第157話魔王の妻 其の二

 ザインはアンネリーゼとカトリーヌ妃が親子水入らずで話している間に、セイツェルに事情を説明していた。というのも、この魔王は一人だけ蚊帳の外であるのが気に食わなかったのか拗ねてしまったからだ。地獄が出来た時からそこに君臨していた悪魔の支配者の一柱とは到底思えないが、面倒だったので最初から順を追って話してやったのである。


 「成る程ねぇ。娘がいるって聞いてたけど、まさかザインちゃんの嫁さんだとはねぇ。びっくりしたよ。」


 魔王は得心がいったらしく、しみじみと呟いた。魔王がカトリーヌ妃に聞いた話によれば、アンネリーゼが奪われてすぐ後に国王が刺客を送ってきたらしい。何とか返り討ちにしたが、カトリーヌ妃の両親は死亡した上に自分も致死の呪いを被ったのだと。今の状態では王国への復讐など出来ないと悟った彼女は、己に代わって王国を滅ぼす者を呼び出す事にした。それがセイツェルである。

 そのためにカトリーヌ妃は単身で魔王領に踏み込んで当時の魔王を不意打ちによって殺してその死体を回収し、魔王領に現存する魔王達の墓を暴いて遺物を掘り起こした。それらと己の全ての魔力を以て、誰にも成し得なかった悪魔王の召喚をやってのけたのである。


 「にしても母娘揃ってすげぇ執念だな。まあ、そのお陰で再会出来たんだろうけどよ。」

 「王国が滅亡したのは、何よりもあの母娘を敵に回したからかもしれませんね。」

 「ククッ、全くだ。」


 悪い笑みを浮かべる男二人に、ルルは困ってしまってあわあわしている。そんな彼女も可愛いのだが、思わぬ所からザインにお呼びがかかった。


 「ザインさんとルルさん。此方に来てくださいますか?」

 「はっ。」

 「は、はいぃ!」


 二人を呼んだのは他でもないカトリーヌ妃である。ベッドの横に立った二人を彼女はじっくりと検分するように見つめた。カトリーヌ妃の視線に晒された二人は妙な感覚を覚える。それはまるで彼女は二人の姿態ではなく、その内側を観察しているかのようだったからだ。

 実際、魔術によって魂の内奥を検分されているのだから二人の感覚は間違っていない。アンネリーゼと同じ精神干渉魔術の適性と、吸収した悪魔王としての力でそれを可能としていた。魔術的に観察されたザインは不愉快そうに顔をしかめ、ルルは恐怖してしまった。二人の値踏みを終えたらしいカトリーヌ妃は、にっこりと微笑んで頭を下げた。


 「失礼をお許し下さいませ。貴方達は娘にとって最も近い場所におられますでしょう?何分、心配性でして。」

 「構いません。親心が理解出来ぬほど子供ではありません。」

 「ちょ、ちょっと怖かったけど、大丈夫です!」


 落ち着き払ったザインとは逆に少々強がっているルルが可笑しかったのか、カトリーヌ妃は上品に笑っている。市政の出と聞いていたがその気品漂う姿はまるで王族のそれであった。それが彼女本来の所作なのか、はたまた取り込んだ悪魔の名残なのかはザインには解らない。とりあえず、自分よりも遙かに腹芸が上手いのだろうなとザインは思うだけであった。


 「あぅ。ううぅ~。」

 「あら?起きちゃいましたか?」


 それまでカトリーヌ妃の腕の中でスヤスヤと眠っていた王子が目を覚ました。彼は周囲に知らない人が何人もいたので不安げだったが、母親が全く警戒していない事を察したのか泣き出すことは無かった。


 「わあぁ!可愛い!」

 「あぁ~癒されるぅ~。」


 そんな愛らしい王子にメロメロなのはルルとセイツェルだった。未だ眠たげに目を擦る王子を見て、だらしなく目元を下げている。癒して貰わねばならないほど仕事をしていないのでは、とザインは思ったが何も言う事は無かった。そんな棘のある言葉を吐く気が失せる程度には彼も可愛らしい義弟に癒されていたのである。


 「ふふふ。ルルさん、抱いてみますか?」

 「良いんですか!」

 「ええ。どうぞ。」


 少女のように目を輝かせるルルが気に入ったのか、カトリーヌ妃は息子を預けてもいいと思ってくれたようだ。ルルは感激しながら王子をカトリーヌ妃から受け取って抱き上げた。


 「あったかくて柔らかいですぅ…。よしよし。」

 「だぅ?きゃあう!」


 ルルに撫でられた王子はとても楽しそうだった。しばらくルルに甘えていた王子だったが、途中からザインのことをジッと見つめている。正確に言うと彼の顔を見ていた。


 「ザイン様が気になるの?」

 「あーう!だあ!」


 ルルの言った事を肯定するように王子はザインに向かって手を伸ばす。実のところ、ザインは赤ん坊に触れたことは幾度もある。剣闘士時代に強い子供に育って欲しいと願う親にせがまれた事が何度もあるからだ。そんな事を知ってか知らずか、カトリーヌ妃は言った。


 「ザインさん、構ってやってくれますか?」

 「喜んで。」


 ザインはルルから王子を受け取ると見た目にそぐわぬ慣れた手つきで赤子をあやす。最初こそ王子は嬉しそうに笑っていたのだが、今は何故か必死にその丸っこい手を伸ばしている。何事かと思って顔を近付けると、なんと王子はザインの角を鷲掴みにしたではないか。

 ザインと周囲の全員が慌てたものの、ここで動かすともっと危ないので何も出来ない。大人達の間に緊張が走る中、王子は気にも留めずに体を動かす。すると王子はザインの角を両手で持ち、彼の頭をよじ登ると首に跨がった。


 「ふんす!」

 「肩車、だとぉ!?俺もまだしてあげたこと無いのにぃ!グギギ…!」


 ダーヴィフェルト王国を滅ぼした泣く子も黙る魔宰相の頭は、それから数年の間王子の特等席となる。魔王の息子は、世界で最初に魔宰相ザインに跨がった存在となった瞬間であった。

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