔から大体の概念は研究されて解明され、軍の格闘術にも用いられてまんねん。気力は精々あばらにヒビが入る程度に押さえとったから、そンまま大人しゅうしたってや」

「厭だね」


 答えるなり、正太は、すっく、と立ち上がった。追跡者を見据える顔には既に苦悶の色は見られなかった。


「Tough・guyやねぇ」


 感心する追跡者に、正太は胸を拳で叩いてみせる。


「あばらも折れちゃあいないぜ。警戒しておいて良かった」


 正太は飛び膝蹴りを仕掛けた時、膝を中心に『思念波動』の防護膜〔バリアー〕を張り、大阪弁の追跡者の『気』を半分以上受け流していたとは、この追跡者には理解の範疇外であった。笑ってみせる正太に、追跡者は軽く舌打ちをして、


「……成る程、それがBoyの力かい。……『気』を上回るその未知なる力、益々我が祖国〔ステイツ〕の物にしなければな」


 標準語で凄む追跡者の出方を、再び構えた正太はじっくりと見据える。その様は、両目の視覚よりも、相手が放つ気配を肌で知覚している様な、並ならぬ集中力が伺えた。

 今度仕掛けて来たのは、追跡者の方だった。正太の懐に飛び込み、至近距離で『気』を叩き込むつもりである。殺しても構わないと言わんばかりの気迫が、先に正太へ届いた。

 だが、正太はそれを軽く受け流す。正太は精神集中して両手に『思念波動』を溜め、先程自分が喰らった様に、両腕を突進して来る追跡者に突き出す。そして、手前に『思念波動』の塊を作り、追跡者が両手から撃ち放った『気』を全て拡散させた。

 愕然とする追跡者の顔面に、次の瞬間、正太の右裏拳が叩き込まれた。手加減していたつもりだったが、追跡者は鼻軟骨をへし折られ、血反吐を吐いて倒れた。

 ふう、と嘆息する正太の足元に、ビシッ!と衝撃が走り、地面の細かい砂利が弾けた。

 驚いて正太が振り向くと、背後には撒いた筈のあの黒服の二人組が、遊底〔スライド〕程の長さの消音器を付けたグロック22を構えていた。


「Freeze〔動くな〕」


 黒服達は英語で正太を威嚇する。英語力の弱い正太でも、今の状況からその隠語〔スラング〕が何を言わんとしているのか、直ぐに理解出来た。


「……畜生!」


 黒服コンビは、グロックの銃口を正太に向けたまま、ゆっくりと近付いてくる。いくら『思念波動』があっても、拳銃相手に勝てる自信は今の正太には無かった。何より、『思念波動』はある程度の精神集中を必要としており、黒服が引き金を引いて弾が命中する瞬間では到底不可能である。


(これじや、迂闊に手出し出来ねぇ…!)


 反撃する術を思い付かぬ正太は、唇を噛み締め、黒服コンビを睨むだけであった。

 正太が手を上げて観念しようと思ったその時、突然、正太と黒服達との間に閃光が走った。

 一瞬の事だった。黒服達は無数の閃光を全身に受け、吹き飛ばされて昏倒した。

 唖然とする正太の正面の視界に、黒服達と入れ替わって、一人の少年の姿が現われた。

 先程、黒服達を撒いて増上寺の壁を飛び越える前に道路で横切った、あの赤のアポロキャップを被った少年ではないか。


「怪我はないか」

「……誰だ、お前?」


 正太は険しそうに少年を睨む。しかし少年は何も応えず、つかつかと歩み寄る。そして、正太の傍らで屈むと、正太の足元で昏倒している大阪弁の追跡者の前髪を掴み上げた。


「Mr.カラス。僕は前にも、彼に手出しするな、と申した筈ですよ」


 アポロキャップの少年の声に、カラスと呼ばれた大阪弁の追跡者は目を覚ました。


「……お、お前は……?!」


 カラスは鼻から大量の血を流す苦悶の顔を思いっきり驚愕のものに変えた。カラスは、アポロキャップの少年を知っている様である。


「これ以上、葉山正太〔かれ〕に付きまとうと、たとえ大統領直属のCIA〔米国中央情報局〕であろうと容赦しないよ。僕を――いや僕らを怒らせた時の恐ろしさは、CIA〔あんたら〕が一番良く知っている筈だろう?」


 少年は何とも恍けた口調で言ってみせる。しかしそれを聞いていたカラスの顔が、血塗れにも拘らず慄然として青ざめていく様は、正太にも判る程であった。


「Do・you・understand・me〔判ったかい〕?」


 と、流暢な発音で言う少年は、カラスの前髪を放す。カラスは顔を地面にぶつけるが直ぐに身を起こし、周りで昏倒している他の仲間を起こして慌てふためきながら逃げ去った。

 残ったのは正太と、謎の少年だけであった。

 正太は困惑した表情で溜め息をつくと、傍らで逃げて行くカラス達を見送っている少年に向いて睨み付けた。


「……いったい、何者だ、あいつら?  お前さんもだ」

「僕は只の、通りすがりの少年さ」

「嘘付け。……お前さん、さっき、あいつらを『CIA』とか言ってたろ?」

「ああ。あいつら、新宿二丁目にあるマッチョ専門のおかまバー『CIAな兄貴』のスカウトマンでな、青田刈りに来てたんだ」

「……信じるぞ」

「済まん、質の悪い冗談だ」


 苦笑する謎の少年は、アポロキャップを脱いで正太にお辞儀した。

 少し癖っ毛の強い黒髪を冠した、目鼻立ちの通った典雅そうな顔を持つ少年だった。あの神講師に負けるとも劣らぬ美形なのだが、如何せん、緊張感の欠けている茫洋とした相貌は、むしろ正太には気の許せそうな相手に見えた。


「僕の名は市澤未来〔いちざわ・みらい〕。歳は君と同じ、十六歳だ。趣味は、初対面の人間をからかう事、あ、いや基本的に初対面だけじゃないや、とにかく宜しく」


 市澤と名乗る少年は、とんでもない自己紹介をしてにこりと微笑み、正太に握手の手を差し出す。正太はすっかり毒気を抜かれ、どう反応していいのか判らなって暫し惚けた。


「……何だ、その……どうして、お前さんまで、俺の事を知っているんだ?」


 自分が知り合う美形共は、どうして揃いも揃って自分の事を知っているのか、正太は少し癪に触った。


「君の事は彼女から聞いている」

 そう答えた市澤は、正太の鼻先を指差した。

 自分を指していない事を即座に理解した正太は、恐る恐る後ろを振り向いた。

 白雪が佇んでいた。


「…………君は…氷室……怜華〔ひむろ・れいか〕………か」


 正太の実家の店『アルテミス』の前に佇んでいた、あの白雪を思わせる美少女がそこに立っていた。

 氷室怜華と呼ばれた美少女は、何故か昏く涼しげな貌で正太をじっと見つめていた。

 正太は氷室怜華の事を知っていた。

 忘れ様が無い。

 怜華は、正太の母を殺したのだ。

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