第一章 臨時講師 神(5)
〈振り向きなさい〉
「……?」
突然、正太は背後からする女性の声に呼び止められる。何故か、聞き覚えのある声だったが、それを何処で聞いたのか思い出せないまま、言われた通り振り返った。
先程の親子が歩道に居た。彼女たち目掛けて突っ込むトラックの姿が正太の脳裏に届いたのは直ぐ次の瞬間であった。
「何だと!?」
正太は刹那に、次の惨劇の場面を想像する。
トラックが歩道に乗り上げる。
そして突然の事に為す術も無い歩行者達を大きな前輪に巻き込み、吹き上がる血飛沫と共に、多くの命を奪い続ける。
先程の子連れの母親が、血塗れになって宙に跳ね上がる。
宙に舞い、死の色を帯びた母親の顔が、正太の母の顔に変わった時、正太の頭の中が空っぽになった。
「止!め!ろ――っ!」
怒りが、哀しみが、正太の中で一気に爆発した。
刹那。突然、正太の周りの大気が煌めいた。 そして瞬時に黄金色に閃き、そこから放たれた光の波動が、正太と暴走トラックを結ぶ直線上のアスファルトを抉ってトラックに襲い掛かったのである。
正太から放たれた光の波動は、歩道の親子を庇う様にしてトラックの正面に激突し、何と、トラックを跳ね飛ばしたのであった。十トン車のトラックは、跳ねる筈であった者の代わりになったが如く、四メートル程宙を舞って後、本来在るべき道路に横倒しに落ちた。
その奇跡は一瞬の出来事であった。余りの飽気無さに、その奇跡を目の当たりにした者達は未だ呆然としたままである。
「……良かった」
呆然の空気の中、正太が一番最初に安堵の息を付いた。周囲は皆、暴走トラックの方に気を取られて、正太が奇跡を起こしたとは誰も気付いていない様子である。
だが、たった一人だけ、その事に気付いて正太の方を見ている者が居た。
彼は路上に居た。トラックの運転手に、微笑しながら死を命じた、あの美影である。
彼もまた、正太同様に周囲の者達の関心の範疇外の存在だった。
否。その姿は、誰一人としてその視界に留めていなかった。誰にもその姿が見えていないのである。誰の目にも映らない姿を持つ彼は果たして――
〈成る程。あれが信じるだけの事はある〉
不可視の、しかし神々しい美が微笑する。
何故かそれは、直ぐに冷笑に変わった。
〈しかし、これからだ。あの男がどれ程の者か、試させてもらうぞ〉
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