第51話暗殺の足音 其の三

 監視対象に逃げられてしまったオイゲンとハッシュは苦々しく舌打ちした。砦に着いてすぐに襲撃とは、なんと間の悪いことか。しかも案内人という立場上、自分達の戦闘力は皆無だと告げている。かと言って下手に追い掛けてグリフォンと対峙せねばならない状況に陥った時、ボロが出る可能性は極めて高い。


 「オイゲン、どうする?」

 「兵士たちの目の前であの男の命令に背く訳にもいかんだろ。待機だ。」

 「まあ、どっちにしろ山を登るには俺達の案内が必要なんだ。自分から戻ってくるだろうよ、あのマヌケは。」

 「そう言うことだ。」


 二人がほくそ笑んでいるころ、ザインは守備隊長に道を聞くとブケファラスで先行してイルン村に到着した。村に駐屯していた兵士たちは一糸乱れぬ連携でグリフォンに立ち向かう。時に密集し、時には散開して戦っていた。

 戦術は申し分ないのだが、如何せん人数が少ない上に空中に逃げられると有効な攻撃手段が殆ど無いのが致命的だ。弩や弓で矢を放っても、風の魔術で逸らされてしまうからだ。今もグリフォンは空中を遊ぶように飛び回っている。人間の足掻きをあざ笑い、見下しているのだ。


 「羽虫がいい気になってんな。」


 兵士たちには同情以上の感情は湧かないが、竜という種族としてグリフォン共のまるで空の王者の如き振る舞いは不快であった。まだ村までは些か距離があったが関係ない。ザインは剣を抜き放つと命令を下した。


 「ファルゼル、槍一番。」

 「御意!」


 ザインの手の中にあった濁った黒色の剣が弾けて障気になったかと思えば、即座に簡素な槍へと変貌した。魔剣と化したファルゼルとザインはファーナンからの帰り道で色々と取り決めを交わした。それが各武器と番号によって変化先を指定することだったのだ。

 ファルゼルが取り込んだ武具は多岐に渡るが、討伐屋からの戦利品以外では戦場の兵士の死体から剥ぎ取ったものばかりで大差無い。よって今の所ザインが使おうと思える武器は一番種類が多い剣は四番まで、槍は三番までしか無い。他の武器もあるが、それらは全て一番までしかなかった。番号が大きくなればなるほど強い武具となるので今回呼び出したのは何の変哲もない槍ということになる。しかし今、この瞬間はこれで良いのだ。


 「んぬあああ!」

 「ギョエェェ!?」


 ザインは色だけが禍々しい普通の槍を投擲し、それはグリフォンの片割れに直撃した。一番の槍は質こそ他の二振りに及ばないが、最も軽いのが利点なのだ。

 槍は狙い通りにグリフォンの翼の付け根に深々と突き刺さった。空を飛ぶ魔獣は竜や悪魔のように翼を魔術の制御装置としているので、損傷することは飛行そのものに多大な影響を与える。しかもザインは悪辣にも突き刺さってすぐにファルゼルを回収したので傷口の栓が抜かれた形になり、グリフォンは血を撒き散らしながら墜落した。


 「ブケファラス、変化を解いてアレを喰い殺せ。落ちた方のトドメは…あいつらに任せよう。」

 「ウォーーーーーン!」


 ザインが飛び降りた後、ブケファラスは変化を解いて真の姿を露わにする。三首の巨犬は空をと、地上に落ちた仲間に気を取られているグリフォンに襲いかかった。


 「ギ、ギ、ィィ…。」


 完全に不意を付かれたグリフォンは己よりも大きな犬に為すすべもなく叩き落とされた。それもそのはずで、ブケファラスは右の口でグリフォンの喉笛に、中央と左の口で両翼に噛みついたのだ。

 グリフォンは獅子の膂力を持ち、空を飛び、鋭い嘴と爪を有する生来の捕食者だ。しかし、その全てを封じる奇襲に対処出来なかったのが命運を分けた。ブケファラスと絡み合うように落ちたグリフォンだったが、落ちる前には頸椎を折られてもう事切れていた。


 「オンオン!」

 「よくやったな。あっちも終わったようだ。」


 ザインの視線の先では地面に強かに身体を打ちつけて動きが鈍ったグリフォンを取り囲んで槍を突き立てる兵士たちの姿があった。風の魔術で応戦を試みたようだが数の暴力を振り払うことは出来なかった。

 その頃になってようやく村にたどり着いた守備隊長一行は血溜まりに沈む二頭のグリフォンに驚いたものの、すぐさま平静を取り戻して後始末の指示を飛ばした。その場で燃やすのではないのかと尋ねたところ、どうやら引き取り手が決まっているらしい。嘴にしろ爪にしろヘタな金属よりも鋭いので武器の素材として重宝されるし、毛皮や羽毛も革鎧や装飾品の素材になるのだから欲しがる者は大勢いるのだ。特にブケファラスが仕留めた方は目立った外傷も無いので剥製にして法外な額で好事家に売り払うことになるそうだ。

 守備隊長はその金を被害が出た村や死んだ兵士の家族への補償に充てるつもりなのだという。とんだお人好しだと思う反面、自分には決して出来ない生き方をザインは少し羨ましく思うのであった。

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