第64話耳長族の唄 其の一

 ドワーフ王、バルジ・グム・アドワ・ビレンは国民に賢王と称されている。彼が国王になってからドワーフの国は一気に発展した。新たな鍛冶技術の研究開発に始まり、魔具生産の効率化や量産体制の確立など彼の政策によって王国は繁栄を極めつつあると言っても過言ではないだろう。

 そして、彼の最大の功績は長い間不仲であったエルフとの同盟締結だ。それは容易い道程ではなかった。エルフは氏族の族長達による合議制を採用しているので、その全員を説得するために長い年月がかかったのだ。

 そんなエルフとドワーフに転機が訪れる。外交に四苦八苦している時を見計らったように人間の軍勢が大森林へ侵攻を開始したのだ。同盟締結を待たずしてエルフは戦争状態に移行。同盟を結んでいないのでドワーフが彼らを助ける義理は無かったのだが、ドワーフ王はあえて戦争に介入してエルフを援護する決断を下した。この英断によってエルフとドワーフは正式に手を結び、協力してダーヴィフェルト王国との戦争を戦い抜いたのであった。

 故に、と言っては何だが戦後すぐにお互いの領土へ外交官を派遣し、両国のより緊密な関係を結ぶ架け橋となるよう努めている。ドワーフ王国に滞在するエルフ、フュー・ルト・ギヴもそんな外交官の一人だった。正式な外交が始まって最初の外交官であったが、案外上手くやっていた。何より、ドワーフと一緒の生活は発見の連続であった。

 例えば、ドワーフはその暑苦しい見た目から不潔だという偏見がエルフにあったのだが現実とはまるで違う。彼らは毎日地下水を魔具によって温めた湯船に浸かって身を清めるほど風呂好きなのだ。風呂の付いていない部屋など存在せず、公衆浴場はいつも大盛況だ。

 もちろん、酒好きで鍛治が得意という知識通りの部分も数多くあったが外交官たちはそれ以上のカルチャーショックを体験していた。その一人であるフューは今ではそのショックを楽しんでいた。


 「サル・エマルトに行ったドワーフ達も、僕と同じことを感じているのだろうか。」


 彼らドワーフの目に我らの祖国はどう映っているのだろう?この疑問はここに来てからフューがずっと感じてきたものだ。派遣されたエルフにとってドワーフ王国の居心地は良い。だが、その逆はどうだろうか。自分たちにとって良い場所だからこそ、それが気になって仕方がなかった。

 そんな詮無きことを考えながら王宮を歩いていたフューは、意外な人物を目撃した。ギドンである。先代の近衛長で、今でも古参兵に慕われる忠義の士だと聞いている。一度しか会ったことは無いし会話らしい会話もしなかったが、老人とは思えない強者特有の空気を纏っていたのをよく覚えている。


 「どうしてギドン翁が王宮に?」


 ギドンはとっくに引退した筈なのに、何故王宮に来ているのか。フューは詮索屋という訳ではないが、好奇心は人一倍だったので非常に気になった。ギドンは先々代の御代から王の護衛として勤め上げた忠臣なので、現ドワーフ王バルジも時折話し相手として彼を呼ぶことがあると聞く。しかし彼が向かったのは王の居室の反対側。奇妙に思って然るべきだろう。

 散々迷った挙げ句、フューは尾行してみることにした。王宮での仕事を終えて明日まで暇だというのもあるが、単に好奇心を抑えきれなかっただけだ。その好奇心が彼の人生を波瀾万丈な物に変えるのを彼はまだ知らないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る