27-③




『三十三間堂』という名は、本堂の柱間が三十三本もあるかとその名が付いた。また、観音菩薩は姿を変えて教え、救いにやって来る。その変身する姿の数が「33」通りあるため、「33」の数字は仏教では重要な意味を持っているのだ。


「人が凄いですねぇ。今入って行った中国人の団体客、何組目ですかぁ?」

「こないな目立つ場所で、ホンマに何をする気ぃ?」

「世間一般的には、イケナイことをしようとしています。でも、どうせになるからいいですよねぇ。芸術性もクソもない、ノリと勢いだけのちゃらんぽらんHey! Tuberよりは周囲に迷惑かけません。勿論、観光客にも退場してもらいますよ。ボクのやることに拍手をくれなさそうですし。観客は、貴女を助けにやって来るナイト様だけでいい」


 駐車場に停めてあるレンタカーの中に、カメリアはいた。観光バスからゾロゾロ降りて来る人の群れを眺めながら、後部座席に押し込まれている早百合へボソボソと話しかけている。早百合は未だに結束バンドで拘束中だ。

 スマートフォンを手に、「京都 雀」でSNSを検索する。自身が設置した箱の被害があまり広がっていないのに、「ふーん」という感想を抱いた。

 どうやら、ゲームは順調に進んでいる。参加している【読み手】がカメリアの真意を読み取れたのなら、ここに……三十三間堂へとやって来るはず。

 もし来なかったら、1人で楽しもう。別にギャラリーが欲しい訳ではない。

 どうせ、【本】を閉じたら大体の現象はになる。それなら、自分がやりたいことをやるだけだ。


「じゃあ、ボクは行きますよ。終わったら解放します。ボク、特に紋章を集めてレベルアップとか、興味ないんで」

「おやおや、無欲ですことお」

「……あのぉ、本当に腕、痛くないですか? 一本ぐらいバンドを切りましょうかぁ?」

「早よう行きなはれ」


 この男、早百合の拉致監禁やら『舌切り雀』テロなんて行為をやっている癖に、妙なところでヘタレなのだ。


「……三十三間堂には、国宝である木造千手観音立像1,001躯の他に、風神雷神像、観音の眷属である二十八部衆像を合わせた、1,032躯の仏像が安置されております。観音像の中には、必ず会いたい人に似た顔があると言われていますが、みなさんが会いたい人の顔はありましたでしょうか?」

「必ず、会いたい人に似た顔か……」

「萌が会いたい人は、響平かな~?」

「そうね、会いたいわね」

「え、萌がデレた?!」

「あいつ、いくらLINEしても既読付かないのよ! 電話したら電源が入っていないし! どこにいるのさ。自主研修の日程が終わっちゃうじゃない!」

「デレてなかった」


 そう、響平の班の行動計画の中に三十三間堂が入っていたのだ。しかも終盤の方に。

 直ぐに合流すると言っていたはずなのに、ランチタイムを過ぎても全く一向に連絡が来ないし、挙句の果てには電話が繋がらなくなった。

 どうしてくれる。班長である萌は先ほど、担任への定期連絡で「班員全員います」と偽りの報告をしてしまったではないか。

 団体客を引き連れたガイドさんの説明を横で小耳に挟みながら、響平に似ている観音像があるかもしれないと探してみたが、やっぱりやめた。今の萌では、怒りのあまりその顔面に向かって繋がらないスマートフォンをぶん投げてしまいそうだった。


「響平の電話さ電源が入っていないの珍しいね。通じるけど出ないのはよくあるけど」

「そう? あれでも、病院とか映画館ではちゃんと電源切るタイプよ。切ったまま忘れるのもしょっちゅうだけど」

「ふーん」


 同じ班の彼女と響平は中学生からの友人で、萌よりは付き合いが短い。流石、響平のことをよく知っている。と、口には出さないが素直に感心していた。


「はんちょ~そろそろ行こう。買い物する時間が少なくなっちゃう!」

「ここ、中の写真撮影禁止だから、レポート用の写真も撮れないしさ」

「もう3時か。響平も合流する気配ないし……次、行こう」


 教師に提出する手前、真面目に自主研修ルートの計画を立てたが、実際は時間をやりくりして自由時間を設けているのがほとんどだ。都会に憧れる地方の高校生は、TVで取り上げられた有名な遊べる場所に行ってみたいのが、世の常である。

 萌もそこまでガチガチに真面目な班長をやっている訳ではない。教師にバレてお説教を食らうのは怖いが、友人と一緒にブランドが入っている百貨店でショッピングはしたい。SNS映えする可愛い和スイーツのカフェや、いつもは盛岡市まで行かなければならないコーヒーチェーン店に入りたい。

 自主研修の内容をまとめるレポートや壁新聞など、真面目に取り組んでいる者は皆無である。拝観チケットの半券を方眼紙に貼り付け、パンフレットの中身を写せば何とかなる!

 響平を除いた班員たちは、カフェやゲームセンターを経由して次の研修場所へと向かった。

 彼らとすれ違う人々の中に、『桔梗色の首巻き』を巻いた響平がいたことに気付かずに。


「どないしました、響平君」

「ここ、自主研修の計画に入っていたんスけど……みんないないな。帰ったかな」


 かっ飛ばしたバイクで駐車場へ滑り込み、拝観料を叩き付けるように渡して三十三間堂へと駆け込んだ。拝観のための行列で時間をロスしてしまったが、特に何かが起きている様子はなく、響平の班は見事にすれ違いを起こして合流することはなかった。

 7匹の犬士たちはカメリアを探して周囲に散ってもらったが、連絡はない。

 本当にこの場所で正解なのか、ちょっと自信がなくなってきた。京都の旅を満喫する様々な人種の人々を見回すが、カメリアの姿は見えなかった。


Hey Boy!そこの君! You’re wearing 素敵なa nice muffler with theキラキラ星の star twinkling.マフラーね


 観光客の1人――陽気なブロンドの婦人に呼び止められた。当然、面識はない。

 微かに西に傾き始めた太陽の光が差し込んで、響平の首の天の川はキラキラと星が瞬くのが見える。


「Thank you」

「Good Day!」


 自分が“イイ”と思った物を誉められれば素直に嬉しい。

 ニコニコしながら婦人へ手を振りながら感謝の言葉を返すと、彼女もニッコリと微笑みながら連れの男性と京都観光へ繰り出していった。

 何の変哲もないはずの日常の一幕の、優しく素敵な場面……だが、それは非日常の上に成り立っている場面だ。

 天の川の色をしたマフラーは、銀河の物語から飛び出して来たものなのだから。

 響平が婦人たちを見送ったのも束の間、あの音が聞こえて来た。雀の鳴き声なのかチェーンソーが回転する音なのか判別つかない甲高い音が、耳から脳天へと伝わってきたのだ。響平も楠木も振り向けば、三十三間堂前の本堂からあの雀が大量に湧き出てきていた。


「ビンゴ!」

「奴さんもうしかけてきよったか。しかし、あの雀の数……!」

「雀で前が見えねぇ」


 一匹一匹は(凶暴だけども)一見すると可愛い小さな雀。だが、湧き出てきた雀の数は今で最大だ。箱の中に詰め込まれていた数の比ではない数の雀が、舌なめずりをしながら宙を舞う。

 数の暴力と化した雀が集まると真っ黒な化け物が出現する。空をすっぽり覆い尽くしてしまう真っ黒な化け物が、京都観光を楽しんでいた人々を飲み込み、一寸先は雀状態になってしまったのだ。


「この雀ら、攻撃というよりは目晦ましです!」

「なら、カメリアは本堂にいる。楠木さん、突破します!」


『桔梗色の首巻き』が響平の意志で動き、雀たちを薙ぎ払う。

 雀の隙間から微かに見えた道を走り、人々の合間を抜けて本堂に飛び込むと楠木が扉を閉めた。中には誰もいない……否、観光客や職員もいなくなったそこには、1人だけポツンと佇んでいた。


「えーと、直接顔さ合わせるのは初めまして。動画、見ました」

「どうもありがとう。で、感想はどうですか?」

「よく分かんね」

「ハイ、どうもありがとう。率直な意見として次の作品に反映させてもらいますよ」

「こちらの言いたいことは当然、分かってはりますでしょうな……シド・カメリア!」


 動画で見た、目の下の隈と痩身が印象的な背の高い男。『舌切り雀』の【読み手】にして、京都を舞台にした2時間推理ドラマで出てくるような何かをやり始めたこの男が、ビックリ箱アートの作り手であるシド・カメリアだった。


「そっちの僧侶は、犬の彼女のパートナーですよね。で、こっちの少年は誰ですかぁ?」

「通りすがりの犬好きな修学旅行生兼【読み手】です」

「えー……2人を相手にする予定はなかったんですけど」

「では、白旗を振って降参をおすすめします。今なら、顔面に熱いぶぶ漬けを叩き付けるだけで勘弁して差し上げましょ」

「それは嫌です。こう見えてボク、結構頑固でしてねぇ……一度やると決めたら何としてでも実行する、を心情としてします」


 身体の割には大きく、それでいて薄いカメリアの手には『舌切り雀』の白い【本】。今の今まで物語の幕が閉じていないその【本】の光が一層強くなると、彼の背後には巨大な箱がせり上がってくる。昭和デザインの炊飯器だかポットだかを連想させる、椿の絵が描かれていた。

 相手に大小どちらかの葛籠を選ばせるように、どちらかの箱の蓋を開ける『二つのつづらSparrow or Alive in the Box』は、ゲーム用。

 真正面に【読み手】がいて、否応なく【戦い】を行わなければならない場面では、積極的に殺気を解放して行くぐらいの闘争心はあるようだ。


「……『お婆さんは家に着くまで待ちきれずにつづらを開けると、中からは化け物や虫、蛇が大量に出てきたのです』。創造能力・大のつづらには化け物がI, said the Sparrow


 大きな箱の側面を突き破ってバネ仕掛けの腕が生えてきた、右手にはやっぱり巨大なチェーンソーを持っている。箱の蓋が開けば、中から出てきたカメリア肝入りの“首”はピエロだった。雀の顔の模様に似たメイクをしているピエロが、真っ平で均等な形の歯を見せながら巨大チェーンソーを振り回してきたのである。


「雀関係ねぇ」

「国宝のある場所で暴れるとは、些か粗相がすぎますなぁ! 展開能力・鞍馬山の幕―天狗修行!」


 いくらになって元に戻っても、外にはまだたくさんの一般の観光客がいるのに、この狭い本堂でチェーンソーを振り回されてはたまったもんじゃない。

『牛若丸』の物語の序盤の頁が開かれる。母と引き離された牛若丸は鞍馬山に送られ、そこで彼は異形と出会う。本当にいたかどうかは分からないが、英雄の師匠は人ならざるモノが定番だ。ならば、そういうことにしておこうではないか。

 牛若丸――後の源義経の師匠は、鞍馬山に住む天狗であると。

 高い木々に囲まれた山中の場面が展開され、一面は現実から切り離されて平安後期の鞍馬山となる。うっそうと生い茂る大木をも切断してしまうほどの風圧のかまいたちが、箱のピエロへ攻撃をすれば、チェーンソーを持った右手が切断させた。


「さあ、折檻のお時間どす」

「あの女性もそのパートナーも、怖いですねぇ」


 旋風と共に楠木の前に現れたのは、ヤツデの葉の扇を持ち、一枚歯の高下駄を履き大振りの太刀を下げた天狗だ。牛若丸の師匠である、鞍馬山の大天狗である。

 大多数のイメージ通り、手にした扇で風を巻き起こす能力だ。勿論、色々な目の多い観光地仕様で、場面として切り取る目晦ましにも使える。

 厳つい顔の天狗と、平静を装ってはいるが今にも天狗と同じ表情になりそうな楠木だったが、カメリアは堪えていない。化け物入りの箱は一つだけではない。

 右手を切断されたピエロは直ぐに腕を付け直したし、もう二つの大きな箱が創造された。中からは同じく雀メイクのピエロが出てきたが、手にはそれぞれ巨大な鋏と鉈を持っている。変なところでバリエーションを出さないで欲しい。

 天狗が扇を振るうと、目を開けていられないほどの突風が巻き起こる。響平が【本】を手にしてナニかを想像する暇もなく、楠木による攻撃が始まった。


「早百合さんはどこにいる!? この京都で何がしたいんや!!」

「彼女なら駐車場にいます。何が、したいのか……貴方を倒さないと、できない事ですよ!」

「何」

「あそこに、ズラーっと並んだたくさんの人形。全部で1,000でしたっけ。あの数の人形が、規則正しく均等に並んでいる光景を始めて目にした時、思いました……上から順番に、大きな刃物でスパっと首を落としたら、どんなに気持ちがいいかと」

「っ!!」


 上から順番に、大きな刃物……できれば、ギロチンとか長いチェーンソーとか、そんなものでスパっといきたい。

 それは、切れ味のいい包丁で太い大根がスパっと切れる気持ち良さにも似ている。あまりにも気持ち良く切れるから、ついつい必要ない野菜を切ってしまって冷蔵庫のストックを増やしてしまう。

 カメリアがやりたかったことを聞いた楠木は絶句した。小さな子供が、人形の首を引き千切って規則正しく並べるような無垢な残酷さを感じた。


「本当に実行してしまったら、ボクは犯罪者ですけど。この【本】があるから、やってもになります。【本】を閉じれば証拠も首も、切り放された身体も何も見付かりません。だったら、やるしかないじゃないですかぁ! 好奇心を爆発させて!」


 現象のリセット。この一年間の【戦い】における、虚像フィクションから現実リアルに戻る際に起きるそれがあるから、やれないことをやってみたい。

 それがシド・カメリアの主張だった。

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楠木圓浄(26)

京都にある『来命寺』の坊主。剃髪しても美形な美坊主だが、袈裟姿で大型バイクを乗り回したり京都を舞台にしたミステリードラマを全シーズン視聴していたりする。

『伏見天流神社』の巫女である犬伏早百合とは、相方であり戦友であり、友達以上恋人未満。30歳過ぎてもお互い独身だったら結婚しようか、的な仲。犬派。

『牛若丸』は代々寺に保管されていた物。



展開能力・五条大橋の幕―弁慶の刀狩り

『牛若丸』の一場面。刀狩りをする弁慶が立ち塞がる五条大橋の場面を現実に展開させる。

橋には999本の刀(武器)を手にした武蔵坊弁慶の幻影が立ち、敵を徹底的に攻撃する。周囲から空間を切り離す目晦ましの効果もあり、この空間を脱出するには弁慶を倒さなければならない。


展開能力・鞍馬山の幕―天狗修行

『牛若丸』の一場面。鞍馬寺に預けられた牛若丸(遮那王)が天狗と出会った修行の場面を現実に展開させる。

風を操る天狗が立ち塞がり、森の中を縦横無尽に駆け回り攻撃する。こちらも目晦ましの効果あり。


目晦まし・隠匿の効果って便利ですよね。

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