第104話人竜の流儀 其の二

 ウンガシュが無様に転がった辺りでザインはファルゼルの射出を止めた。そしてファルゼルを腰から鞘ごと引き抜くと、無造作に後ろに放り投げる。ファルゼルは空中でザインと初めて会った時のような漆黒の全身鎧に姿を変え、着地すると同時に恭しく跪き、ザイン愛用の鎚を受け取ると後ろに控えた。


 「さて、戦争ならこれで俺の二勝。援軍を用意するという戦略的勝利と物量で圧倒する戦術的勝利だ。」

 「くっ…!」


 ウンガシュは悔しげに呻くことしかできなかった。実際、ザインの攻撃で傷らしい傷など一つも受けていないがそれを声を大にして言ったところで負け犬の遠吠えにしか聞こえないからである。

 これ以上無い程に恥をかいたウンガシュの目の前で、ザインはストレッチによって身体を解している。ウンガシュは初めこそ不可解に思ったが、ザインが何を考えているのか解ってしまった。


 「じゃあ三回戦、ガチンコ勝負と行こう。」

 「は…?ハハハハハ!」


 戦略的・戦術的勝利を収めた上で、ザインは個人の戦闘能力においても勝利してみせると豪語しているのだ。平然と佇むザインに、ウンガシュは笑うことしかできなかった。彼がこの世に生を受けてからここまで虚仮にされたのは初めてで、どう反応するべきかすら彼には解らなかったのだ。


 「ナメ腐りおって。ええやろ、ここで殺したるわ。行くでえええええ!」





 両腕を剣のように変形させたウンガシュの斬撃をザインは上手く逸らして受け流し、その勢いを利用して投げ飛ばす。ザインを筆頭に王都の剣闘士は例外なくこの手の格闘技を使いこなせた。彼らは格闘戦のエキスパートである獣人の手解きを受けているからだ。


 「フッ!」

 「がっ!っのお!」


 幾度となく投げ飛ばされるウンガシュであるが、晶魔族は全身が宝石で出来ている種族であり、投げのダメージは皆無である。ウンガシュの自重で身体が砕けることも一切無かった。さらに晶魔族は体内にある核を破壊されない限り死ぬことはないという高い生存力も有しているので、ザインはウンガシュの防御を捨てた猛攻を凌がねばならなかった。


 「固い、な!」

 「ポンポン投げよって!ああ鬱陶しい!」


 最初の攻防で投げの効果が薄いと察したザインは投げた後に拳や爪、さらに蹴りなどの打撃技もお見舞いする。しかし流石は晶魔族。拳は弾かれ、爪は食い込まず、蹴りに至っては此方の脚が折れてしまいそうであった。

 故に幾度となく地面に叩きつけられ、全身を殴打されつつも、ウンガシュには余裕がある。いかに卓越した技量を以てして戦闘自体の流れを掴んでいても、効果がないならば意味が無いからだ。そしてその余裕はザインの投げ技の欠点に気づく時間をウンガシュに与えてしまう。


 「オラァ!」

 「ぐっ!腕を!?」


 ウンガシュは腕で単に突くように見せかけてザインが捌く直前に肘から先を射出したのだ。それは先程嫌と言うほどファルゼルを撃ち込まれた意趣返しであり、意表を突いた奇襲の効果は抜群であった。ザインは意表を突かれて捌ききれずに頬を深く切り裂かれて鮮血を散らす。


 「へっ!単純な話や。こっちから近付かんかったら何も出来んやろ。それにその投げは人間やら亜人やらの体型やないと効きが悪いんやないか?」

 「…その通りだ。」


 ウンガシュは喪失した筈の腕を瞬く間に再生させながら得意げに言い放つ。悔しいことに、彼の予想は正しかった。獣人の格闘術に対魔獣の型はあるらしいが、実戦形式で体得したザインはそれを知らないのである。となるとウンガシュの防御を殴打によって突破する他に道は無い。それ自体難題なのだが、ウンガシュはそんなことは関係のない手段に出た。


 「せったらこうするまでや!ふんがああああ!」


 ウンガシュは己の身体を変形させて新たに二本の脚を形成、さらに全ての脚を太く短くしつつ爪先を地面に突き刺して固定砲台と化した。相手の狙いが解らずに様子を窺うザインを嘲笑うかのようにウンガシュは雄叫びを上げる。


 「お返しじゃボケェ!」


 ウンガシュの体表に小さな瘤が浮き上がったかと思うと、それらは一斉にザイン目掛けて飛来するではないか。しかもその結晶の散弾はご丁寧に杭の如く先端が尖った形状でに回転しており、これでもかと貫通力を上昇させてある。

 しかしザインの反応も早い。咄嗟に右に飛びつつ礫を左側へと反らすべく前方に重力魔術で斥力を生じさせる。だがウンガシュの肉体から生み出された礫には魔術の効果が薄く、ほぼザインの魔術は焼け石に水でしかなかった。


 「うぐっ!」


 貫通弾はザインの鱗に大半は弾かれたが、彼の左半身に幾つもの赤い筋が出来たもの確かである。血を流すザインを見たウンガシュは勝利を確信してほくそ笑んだ。素手のザインでは突破出来ない耐久力と、ザインが避けきれない攻撃手段を持つ己が絶対的に有利であるからだ。


 「ぬあっ!」

 「逃がすと思うとんのか!」


 そんなことはザインも承知しているので、手を拱いてはいない。彼は背中の翼を広げると、一気に空へと飛翔した。ウンガシュが追撃するも、竜であるザインの飛行速度に対応するのは難しい。ザインはあっという間に空高く翔びあがったのである。

 ウンガシュの礫は空を切るだけに終わる。上空に逃げられて体勢を立て直す猶予を与えてしまったことに苛立ちつつも、優勢な者特有の余裕でもってザインが射程圏内に戻る時を今か今かと待つのであった。

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