第61話剣王と賢王 其の一
ザインは肌着だけで牢屋にぶちこまれた。他の房には多数の人間の男が放り込まれている。その正体は戦争で捕らわれた哀れな兵士や騎士である。
王国の兵士とは、職業や身分としての騎士と徴兵された平民から構成されている。しかし王国は大国であるがゆえに人口も多く、徴兵基準を高くしても十万を超える兵力を確保出来る。故に王国は徴兵された兵士でも士気は高く、十二分に戦える戦力足り得るのである。
そんな厳選された兵士と名誉と誇りにかけて戦った騎士は、数年に渡る牢獄の生活で見る影もない。屈強だったであろう肉体はやせ細り、長い間日に当たっていない肌は不健康な青白さである。衛生環境も最悪で、体臭と糞尿の臭いが立ちこめていた。
「これまたとんでもない場所だな。あの奴隷の家よりゃマシだが。」
「いいんですか?死ぬかも知れませんよ?」
「いざとなったら何人殺してでも逃げ出すさ。それより、この部屋だ。」
最悪から数えた方が早い空間に閉じこめられたにも拘わらず、ザインは至って暢気にアンネリーゼと念話で会話していた。その理由はアンネリーゼにも解っている。彼が入った独房は他とは違って清掃されており、さらに入った時点で彼の拘束は解かれていた。そのまま処刑される訳ではないことだろう。安心は出来ないが、まあこんなものだろうと思っていたのでアンネリーゼもこれ以上の小言は言わなかった。
「これは石なのか?漆喰?それで部屋を作ってやがる。流石はドワーフ、土に関しての知識は凄まじいな。」
ザインは馴染みのない石壁をペタペタと触る。暗かったので気が付かなかったが、思い返せば通ってきた坑道の床と壁も同じ素材だったように思う。
ザインの予想は当たらずとも遠からずといったところ。その正体はセメントであった。ドワーフの国にとってセメントはありふれた建材だ。人間よりも土と密接な繋がりを持つ種族ならではの技術と言える。
「ブケファラスは?」
「あのギドンというドワーフが自宅に預かっているようですね。今は落ち着いています。」
こういうこともあろうかと、ザインはアンネリーゼの使い魔をブケファラスに付けている。そしてギドンがブケファラスを保護してくれたようだ。ザインはホッと胸をなで下ろすと、ドワーフからの何らかの接触があるまで仮眠するために横になった。
「な、なあアンタ。」
「ん?」
ザインに話し掛けたのは向かいの房に入った囚人だった。ザインは戦争が終わって数年経ってから初めてやってきた新入りだ。物珍しいに決まっている。
「アンタ何処から来たんだ?」
「ダーヴィフェルト王国だ。」
「も、もしかして王国が俺達を助けに来たのか?」
ドワーフの住むキフデス山脈にわざわざ行くとなれば相応の理由があるはず。囚人たちはザインがそんな危険な場所に来た理由を随分と自分達に都合のいい解釈をしたようだ。
それまでは大人しくしていた囚人たちだったが、男の言葉に呼応するようにざわめき始めた。これは決していい傾向ではない。囚人の勘違いを本気にされないとは言い切れないからだ。
「盛り上がってるところ悪いが、俺はお前たちを助けに来たわけじゃない。」
「そうか…いや、待てよ?そう言うことか!わかった。大人しくした方がいいよな。」
しかし囚人にとって希望という光は眩しすぎたようで、ザインの発言を都合良く解釈したようだ。ドワーフを欺く為の否定だとでも思っているのだろう。
ザインの沈黙を肯定と捉えた囚人は他の連中を黙らせた。助ける者たちの邪魔をする訳にはいかないと納得して彼らも大人しくなった。しかし、囚人たちは解放された後のことで盛り上がっているようで、含み笑いや感激の嗚咽を漏らす者たちもいる。ぬか喜びさせておくのも忍びないが、今は何を言っても勘違いするだけだ。ザインは誤解を解くのを早々に諦めて、放っておくことにした。
「俺は寝るから騒ぐなよ。」
「へへっ。わかってますよ、旦那。」
絶対にわかっていないのだが指摘するのも馬鹿らしいので、ザインは放置して目を閉じた。戦闘の疲れからか、瞼を閉じるとすぐにウトウトし始めたザインだったが、すぐに野太い怒鳴り声で叩き起こされた。
「立て!」
「休む時間もくれないんだな。」
「拘束しろ。」
ザインの房にやってきた者たちは装備から察するに連行した連中と同じ近衛なのだろう。ただ、その顔ぶれは違うようだ。彼らの動きは洗練されており、並々ならぬ実力が伺える。素人に毛が生えた程度の練度では決してない、文字通りの精兵なのだろう。
そんな近衛隊の一人はザインに手枷と足枷を嵌める。当然、他の者たちは手に持ったハルバードの刃を油断無く彼に向けていた。ついさっき拘束具を腕力で引きちぎったことを知らないのかと思ったが、魔力に鋭敏なザインはその拘束具から魔力を感じ取った。
「おっ?これ魔具か?魔具の枷なんてのがあるのか。流石は鍛冶の民。」
「無駄口を叩くな。…ついて来い。」
ザインは肩をすくめてから大人しく付いていく。その後ろ姿を囚人たちは期待と不安を込めた目で見送るのだった。
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