第59話鍛冶の民 其の三

 キフデス山脈はイーフェルン大陸中央部から南東に向かって延びる、天然の仕切りの一つである。グ・ヤー大森林と共に大陸を東西に二分しているのだが、その山肌を木々が覆うのは王国側の低地だけだ。その実態は岩山であり、山脈に生える草木の大半は背の低い雑草である。

 そんな大山脈のど真ん中で、ザインとブケファラスは知り合ったばかりのドワーフに付いて歩いていた。それなりの重さの装備を身に付けたザインとさらに重い装備のドワーフ、そして防具は無いが残ったグリフォンの肉などを背負うブケファラスだが、その歩みは速い。ゴツゴツした山道を意にも介さずズンズンと進んでいった。


 「なあ、坊主。連れて行く約束をした上で言うのもなんじゃが、その姿では絶対に歓迎されんぞ。お主が自分で言った通りの化け物ならば本性を見せた方がいいのではないか?」

 「あー。でもなぁ…止めとくよ。」


 ザインは人間の皮を脱いだ姿を思い出して言葉を濁す。それは自分でも考えたが要求されない限りは人間のままでいるべきという結論に達した。自分で言うのもなんだが、人竜の見た目は凶悪過ぎてより警戒されるに違いない。悪くすれば目の前を歩くドワーフすら逃げ出してしまうかもしれないのだ。ならば多少の敵意を向けられてでもこのままの方がいいだろう。


 「結構歩いたけど、まだか?」

 「焦るでない。もうすぐそこよ。」

 「あん?洞窟の入り口なんてどこにも無いぞ?」

 「ガッハッハ!そう見えるか!」


 豪快に笑うドワーフは少し先にある岩肌に触れる。すると何の変哲もない岩肌が音もなく引き戸のように開くではないか。


 「お主にとっては少々天井が低いじゃろうが、行こうか。」

 「すげぇ偽装だ。全く解らん。」

 「端的に言えば戦争のせいじゃ。人間の破壊工作を未然に防ぐために作られたのじゃよ。こんな蓋など無かったのじゃがのぅ…。」


 引き戸のように加工・偽造された扉の奥にはドワーフがこさえた坑道が続いている。彼らの低い身長に合わせているからか、天井はザインの頭頂部が掠るほどの高さしかない。


 「ブケファラスは無理か?」

 「かわいそうじゃが、ここで待ってもらう他ないじゃ…ろ……うぅ?」


 王都を出発する時と同じ空気を感じ取ったのか、ブケファラスは慌てて変身魔術を使った。慌てていても今の状況を理解出来る賢く巨大な魔獣は、己を小さくした。子犬くらいの大きさまで縮んだブケファラスは、それこそザインが初めて会った時よりも小さい。


 「キャンキャン!」

 「おいおい、そこまでして放って置かれるのは嫌あぁって重い!ぐぇっ!」


 変身魔術は見た目を変えるだけで体重が軽くなる訳ではない。普通の子犬のように甘えようと飛びついたブケファラスの一トンを優に超える体重も変わらないので、ザインは子犬に押し倒されてしまうという情けない姿を曝した。


 「クスクス。」

 「お前なぁ…。まあいいや。ブケファラス、動くなよ?」


 アンネリーゼに笑われながらも、胸を圧迫される苦しさから逃れる為にザインは重力魔術を使った。ブケファラスにかかる重力を百分の一にする魔術が功を奏して、ザインが簡単に抱えられる重さになった。


 「この甘えん坊め。」

 「貴方が甘やかしたツケでは?」


 非道い目に会った上にアンネリーゼからさり気なく罵倒された気もするが、ザインはブケファラスを撫で回す。普段の頼もしい相棒が愛らしいヌイグルミのようになっているのだ。思わずでれっとしてしまうのは仕方ないはずだ。

 ザインは千切れんばかりに尻尾を振るブケファラスを抱え上げる。愛玩動物その物の扱いだが、もちろん理由はある。ザインの使った対象の見かけ上重力を弱める魔術には大きな欠陥があるのだ。重力が軽減されたことによってまるで月面歩行のようにピョンピョンと跳ねてしまうのである。しかも今のブケファラスは重力が百分の一なので、軽くジャンプするだけで天井にぶつかってしまうに違いない。ザインは彼の安全を考えればこそブケファラスを抱き上げるのであって、他意は決してない、はずだ。


 「そんなことまで出来るのか。」

 「ああ。凄いだろ?」

 「それに異存はないが、荷物はお前さんが運ぶことになったな。」

 「あ…。」


 ザインは渋々といった感じでブケファラスに背負わせていた荷物をまじまじと見る。ブケファラスを抱き上げながらこれだけ大きな荷物を持つのは無理だ。ザインは名残惜しそうにブケファラスを下ろしてから荷物を持ち上げる。血生臭さと獣臭さに耐えながら、彼は狭い通路をドワーフの後に付いていくのだった。

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