第102話人竜の流儀 其の一

 ウンガシュが脚を踏み出すのと同時に、ザインは右手を挙げて合図を送った。するとそれまで観客席に座っていたケグンダートとシャルワズルをはじめに、彼らの配下である魔族の精鋭が臨戦態勢で闘技場に降りて来るではないか。しかもその総数は百を超えていた。

 ウンガシュは呆けたように立ち止まってしまう。しかしザインがその後ろに降り立った者達を懐柔したという事実を認識した瞬間、怒声を上げた。


 「おどれらどういうつもりや!?これはワシとそこの若造の殺し合いじゃろうが!」

 「魔王様は戦争のつもりで臨めとおっしゃったはずだ。ならば勝つために万全を期すのはあたりまえだろう?」

 「そ、そがぁな屁理屈が通る訳あるか!お、叔父貴!」


 ウンガシュは慌てて魔王に詰問する。最強を自負する彼も、流石に魔将二人とその配下の精鋭相手に勝てるとは思っていないからだ。ウンガシュの訴えに対し、魔王セイツェルはいつも通りに人の悪い笑みを浮かべてウンガシュを突き放した。


 「あれあれ?俺は援軍を呼んじゃダメなんて俺、言ってないよね?じゃあいいじゃん?…お!珍しい!ティト君じゃん。」


 既に魔王の眼中にウンガシュの姿は無く、彼の興味はこちらへ歩いてくる巨人に注がれていた。その巨人こそ、最後の魔将である巨人族のティトラムである。彼は巨人の中でも長身な二十メートルを超える体躯に服の上からでもわかるガッチリとした筋肉を持つ、純粋な腕力だけならば魔族最高の魔将だ。闘技場の外壁よりも背の高いティトラムは、上から覗き込むと破願して魔王に挨拶をした。


 「魔王様、お久しぶりだぁ。」

 「おう。今日は寝坊しなかったんだな。えらい!」

 「んなことねぇだよ。オラ、中々起きらんねぇで、かあちゃんに迷惑かけただ。それに、ちぃと遅れたみてぇだよ。」


 照れ臭そうにティトラムは笑うが、ウンガシュからすれば嫌な予感しかしなかった。ティトラムは寝起きが悪過ぎて魔王直々の召集にもしょっちゅう遅刻する寝坊助だ。そんな男がわざわざ今日に限って模擬戦を見るためだけに起き出すとはウンガシュには思えなかった。


 「ほいっと!」


 そしてその悪い予想は的中する。ティトラムは闘技場の外壁を一息に飛び越えると、ザインの背後に着地したのだ。これでザインに魔将三人、さらにその精鋭というウンガシュ一人ではどうあっても勝てない布陣が完成したのである。


 「ウンガシュ、だったな。さて、この人数に勝てるのか?」

 「こ、こん外道が…!」

 「外道で結構。それで戦争に勝てるのならば何でもせねばならない。誇りなんぞドブに捨てろ。そんなものに殉じるのは阿呆の貴族だけで十分だ。」


 そしてザインは観客席に座る魔族達に向かって声を張り上げた。この模擬戦の真の狙いである人間の恐ろしさを伝える為に。


 「いいか?これは人間のやり方、その一つに過ぎない。魔王様の覇業、その成就の為には諸君らにも人間について学んで貰わねばならないだろう。ではもう一つ、人間のやり方を実演しよう。皆、下がってくれ。」


 ザインの指示通り、彼の背後に控えていた魔族達は一斉に観客席へ戻っていく。この模擬戦は彼らにとってザインの真価を見定める場であり、これ以上手を貸すつもりはなかった。それを知らないウンガシュはただただ戸惑うばかりであった。


 「次は物量。人間は質では劣っていても、数によってそれを補う術を身につけている。その一例を見せよう。…ファルゼル!」

 「御意。」


 ザインの腰に収まっていたファルゼルは手筈通りに無数の槍となってザインの背後に浮かび上がった。黒い槍が整然と浮かぶ様は中々に壮観で、観客席からは感嘆の吐息が漏れている。だが感心してばかりではいられない。それらの槍は雨霰のようにウンガシュに向かって発射されたのである。


 「ぐうううううぅぅううぅう!?」


 ファルゼルはウンガシュに己の一部を飛ばす時にザインの重力魔術の支援を受けている。よって普通の槍があたかも堅牢な城壁をも穿つ攻城兵器と化していた。とは言え、流石にウンガシュの身体を傷付けることは出来ず、さらに着弾の衝撃で槍は砕け散ってしまう。だが、ザインからすればそれも狙った通りなのだ。

 砕け散ったファルゼルは即座にザインの元へと帰還し、再度槍の姿をとって射出される。この無限ループによってザインは圧倒的な物量の恐ろしさを見せつけたのだ。現にウンガシュは着弾の衝撃によってジリジリと後ろに圧されているのだから。


 「おいおい、どうした?そんなんじゃあいつまで経っても俺に近づくことすら出来んな。」

 「クソ…ッタレェ!」


 遂にウンガシュは衝撃に耐えきれずにもんどり打って転倒した。圧倒的な強者が、それを超える物量に敗北した瞬間であった。

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