殺し屋の正義

苗代研磨

死神よりも無慈悲で無責任な仕事

 俺がやっているような仕事を生業としている奴らは、依頼された仕事によって自信の名前を変える。中には性格や性別さえも変えるやつもいる。けれどこなした仕事が増えるにつれてそのやり口から第三者に勝手に名前をつけられてしまう。人それぞれだが「silent killer」やら「heavens door」なんてかっこいい名前をつけられるやつもいれば天国の使者の名前をつけられる奴もいる。それはこの職とは真反対すぎるだろう。この職はどうしようもなく無責任なのだ。殺したらあとは閻魔様に丸投げ、死人に慈悲を与える天使とは大違いだ。とは言っても名前をつける側にはやり口しかわからないのわけなのだから判断基準はそこにしかない。同業者にはナイフ1本で対象の動脈を何箇所かかっきるのに2秒も必要としない奴がいる。確かにその殺り方は美しく素晴らしい。そういうやつが「エンジェル」なんて名前をつけられるのだ。斯く言う俺も自分の呼び名に対してのいささか不満を感じている。「ジャスティス」なんて名前は革命家や正義のヒーローに与えるべきだろう。俺の仕事はあくまで対象に額で煙草を吸わせることなのだから。


 ーーー空が泣いている。そんな詩的表現をするほど現代の雨は美しくない。光化学スモッグが雨となり酸性雨として降り注いでいるから、環境にも人にも良いとはいえない。自然が消えた都会には露が植物に垂れることはなく、露が地面をぬらすわけでもなく、アスファルトに水を打ち付けるだけでとてもじゃないが現代の雨は「いとおかし」なんて言葉で形容できない。

 そもそものところ今日を生きることに必死な現代人は雨をそんな風に捉える暇はないのかもしれない。街を見れば皆傘をさして急ぎ足で歩き去っていくのだ。現代においては目移りするものは溢れているわけで古典の世界のように一つのものを深く感じるということはしないのだろうか。まあ、どちらにしても現代人にとって雨はさほど重要でない。それは職業問わずそうなのだ。たとえそれが殺し屋であっても。


 俺の懐にはハンドガンが仕込まれている。サプレッサー付きで撃ったとき鳥が死ぬような音を発する。撃った感じがしないといえばそうなのだが、別にそこにこだわりはしない。殺せれば良いのだ。

 これ以上仕事道具という名の凶器はない。他には対象の情報が書かれた依頼書。この国での仕事は二件あるためそれの入った封筒が2つある。1人は若く、1人は中年、偶然か両者とも名字が同じだ。若い対象の方が報酬金が高い。後者の100倍の額はある。依頼元は両者共にわからない。偽名のようだが、どこか違う名前。


「フリーメイソンとレシスタンス?」


 人の名前というよりは団体の名前だろうか。

 けれど数分レシスタンスの正体がわかる。電気街のテレビにそれは映っていた。


「我らはレシスタンス!人は平等であり、世界は平和であるべきだ!我らは戦争を休戦させ、皆に差別なく人権を与える!我々に賛同するのならついてこい!我らが目指すは真の世界平和だ!我らは政府に反抗する!」


 若者達が街の真ん中でマイクを手にそれと同じぐらいの年齢の若者に呼びかけている姿がテレビに映っていた。この国は人種差別が過激だ。民だけでなく、政府のお偉いさんはすべて白人で構成されている。白人オンリーで黒人お断りの店も少なからず。黒人達は彼らを支持した。

 この国はアメリカと戦争状態にある。明らかにアメリカが優勢だ。負けることは誰にだってわかっている。なのに国は戦争をやめようとしていない。戦争は長期化している現状でそれに伴い労働者は大量の弾薬を作らされた。寝るまもなく労働者は手を動かし、その対価に似合わない賃金を渡され、ろくな飯も食えずにいる。民の不満が高まるのは必然的だ。このまま彼らがこの活動を続けるならばこの国は2度目の革命をするだろう。


※※


 


 傘は持っていなかった。だから体はすぶ濡れだ。目的のバスに乗った頃には濡れた服が体に張り付いていた。バスの中には運転手と、中年の男がいる。整理券を取ると俺は中年の男の隣に座った。


 中年の男はずぶ濡れの俺が隣に座ると彼は少し嫌な顔をしたが、別に気にする様子も嫌がる様子もなかった。彼は「ボライ・ミクス」。俺のこの国での仕事対象の1人、依頼主はレシスタンスだ。写真とは全く違う雰囲気。明るく笑顔を見せている写真とは違い暗い雰囲気を漂わせている。


「すみません、傘忘れちゃったもので」


 俺はフレンドリーな男を作った。こちらから話しかけるにはこれが一番楽。何回もやっていることで慣れたものだ。


「構わないですよ」


そういうと鞄の中からタオルを取り出して俺に渡す。


「良かったら使ってください」


 素直に喜ぶ青年を演じる。ここまでの展開は予定通りだ。依頼書にはこの対象のカバンにはタオルが入っているなんてやたら細かいことが書いてあった。本人確認をするには助かるが、これだけの情報を持っているとすると依頼人と対象の関係がいささか気になるが、殺し屋にとって対象に対する思い入れは不要だ。


 そもそも、普通の同業者は本人確認という名目で対象と接触する必要なんてない。接触しなくても本人確認する方法はいくらでもある。毎回のようにこうして対象に接触しているのは俺みたいな変わり者だけだろう。


 こんなことをするのはこれから死にゆく者達の最後の日をこの目で見ておきたいという思いが俺にはあるのだろうか。


 流石に借りたタオルをびしょ濡れにして返すのは悪い気がしたので顔だけ拭き、返した。受け取るとびっしょり濡れたタオルを気にする様子もなく鞄にしまい、入れ替えで一冊の本をとりだした。


ーーー人は死んだらどこへ行くのか。


 本の表紙にはそう書かれていて何かが燃える絵があった。彼はどんな気持ちでそれを読むのか、死への執着か、生への執着か、それはどちらでもなかったーー


 彼はそれを思いそれをよんでいるのだろう。答えのない答えを探してそれをよんでいるのだろう。

 単刀直入に言えば彼は殺人犯らしい。犯人不明のまま事件は収束したが彼にはきっと殺した相手への悔いても悔いきれない思いと、結局犯人として捕まることのなかったことに対する罪悪感が交錯しているのだろう。だからこそかれはそれにしがみつき、答えを探している。


ーーー償い。


 彼がそれを読む理由はたった一つの原動力。彼は答えのない答えを探している。


 「人は死んだらどこにいくんですか?」


 本のタイトルの問いを彼に投げかけてみる。彼は少し驚いた顔をするがすぐに考えることを始めた。


「天国でしょうか」


 そう答えた。


「天国で人は何を思うのでしょうか」


「後悔じゃないですか?」


 間髪を入れずに答えられた。後悔というのは現世に残した思いや、やりたかったことだろうか。それとも恨みや憎悪か。


「では、じぶんの故意でなく死んだ人は後悔が多いのでしょうか?」


ーーー例えば他人に殺されたとか。


 一言付け足し、質問すると彼の耳がピクピクと動く。彼は急に顔をうつむかせた。


「多いと思います。それは後悔ではなく、怨念ではないかと」


 そう言うと、彼は続けた。


「ではそれで殺した側は何を思うでしょうか」


 その質問に俺は答えることは出来なかった。殺し屋として殺した人は数しれず。殺した人間を思うなんてことはとうに忘れてしまった。


「罪悪感」


 彼は言った。それから「その言葉じゃとても言葉足らずだ」と付け足した。


「殺した人間は殺したことを一生悔やみながら生きるでしょう」


 彼はうつむいたままだが、その言葉には重みがあった。それから「それは死ぬことよりも辛いことだ」と言った。


 彼には罪を償う意志がある。なぜか、なぜだろうか、それは罪悪感という言葉では足りない悔いがあるからだ。


ーーーもう、十分だろう。


 ひとしきり話すと、心此処にあらずという感じで窓を眺めはじめた。吐き出した彼は自己嫌悪に陥っていた。

 もう十分だろう。かれは制裁を受けるべきだったのだ。彼にとって生きることは死ぬよりも辛い。

 俺は死神として彼を葬ろう。懐からハンドガンを取り出す。トリガーは既に引かれている。引き金を引けば撃てる。銃口を彼に押し当てる。そのまま人差し指を曲げて引き金を引いた。



 もし、俺に彼のような慈悲があったのならば、俺はこんな仕事をしていないのだろうか。いつしか過去に置いてきたものを思い出した。しかし、過去は過去だ。もう1度拾う必要はない。そのつもりなどさらさらない。俺は殺し屋、俺の仕事は対象を天国に送るわけでもなく、地獄に葬りさることでもない。ただ殺すだけだ。こんな死神のような仕事はもう二度とゴメンだ。


 空は晴れていた。いつしか雨は止み、太陽が顔を出していた。


※※


 午後2時だというのにその公園には子供の1人もいない。もちろん大人もいない。ただ1人俺を除いて。

 煙草に火をつけ口にくわえた。煙が肺に流れる感覚を味わい、はき出す。それを繰り返すうちに俺の体の周りはすっかり煙で白くなった。


「よう」


 正面から声がすると思って見ると1人の成年がそこにはいた。どこか見覚えがあると思えば、テレビの中の街の真ん中で革命運動をしていた青年だ。


「お前はレシスタンスのリーダーか?」


 彼はイエスと答えた。


「仕事は、終わったが………」


 俺のその声に反応する様に彼は懐から分厚い封筒をとりだし。俺に渡した。触るだけでわかる、それが札束であることに。特に確認することもなく。受け取った金をしまった。


「親子か」


 回答はイエス。


「革命家として、お前は犯罪者の父を排除する必要があったということか」


 また、回答はイエス。当然といえば当然だ。これから国を変える人間の親が犯罪者などとなれば彼の顔は潰れてしまう。だが。


「お前の父親は犯罪者として捕まってはいないはずだが」


「自主するさ」


 その言葉に納得する。煙草を落とし、靴で火を消す。


「最後に聞かせてくれ、なぜそこまでして国を変えたい?」


 彼は少し考える。しかし、それが終わるには大した時間はかからなかった。


「平等で戦争のない世界を作るためだ。」


 テレビで聞いたそれを含めればこのセリフを聞くのは二回目だ。

 それは理想で、ただの偽善でしかない。薄っぺらいもので国は変えられても彼らは国を統治できるのか?といささか思う。でもまあ、それは別に重要なことじゃあない。

 ーーーこの国は変わらない。元来殺し屋はこのためにいるのだ。変えるものを変えるため、変わらないものを変えないために。


「そうかい」


 懐からハンドガンを取り出すと彼の眉間に銃口を向けた。


「お前の言う理想ほど世界は簡単じゃない。世界は平等で平和である前に、この世界は残酷だ」


 それは静かな昼下がりの公園のこと。1発の弾丸が一人の革命家の眉間を貫き、その体は崩れるように倒れた。

 もう1度タバコをくわえて火をつけた。先程受け取った分厚い封筒から半分程札束を取り出し銀行員がするみたいに札の数を確認する。この金が、あの人間の生きた価値だと考えるなら実の息子が用意したならばこの金は少なすぎる。実の父親が彼にかけた金の数分の一にも満たないだろう。ならば彼は自分の都合で都合良い額で実の父親を殺したということになる。世界平和などと唱っていたが、彼はどうしようもない偽善者だ。そんな彼は親の数百倍の報酬金なのだから世界は残酷だ。

 俺は鼻で笑った。それらのことではなく自分に対して。それでも仕事をする自分に嘲笑してしまったのだ。世界が残酷である前に、俺のようなどうしようもない仕事を生業としている奴らは天使よりも無慈悲で死神よりも無責任なのだから。





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殺し屋の正義 苗代研磨 @Noki

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