25-②




「ラーレ、どうしたの?」

「ん~……楽しそうだなって、あの乗り物。乗ってみたいな」

「もう、今日は遊びに来たんじゃないのよ。ご主人様サイードのための【戦い】なのよ」

「『竹取物語』の【読み手】であるヨミヒト・クロモジは、このホラーハウスの中にいる。彼の他に、何人か【読み手】がいるようだけど……まあ、ボクたち3人には関係ないよね。リラ、お願い」

「はーい……創造能力・閉じろゴマサケル・ヤー・シムシムと、40人の盗賊」


 リラと呼ばれた彼女。ふわりと揺れる豊かな黒髪の少女が手にしたのは、【読み手】の証明である光を纏った白い【本】。タイトルは『アリババと40人の盗賊』。

「開けゴマ」の掛け声でお馴染みの呪文と真逆の言葉を唱えれば、遊園地全体が半透明なバリアで覆われて入り口の門に強固な錠前が出現する。これでもう、リラが「開けゴマイフタフ・ヤー・シムシム」と唱えなければ、遊園地から出る事もできない。完全に、外界からシャットダウンされたのだ。邪魔者は入れない。

 退路と乱入を塞いだ後に創造されたのは、総勢40人の盗賊たち。主人公であるアリババが目撃し、彼に宝をネコババされて怒り狂った盗賊たちが出現する。

 が、40人の内39人は全身の皮膚が焼け爛れ、剥がれ、歩く度に「べちゃり」という血を踏む音がする。中には目玉が頭から垂れ下がっている者や、皮膚が付いたままの髪の毛を振り回して周囲に迷惑がられている者もいる。

 どう見てもゾンビである。特殊メイクいらずの、ホラーハウスに生息する火事の犠牲者ゾンビだ。


「だから、何で40人の盗賊がゾンビなの?」

「物語の中で、盗賊の部下たちはモルジアナの機転によって熱した油で焼き殺されたのよ。全身火傷だらけじゃないと不自然だもの」

「ちゃんと頭だけは火傷してない。でも胸にナイフが刺さっている、刺殺体だ。リラってゾンビゲームが好きだもんね。こういう発想になるのは仕方ないよ」

「趣味悪! もう、早く始めよう。ボクも、始める」

「うん。やろっか、我らがご主人様サイードのために……クミン、リラ」


 リラの指示で、40人の盗賊ゾンビが閉ざされた遊園地に放たれる。

 無邪気にアトラクションを見回す少年がラーレ、ゾンビにドン引きしたトランクを手にする少年がクミン。2人も、彼女と同じく白い【本】を手にしている。

 我らが主人サイード……不老不死を求め、『竹取物語』を求め、金という名の圧倒的暴力で読人たちは知らず知らずの内に追い込まれたのだ。

 彼らは、石油王(暫定)によって集められた【読み手】の精鋭たち。不老不死という幻想を叶えるための、魔法使いの集団だった。

 そんな彼らによって意図的に孤立させられ、閉じ込められた読人たちはと言うと。


「……ゾンビ、全然出て来ないね」


 薄暗い照明に人工的に作られた火事の臭い。建物内の迷路のような通路を形成している病院のベッドのシーツには人型の黒い焦げあり、荒れ果てた廃病院の雰囲気を造り出している。

 通常ならば、この通路を歩く中で呻き声や謎の水音のBGM、火事が起きた当時のプロジェクトマッピング等が流れて恐怖を煽るのだが、担当するスタッフが強制的に退去させられたため何も起こらない。勿論、スタンバイしていたはずのゾンビの皆様の気配すらない。

 順路を示す足元の明かりを頼りに進む男子3人も、一足先を進んでいる女子3人も外で起きた事など知らない。何故、お化け屋敷でお化けが登場しないこの奇妙な状態を知る由もないのである。


「ジャパニーズホラーってこんな感じなのか?」

「そんな訳ないよ。静かすぎて逆に不気味だけど」

「油断したところで急にワって出て来そうで、別の意味で怖いよな……ん、ガシ?」


 心臓に悪い登場をして不意打ちを食らわされるのではないかと、内心ビクビクしながら周囲を警戒しながら響平を先頭に角を曲がる。その時だった、響平の足首が「ガシっ」と音を立てて掴まれたのは。

 響平の足元に見えたモノ……あまりにもリアルな、全身火傷のゾンビだった。

 生焼けの顔の皮膚がケロイド状に垂れ下がっている。べろん、とお面を剥がしたように顎の下で皮がぶらぶら揺れているその姿を、熱した油と垂れ落ちる脂が混ざった嫌な臭いと共に、足元の光に照らされたゾンビをしっかり目撃してしまったのだ。


「わ゙ーー!」

「わ゙ーー!?」

「わ゙ーー!!」

「わ゙ーーー!!!」


 一回目の「わ゙ーー!」で、ゾンビの登場に3人まとめて驚いた。

 二回目の「わ゙ーー!?」は、ゾンビが響平のボトムに縋り付いて登って来たので、恐怖のあまり絶叫した。

 三回目の「わ゙ーー!!」では、響平の身体を登って来るゾンビの顔面ど真ん中にハインリヒのパンチが上から落ちて来た。反射的な行動だった。

 そして、四回目の「わ゙ーーー!!!」でなりふり構わず逃げ出した。


「出た! 出た! 出たーー!!」

「やっべ殴っちまった! 手に変な液体が……!」

「キショ!」

「ゾンビは触れて来ないって言っていたのに! ……ん? 触れて来ないはずなのに、何で響平の足首を掴んだの?!」


 驚きと恐怖が頂点に達したが、ストンと落ちて冷静になった。スタッフは確かに、「ゾンビが探索者である皆様に襲い掛かってきますが、実際にお身体に触れることはありませんのでご安心ください」と言ったのだ。

 なのに、件のゾンビは触った。そして、現在進行形で追いかけられている。


『見ィ付けた~~~!』

『いたぞコラーー!』

『生きて出られると思うなよガキどもーー!』

『身体細切れにさせろや――!』

「ひぃぃーー! 増えた!」

「武器持ってるぞあいつら!」

「非常口! あった!」


 最初の、面の皮ぶらぶらのゾンビに合流して、仲間と思われる火傷ゾンビが次々と出現する。しかも片手には、シャムシールと思わしき半月状の剣を持っている。切れ味は悪そうだが、薄暗い中で光る脂の照りはどう見ても作り物に見えない。

 ゾンビたちが各々の部位の皮をぶらぶらさせながら、武器を片手に追いかけて来る。焦げる肉と粘着質な音を立てる血という、生理的な恐怖を煽る姿でなんてアグレッシブな走りだ。見た目がゾンビならば、動きもゾンビらしくしてくれ。

 いざという時の非常口、ホラーハウスで最も明るく光る蛍光カラーを響平が指さした。

 読人は、ボディバッグの奥で食後のお昼寝をしていた火衣を鷲掴む。丸くなった炎のハリネズミが燃える魔球の如く非常口の扉へと投げられると、寝ぼけ眼の火衣がボン!と軽自動車サイズへと膨張して非常口をこじ開けたのだ。


『ふわぁ~あ~あぁ……何だ? 昼飯か?』

「ホットスナックいっぱい食べてたでしょ!」

「ってかさ、今更だけどこのゾンビって……」

「【読み手】がいるだろ! この遊園地!」


 軽自動車サイズで大きく欠伸をする火衣は状況を理解していないが、読人たちはそろそろ理解できた。このゾンビたちは、リアルな特殊メイクで変装した遊園地のスタッフではない。何かの物語によって創造された、【読み手】の想像力の産物だ。

 真っ先に【本】を手にしたのはハインリヒだった。非常口から脱出しても追いかけてきたゾンビは4体、相手をすべく4体のスズの兵隊を創造しようとしたが、その瞬間に銃声と共にシャムシールを大きく振り上げたゾンビの脳天が撃たれたのだ。

「何か当たったか?」という反応で撃たれた脳天をポリポリと掻いて一瞬動きを止めると、横から伸びて来たトンファー――もとい、ピノッキオの鼻に串刺しにされて壁に衝突した。


「随分と退屈なホラーハウスだこと。ですがハインリヒ、貴方がたは随分と楽しそうですわね」

「わんさか湧いて出てくるはずのゾンビが1体も出てこないと思ったけど、本物はお呼びじゃあないんだよね」

「ビルネ?」

「桐乃さん」


 ゾンビを撃ったのは、遊園地にまでデリンジャーを隠し持って来たビルネ。よく持ち込めたな。既に異常事態を察知していた桐乃も、【本】を開いて『嘘吐きの鼻』を片手に武装していた。


「読人君、大丈夫?」

「う、うん……っ、夏月さん、後ろ!」


 メザシみたいに串刺しにされた以外にもゾンビはもう3体いた。その内の1体、顔の半分がカーテンのように焼け爛れたゾンビが、夏月の背後に迫っていた。

 が、読人の反応よりも先に燕が飛んだ。

 ゾンビの身体を貫いた燕が夏月専用の薙刀へと変化して、彼女が柄を手にすればあっという間に串刺しの出来上がりだ。『燕が産んだ子安貝』によって貫かれたゾンビは薙ぎ払われ、その光景を目にしたもう2体が悲鳴を上げて逃げ出した。


「大丈夫だった?」

「あ……ハイ」


 この時、男3人の脳裏に浮かんだ言葉は全員一致していた。

「凄ェ頼もしい」と。


「ってか、何で本物のゾンビが出てくるんだよ!? 何の【本】だ」

「某ゾンビゲームのコミック版?」

『ンな訳あるか』

「【読み手】がいる。【戦い】が始まっている!」


 ゾンビは敵によって創造されたモノたちだ。

 乱れた前髪をヘアピンで止め直すまでには平常さを取り戻した読人は、『竹取物語』を手にホラーハウスの非常口から脱出する。

 人気のなくなった遊園地……舞台は塗り替えられていた。『竹取物語』を勝ち取るための、敵のための舞台へ。

 人間に捜査されずに動く無人のアトラクション、周囲に立ち込めるパステルカラーの煙。その中で、死んでいるはずなのに活き活きと動き回って荒々しく下品な笑い声を上げる全身火傷ゾンビたち。


『頭~! 2人やられました!』

『さっさと連れてこい! 減給だあいつら!』

『死因は何だ? 毒殺か、それとも轢殺か』

『ギャハハハ! オレたちもう死んでるじゃねぇか!』

『そうだった!』

「みんな~出てきたよ~」

『ヘイ! お嬢!』

「リラ、やっぱりこいつら下品で嫌だ。いくら盗賊でも極端すぎるだろ」

「え~上品な盗賊も不気味で嫌よ。あれ、ラーレは?」

「あっちに行ったよ」


 火傷ゾンビたちが頭を下げる少女と、そのゾンビたちを避けるようにして身を縮ませる少年。バイオハザードな遊園地の光景に似つかわしくない、上品な身形の2人だ。リラとクミンと、もう1人。

 クミンが指差した先に、読人たちも吊られてそちらを向けばバイキングが稼働していた。海賊船が降り子のように動くアトラクション、午前中に乗った。何十人も収容できる海賊船の先端、塗装が剥げかけた人魚像の真後ろに1人の少年が乗っている。

 最大傾斜角度は60度。最高到達地点約15m……船の末端のそこに到達すると、少年は人魚像の上に立ち上がる。振り子のパワーが最高潮に達した危険な状態で、安全ベルトも装着せずに非常に危険な乗り方をしている少年は、足に力を込めて大きく飛び上がる。すると、バイキングの重力を味方に付けこちらに向かって真っ直ぐに、弓によって発射された矢の如く飛んで来たのだ。

 その足先は、読人に向かっている。


『読人!』

「火衣!」

「初めまして。ヨミヒト・クロモジ」


 まだ高く、南から吹いて来る初夏の風のような爽やかさを持つ声で、彼は挨拶をした。礼儀正しいのは、声だけだった。

 読人の前に出てきた火衣は、最大サイズである軽自動車の大きさへと変化する。その火衣の、タピオカミルクティーやらチーズハットクが入ったお腹のど真ん中へ人間のものとは思えない蹴りが真っすぐに突き刺さったのだ。

 その姿は、人間とは思えなかった。まるで得物を狙って急降下してきた猛禽類……誰もが反応できないスピードで火衣を蹴り抜き、煉瓦を敷き詰めた地面に彼を中心としたヒビのクレーターを作り出した少年は、軽い足音を立てて読人たちの前に立ち塞がったのだ。


「オレはラーレ。【本】は『船乗りシンドバードの冒険』。これはオレのお気に入りの能力。このブーツ、ロック鳥の皮と羽根と爪でできているんだ。凄い装備でしょ」


「ね!」と、子供が買ってもらったばかりの新品のスニーカーを見せびらかすようなラーレの両足からは、白い煙が立っている。

『船乗りシンドバードの冒険』。日本では、“シンドバッド”の名前の方が馴染深いだろう。

 冒険の旅へ出たシンドバッドが、七つの航海を切り抜けて巨万の富を持ち帰る冒険譚だ。読人も何度も読んだ。特に、谷底で落ちたシンドバッドが宝石を取るために落とされた肉の塊にしがみ付いて脱出した場面は、素直に感心した記憶がある。ロック鳥はその場面に登場した巨大な鳥だ。雛の餌として3頭の象を持ち帰ってしまうほどの怪力を持つ、伝説の白い巨鳥。

 その鳥を素材に、皮と羽根でブーツを、爪でヒールを作ったブーツはバトルアクションゲームの装備として登場しそうな武装となる。

 武装能力『ロック鳥の長靴Roc the Boots』――ついさっきまで、遊園地のアトラクションを楽しんでいた無邪気な少年は、獲物を仕留めるために怪鳥が宿るブーツで煉瓦を踏み抜いた。


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