第60話鍛冶の民 其の四

 ドワーフの作った坑道は複雑に入り組む迷路のような構造であった。これも侵入者対策の一環で、間違ったルートの先には凶悪な罠が待ち構えているそうだ。内部に灯りは無く、ドワーフの持つ松明が坑道の唯一の光源であった。

 緩やかな傾斜によって少しずつ山脈内を下っていくと、ようやく門と思われる人工物が見えてきた。ザインがそれを門だと断言できないのは、それが金属で出来た一枚壁であったからだ。ピカピカに磨かれて鏡のようでさえあるその壁が、どうやって開くのか。ザインには皆目見当もつかない。迷わず壁に向かって大声を張り上げるドワーフがいなければ、彼は道を間違えたと思って帰っていたかもしれない。


 「おぉい!見張り兵よ!出て来てくれんか!ギドンが帰ったぞ!」


 名を尋ねていなかったが、どうやらこのドワーフの名はギドンと言うらしい。その声に応えるように継ぎ目すら全くない壁の右端が扉のように開くと、奥から一人の若いドワーフがやってきた。若いといっても長命なドワーフなのでザインよりは年上だ。ちなみに、ザインは闘技場でドワーフの仲間がいたから年齢の大まかな予想がつくが、普通の人間には違いが分からない。


 「おお!ギドンさん!グリフォン退治に成功したんですね!…ところで、後ろの人間は何者ですか?」


 見張りのドワーフは強い敵意と殺意を含んだ視線をザインに向ける。それだけで王国、ひいては人間への恨みの強さがよく解るというものだ。侵略戦争によって多くの同胞が殺され、奴隷として捕らわれたのだから当然のことだ。


 「彼こそ、儂らを困らせておったグリフォンを討伐した張本人じゃよ。」

 「人間が?」


 見張りの兵士は猜疑心に満ちた目でザインを無遠慮に観察する。


 「そうじゃ。儂が奴らの巣に付いた時にはすでに全滅しておったよ。」

 「そう、ですか。ですがどうしてここまで連れてきたのです?」

 「ここに来たいと言い出したのでな。恩人の頼みは聞かねばならぬ。」


 ドワーフは地中で暮らす種族だが、外に出ない訳ではない。地中では手には入らない山の恵みが生活には欠かせないからだ。だが、グリフォンという魔獣の脅威に曝されてはノコノコと外に出る訳にはいかない。そんなドワーフにとっての死活問題を解決したザインは間違いなく恩人だ。だからこそ、ギドンは彼を連れて来る決心をしたのだ。


 「人間ですよ!?」

 「彼は人間ではないらしい。」

 「え?嘘でしょう?」

 「儂も最初は信じられなんだがな。儂の顔を立てて、ここを通してやってくれんか?」

 「申し訳ありませんが、それは私の職域を遥かに超えています。上の判断をお待ちいただけませんか?」

 「そうじゃな。無理を言ってすまん。上司に報告するが良かろう。」

 「では、失礼します!」




 見張りの兵士が立ち去ってから既に一時間が経過していた。時間が掛かるということがどういう意味か、わからない程愚かな二人では無い。ギドンは深い溜め息をついた。


 「すまぬな。恐らく門が開くと同時にお前さんは拘束されるじゃろう。」

 「まあ、前向きに考えればお偉いさんに会えるチャンスでもある。それが俺の目的だからな。それよりギドンさんでいいか?アンタ結構大物なんだな。」

 「昔のことじゃ。今はそこそこ腕の立つ老いぼれに過ぎんよ。」

 「そうか?俺の知ってるドワーフでもアンタより強いのは…三人くらいしかいないぞ。」

 「ぬ?お主、ドワーフの知り合いがおるのか?」

 「ああ。二十人弱だがな。その中で一番強かったのはガルンって奴だ。」

 「何!?ガルンじゃと!?」


 ギドンは突然血相を変えてザインに掴みかかった。この反応から察するに、ガルンの関係者であることは明白だ。


 「奴は!今どこにおる!生きておるのか!?」

 「あ、ああ。あいつは」


 揺さぶられながらザインが答えようとしたタイミングで、門が開いた。壁と見紛うばかりの門は二重になっていて、その奥から出て来た武装した兵士は予想通りにザインとギドンを包囲した。


 「我々は近衛隊である!そこの人間を捕縛しろ!」

 「待て!儂にはまだ話すことが…!」

 「ギドン翁、邪魔をしないでいただこう。これは王命である!」


 近衛隊の隊長と思われる男の命令に従って、部下達はギドンをザインから引き剥がす。そしてザインの両手に手錠を掛けて拘束した上で床に押さえつけて武装解除させる。何をされようとも甘んじて受け入れるつもりだったのだが、まさかここまで強引な手段に出るとは思わなかった。


 「ワンワン!ワンワン!」

 「落ち着け、ブケファラス。俺は大丈夫だから。」


 小さくなったブケファラスは、自分の主人を取り囲むドワーフに吠えたてる。ファルゼルよりも精神的に幼い彼は、純粋に主人のために吠えていた。落ち着かせようとザインは宥め賺したのだが、彼は唸りながら睨むのを止めなかった。


 「その喧しい魔獣も捕らえろ。多少傷つけても構わん。」

 「止めろ!」


 ビキッという音と共にザインは手錠を千切って立ち上がる。彼は煮えたぎる怒りを抑えて、しかし激怒から震える声で血を吐くように呟いた。


 「俺は黙って付いていく。何処へなりと連れて行け。だからソイツに、俺の相棒に余計なことをするな。傷一つ付けてみろ、貴様ら皆殺しにしてやる。」


 ザインの本気の殺意に、その場にいた者たちは凍り付く。近衛隊を押し退けようとしていたギドンすら真っ青になって動きを止めていた。


 「な、何をしている!早くひっとらえろ!先程よりも厳重にな!それと、その魔獣は放っておけ!」

 「ワン!ワンワン!」


 近衛隊は冷や汗を流しながらザインをガチガチに拘束した。それこそ彼が自力で動けない程にだ。近衛隊に引きずられるように連行されるザインを、ギドンとブケファラスは見送ることしか出来なかった。

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