第20話謀略の臣 其の四
ヤムの元をシューハン侯爵が訪れている頃、パルトロウ侯爵は王宮にて国王に謁見していた。
「国王陛下、ご機嫌麗しゅう存じまする。そして、本日は私のような不肖の臣下のためにお時間を頂けること感謝致します。」
「良い。王国の功臣であるそちの言をどうして余が無視できようか。」
「そのお言葉だけで私は救われる思いで御座います。子細の身ながらも一層陛下のために微力を尽くす所存で御座いまする。」
跪いて頭を垂れるパルトロウ侯爵を国王は満足げに、だが邪悪な笑みを浮かべている。
「不肖や子細などと。そちには最も縁のない評価であろうが。」
「光栄の至りに御座います。」
「謙遜はよせ。さて、本題に入るとしよう。侯爵は余に何を陳情するのだ?よもや他の無能共の如く、我が娘の婚約に対しての意見ではあるまいな?」
スッと目を細める国王に対してパルトロウ侯爵は不気味な笑みを浮かべて肯定する。
「仰る通りで御座います。」
「侯も余に意見するか。」
「陛下も多くの貴族が勇者殿と姫様の婚姻に反対する理由はご存知のはず。」
国王は不愉快そうに視線を逸らす。それは明言していないが知っていることを認めたようなものだ。
「私はただ姫様の婚姻をお諫めするために参った訳ではありませぬ。勇者を陛下の権力基盤に取り込みつつ、彼の者に権力を握らせず、さらに必要あらば王国のために戦わざるを得ない状態に飼い殺す策をご用意致しました。」
国王は未だ不愉快に感じている風に見えるが、その瞳は爛々と欲望の光が輝いている。
元々、国王が勇者を取り込むのは国王の権力を絶対不変にするためである。婚姻によって勇者は国王の身内であり、地位は低くも権力を握るに相応しい存在なのだ、という民衆へ最も効果的な宣伝のために過ぎない。
「…申してみよ。」
「陛下もご存知の通り、現在の王都で最高の娯楽は闘技場で御座います。そこで勇者殿のお仲間であるヤム・サンス殿に出場していただくのです。」
「続けよ。」
「その催しは陛下の御前試合という形を取り、その大舞台でサンス殿には敗北して頂きます。さすれば…」
「民の勇者への信頼は低下させ、貴族共の溜飲も下がる、と?」
「はい。さらにそれを口実にすれば姫様との婚約の解消も民の不満を最小限かつ貴族の圧力に屈した形を取らずして行えるでしょう。勇者殿への褒美は…一代限りの伯爵位でよいと愚考致します。」
「そして爵位を得たならば、娘とも釣り合いがとれるというもの。」
「はい。何かしらの功績を立てさせればお二人の婚姻に表だって反対出来る者などおりますまい。」
国王は蓄えた髭をしごきながら思案を巡らせる。反対する貴族がいるのは当たり前だが、低い地位のまま王族に迎え入れるという無茶を取り下げて爵位だけを与えること。一見すれば交換条件のようだが、実際はまるで異なる。そもそも貴族共が勇者に爵位を与えることに反対したからこその婚約だったのだ。勇者を王族に加えることと高位の爵位を与えること。彼らにどちらかを選ばせる機会を与えることこそ、侯爵の狙いなのだ。そして貴族の選択など、今更考えるまでもないだろう。
民がなにかしら騒ぎ立てるに違いないが、そんなものは一年もしないうちに治まる。情報操作による火消しはもちろんするが、民の不平不満などいつかは霧散する。生活に直結しない文句など長続きしないものなのだ。しかし、国王はこのまま了承することができない懸念があった。
「魅力的な提案だが、二つほど穴があるな。候がその対策を怠っているとは思わぬが…」
国王の指摘する問題点は二つある。一つは勇者の仲間にして勇者に次ぐ攻撃力を誇るヤム・サンスに確実に勝てるかわからないこと。そしてもう一つは勝利したとして、その者が勇者に代わる民衆の支持を得てしまって勇者を取り込むこと自体の意味を失うのではないか、という懸念だ。
だが、国王の指摘は織り込み済みである。侯爵はきちんと対策を行っているのだ。
「では説明させて頂きます。まず前提としてサンス殿に勝利し得るのか、でありますが対戦相手はかの『剣王』を予定しております。」
『剣王』ザインの名を聞いた国王は嫌そうに顔をしかめる。
「『剣王』…。民が余以外を、それも剣奴ごときを『王』と呼ぶのは不快であるが…十年以上不敗を保つ者ならば相手にとって不足はなかろうな。」
「もしサンス殿が優勢であったとしても、それと解らぬような妨害工作の専門家を手配しておりますのでご安心を。」
「うむ。ではもう一つの穴について聞こう。」
「勝利するであろう『剣王』の処遇で御座いますが、勝利したその場で陛下が召し抱える宣言なさるのがよろしいかと存じます。その後に彼の武力にかこつけて無理難題を押し付け、派遣した地にて名誉ある殉死…いえ、不慮の事故によって消えていただきましょう。」
「余は己が手を汚さずして多くを得るということか。」
民衆の安心感のためには勇者の存在は不可欠であるが、ザインのような少々腕が立つだけの戦士に大した価値はない。
しかし、もしも勇者の仲間に勝利した若者が、多大な武功を挙げたならどうなるのか。人の身にて勇者に並ぶ者、即ち『英雄』として民衆の支持を集めるだろう。その名声は魅力的で個人的に取り入ろうとする商人や貴族はいくらでもいるはずだ。
ならば国王も勇者のようにザインを取り込めばいいと思うかもしれないが、ここで国王という地位が邪魔をする。正確には奴隷に身を落としていなくとも、ほとんどの貴族はザインが剣奴だと認識している。剣闘士と剣奴の違いは事情に明るい者にしか解らないからだ。一時でも奴隷であった者を重用することは、国王という立場上不可能である。民衆の受けはいいかもしれないが貴族との摩擦が大きくなりすぎるだろう。
勇者を取り込みつつその株を多少下げて貴族を満足させ、さらに新たな勢力の芽を隔離したあとで後顧の憂いを断つ。用意周到な策略であった。
「よろしい。侯のことだ、すでに行動を開始しておるのだろうな。」
「はい。現在は個人的に勇者一行と面識のあるシューハン侯が説得に向かっております。」
「ふむ。して、褒美は何がよい?表立って用意してやる訳には行かぬが。」
「シューハン侯爵には農耕用の牛馬を百頭ほど、私には鉱山開拓用の亜人奴隷を少々。」
「その程度でよいのか?謙虚なことよな。よかろう。良きに計らえ。」
「御意。」
陰謀とは当人同士の預かり知らぬ場所で画策され、実行される。国王とパルトロウ侯爵の密談を見聞きしていたのはただ窓辺に張り付く一匹の羽虫だけであった。
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