第115話初戦の攻防 其の二

 深夜、ダーヴィフェルト王国南部守備隊の野営地にて。二人一組の新米兵士達が数組、巡回していた。初秋の今、王都ならば夜は肌寒くなる季節であるが、この辺りは冬も外で寝ても大丈夫なほど暖かい。なので夜の見張りとはいえ、耐えるべきは眠気だけである。


 「はぁー。やってらんねぇよな。」

 「全くだぜ。あの坊ちゃん、ワガママに付き合わされる身にもなれってんだ。」


 徴兵されること自体は今後を考えれば喜ばしいことではある。王国では徴兵の基準が高いので、徴兵されたこと自体が平民のステータスとなるからだ。退役後は税金の一部免除を初めとする特典も多い。しかし、守備隊兵士の志気はとても低い。貴族のワガママで命を張るのに納得出来る者などいるわけがないのだから当然である。


 「けどよぉ、実際獣人って強いのかね?」

 「さあな。前の戦争で戦った連中はこの世の終わり見てぇな顔してたぞ。」

 「本当かぁ?でもよ、獣人なんてガリガリの奴隷しか見たことねぇから信じらんねえな。」

 「だよな。ま、そん時も勝ったんだろ?所詮は獣。人間様の敵じゃねぇってことよ。」

 「違いねぇ。さぁてもう一周すっ…」


 面倒なだけの巡回をやらされるばかりで弛緩しきっていた新米達がそれ以上話す事はもう永遠に無かった。彼らは断末魔を上げる暇もなく声帯ごと頸動脈を掻ききられる。同じことが野営地の各地で起こっていた。


 「見張りは全員始末したようです。気付かれた様子もありません。」


 副官の報告を聞いたムジクは、大きく息を吸ってから一気にそれを吐き出す。そして突撃の雄叫びを上げた。


 「よし。人間共の喉笛を咬み千切ってやれ!」

 「「「ガォォォォォォォォォォォォ!」」」


 密かに王国の野営地に接近していた獣人軍は咆哮と共に吶喊する。猛獣の筋力・瞬発力・爪牙に加え、代々受け継がれて来た格闘術が合わさった獣人の戦闘力は十倍の兵力差など歯牙にもかけず、まるで麦の穂を刈り取る大鎌のように兵士の命を奪っていった。


 「敵襲!敵襲!」

 「ひ!ひぃぃ!」

 「う、うわあああああ!」

 「クソ!見張りはなにしてんだ!?」

 「とっくに殺られたよ、クソッタレ!」


 獣人の奇襲は野営地を半包囲する形で決行されたので、兵士達は大混乱に陥った。ただでさえ夜中の奇襲に動揺している上、仲間が無慈悲に惨殺される姿を見て戦意を維持出来る者は多くは無い。しかも勇気を持って対峙出来る有能かつ勇敢な兵士があっさり殺されるので、この一度の奇襲によって守備隊は人数以上の被害を被った。


 「陣形を整えよ!」


 ここでようやく件の守備隊長のご登場だ。寝起きであっても状況は正しく判断出来ているようで、的確な指示を飛ばしていた。今更崩壊した志気を立て直すことは無理だろうが、窮鼠猫を噛むとも言う。ここは欲張るべきではないとムジクは冷静に判断した。


 「撤退だ!退け!」


 ムジクの一声によって獣人達は踵を返して野営地から離れていく。時間にして十分にも満たないこの奇襲による人間側の被害は、死者六千に生き残りの四分の一である三千五百が逃走という惨憺たるもの。一方の獣人は負傷者こそ多数出たものの、死者は誰一人いなかった。まさに完全勝利である。




 獣人のキャンプに凱旋したムジク達を、惜しみない賞賛が出迎えた。若い戦士達の眼は憧憬の光に満ちている。これでムジクの発言力が少しは増すことだろう。


 「楽勝でしたね、ムジク様。」

 「奇襲が通じるのは今回だけだ。二度は無いぞ。油断するな。」


 ムジクのテントにて、彼は勝利に興奮する副官に冷ややかな言葉をかける。浮き足立っていた事を自覚した副官は己を恥じるように頭を下げた。それでも副官はどうしてもムジクに聞いておきたい事があった。


 「しかしムジク様、兵の中では追撃するべきだったと言う者が少なからず居ります。最低でも指揮官は討ち取るべきであったと。」

 「言わせておけ。無能な指揮官は生かしておいた方がいい。よしんば有能だったとしても、生き残りはそいつの言い分はもう聞くまい。」

 「な、なるほど。」


 ムジクにはたじろぐ副官の気持ちが良く分かる。これは獣人らしくない考え方だ。若い将ならば殲滅しようとするに違いない。だが、戦争に勝つ為にはそれを曲げねばならないことを数年に渡る奴隷生活でムジクは学んだ。自分と同じ思いをする同胞を生み出さない為にも、何処までも卑劣に、狡猾に立ち回ることを誓うのであった。

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