第53話翡翠の鷲獅子 其の一
村に戻ったザインに、村人たちは代わる代わる深い感謝を述べた。何時死ぬかわからない状態から救ってくれたのだから当然だろう。まるで救世主のような扱いに辟易していると、急いでやってきたらしいオイゲンとハッシュが到着した。
「ようやく来たか。行くぞ。」
「ザ、ザイン様?行くとは…?」
「ま、まさか…。」
「ああ。山登りだ。」
馬から降りた二人は血相を変えてザインを諫める。
「お待ち下さい!まだこの地に来たばかりですぞ!」
「そうです!それに敵の巣の正確な位置もわかっていません!それに!」
ザインはまくしたてる二人を掌を向けて制止する。そして彼らを正面から見据えて言い放った。
「俺が王都に一歩も入る余裕すら与えられなかったのは、グリフォン退治が急務だからだろう?今は一刻も早く討伐に向かうべきだ。」
「しかし!」
「それに巣の位置は判明している。あの最も高い山の頂上付近だ。先程餌を捕りに来たグリフォン共が帰って行くのを見たからな。守備隊長。」
「何でしょう?」
うろたえている二人とは対照的に普段通り落ち着いている守備隊長はザインの呼び掛けに即座に応じた。
「防寒具と寝具、あと食糧を用意してくれ。用意が出来次第出発する。徒歩だと登頂までの時間がどの程度かかるかわかるか?」
「そちらのお二人はご存知かと思うが」
そう前置きをした守備隊長は二人を一瞥してから何かを思い出すように語る。
「キフデス山脈、さきほど巡視騎士殿が仰った最も高い山は標高七千メートルを誇ります。休みなく登れば十日ほどで着くでしょうが、高山病を避けるためにその倍以上の日数がかかるでしょう。」
「高山病…空気が薄い場所で発症する病気、だったか。」
「ええ。ですので今から向かったとしても、次の襲撃までに到着することは不可能です。」
守備隊長の言い分は至極当然だ。しかしザインは口角を上げて不敵に笑った。
「確かにな。だが、コイツに乗れば問題ない。ブケファラス、変化を解け。」
ザインの命令に従って、ブケファラスは馬の変身を解く。膨張する身体が馬具を弾き飛ばしながら正体を表した三首の化け物に、グリフォンを仕留める姿を見ていた兵士たちはともかく、村人たちは恐れおののいた。
「コイツは特別でな。空中を走り回ることが出来る。背に乗って一っ飛びすれば一週間とかけずにケリがつく。」
「確かに高所順応を怠らなければ問題は無いでしょう。わかりました。用意させましょう。」
「「守備隊長様!?」」
オイゲンとハッシュの悲痛な叫びを無視して、守備隊長はテキパキと指示を飛ばして出発の準備を整えさせる。彼としても一刻も早い事態の収拾は望むところであるし、それを上官であるザインが指示したのなら従わない理由は無いのである。
最初は魔獣であるブケファラス恐れて騒いだ村人も、彼がザインの騎獣であることと、危害を加える気配を見せないことですぐに落ち着いた。そして自分たちのために命を張るザインのためならと支援を惜しまない。約一週間分の食糧と防寒具、そして野営に必要な諸々の物資を快く提供してくれた。代金を即金で守備隊長が支払ったが。
「さて、準備も整った事だし、さっさと行くぞ。」
「ザイン様!お荷物ならば我々が!」
仕方がないことだがブケファラスにちょうど良い荷袋は無いので、用意された荷物は全て背嚢に詰め込まれた。それを自分で背負ったザインに二人の案内人はそう言ったが、本人は笑いながらそれを断った。
「ああ、気にするな。お前たちはもっと大変だからな。」
「は?」
「え?」
二人が呆けた声を出す間に後ろに回り込んでいたブケファラスが左右の口で二人を器用に咥えた。
「ブケファラスは気難しくてな、俺以外の人間を背に乗せようとしないのだ。まあ、落とすことは無いだろうから安心してくれて構わない。じゃあ、行ってくる。」
「ご、御武運を。」
「うわああああああああ!?」
「た、助けてええええええ!」
初めて狼狽した守備隊長と唖然とする村人や兵士たちを後目に、ブケファラスは颯爽と空中へ駆け上がる。案内人に扮した暗殺者の悲鳴に応える者は誰もいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます