第30話

 馬体が揺れる。このままの速さならあと少しすれば都市エリツヘレムが見えてくるだろう。心臓が高鳴った。もし現れた街が、わたしの知っているものじゃなくなってたら。不安が焦りをせき立てた。

 でも、わたしたちが行ってどうなる。魔具をとめることは本当に出来るのだろうか。それに、仮にとめれたとして、そのあとはどうすればよいのだ。ピスカは目の前の背中を見た。

「ユイルは魔具なの? それとも――」刹那、躊躇したがピスカはそのあとを続けた。「わたしの知ってる人間なの?」

 馬の揺れではない振動がユイルの背に流れた。

「分からない。僕の方が知りたいよ」声は少し笑っていた。

「そうよね」

「それに、なんで父上の造った魔具と僕はこんなにも違うの?」

「それは――」いくつか思い当たるふしがあった。ピスカはユイルの背中に額をあてて言った。「あの日、わたしはあなたを魔具にしようとした。けど、わたしには玩具が造れなかった。だから、魔術を込めた木材をあなたの身体の中に入れたの」

 そうしたら、ユイルは瞳を開けたのだ。

「じゃあ、この体は僕のでいいのかな?」

 ピスカが背中越しに頷く。

「そっか、よかった」ユイルの口調は明るかった。「他のものに身体借りてるとしたら、なんだか嫌だったんだ」

 とその時、木々を挟んだ向こう側に蠢く影を見つけた。崖のような段差を挟み、木漏れ日が揺れる森の中、影は樹木の葉を揺らし、下草を踏み折りながら進行していた。決して速くはなかったが、圧力を感じさせる肢体の動きだった。木を避けるのではなく押し倒し、地面を踏むのではなく削る前進。

「いくよ」ユイルが手綱を握り、馬体の首を叩いた。馬は向きを変えて黒い影に突き進む。

「とめられるの?」ピスカは訊ねた。

「絶対止めてみせるよ。姉さんは馬と安全なとこに」

 と、ユイルは言って馬から飛び降りた。揺れる手綱。駆ける馬。ピスカは振り落とされないように慌てて手綱を握った。

「ちょっとどうするの?」

 声を掛けるが既にユイルの姿は遠ざかっていた。どうしよう。馬なんて乗ったことないのに。蹄が踏み鳴らす音を聞きながら、ピスカは必死に馬を御する。

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