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閑話⑤




 触れるか、触れぬべきか。それが問題だ。

 万が一触れてしまったら、それは仕掛けた者の思うツボでありある意味の敗北を意味している。しかし、正直言うと凄く気になる……日曜日の朝に放送されている、戦隊ヒーロー番組が。

 アーベンシュタイン家が持つマンション。ハインリヒに宛がわれている彼自室で、スマートフォンを片手に何十分も考え込んでいた。

 ここ数日、ハインリヒのスマートフォンはメッセージの受信で鳴りっぱなしだった。鳴らしているのは、日本語学校の同級生であるベロニカだ。彼女が送って来たのは戦隊ヒーロー番組の公式URLである。


「ハーイ! 今年の戦隊の1、2話が、英語字幕がついて公式配信しているのよ! 絶対に観てね! きっと貴方、好きになるはずよ!!」


 と、興奮気味のスタンプが乱舞したメッセージと睨めっこしながら、配信動画へのリンクをタップするか否か悩んで数日……Wi-Fiはある、ギガは心配ない。でも、なんだかベロニカの思い通りに誘導されていて癪だ。

 今年の2月から放送されている戦隊ヒーロー『守護竜戦隊ファイブナイツ』。

 5人の戦隊メンバーたちは全員、ドラゴンの能力を得た騎士という設定だ。彼らが仕える主君が、日曜朝には絶対に出演できないだろう、1年もスケジュール抑えられないだろう!というほどの有名女優だったため、制作発表当時は随分と話題になった。

 そしてもう一つ話題となったのは、『ファイブナイツ』の次に放送されているアニメ番組。これまた長寿シリーズである、魔法使いの女の子たちを主人公とする『マジョハート』シリーズも、『マジョハート~プリンセス・ナイト』と騎士をモチーフとしたものだったため、今年のニチアサは騎士アサとも呼ばれている。

 話が思いっ切りズレた。

 つまり、ハインリヒが微かに悩んでいる様子を見せたのは、『ファイブナイツ』を観るか否かで悩んでいたのである。


「いや、でも。ベロニカの策略に嵌るのは」


 カチューシャを着けて前髪をパッツンにセットした、これまたどこかで見たような髪形で意気揚々と話しかけて来た彼女の顔がチラ付く。入学してから1か月足らずで、同級生の何名かは彼女の毒牙によって見事にサブカル堕ちしているのだ。自分も同じ穴の貉にはなりたくはない。

 が、日本の戦隊ヒーローは昔から好きだった。幼い頃、ドイツ本国で吹き替え字幕放送をしていたのを夢中で貼り付いていた。


「……まあ、オレが好きなヒーローと同じく、ファイブナイツも好きになるかは分からねぇからな。観るだけ観てやるか、嵌るって決まった訳じゃねぇし」


 妙な理屈で自分を納得させて、URLをタップする。動画配信サイト『Hey! Tube』の公式ページへと飛んだ。

『守護竜戦隊ファイブナイツ』第1話(英語字幕付き)がスタートした。




***




「……ヤベぇ」


 1時間後、気付いたら2話も観終わっていた。


「マジかよ……え、全部ベロニカの策略か? 彼女の、手の上で、握られていた?」

「ハインリヒ」

「っ!?」

「ノックをしましたが、返事がありませんでした。どうしましたか?」

「ビ、ビルネ……?」


 ハインリヒが悶絶している間に、返事がなかったのを不審に思ったビルネが部屋に入っていた。


「何か、ありましたか?」

「ええと、あの……その」

「私に言えない事ですか? ましてや、おばあさまに言えない事でも……?」

「いや、違う! ただ、日本のテレビ番組が面白かっただけだって!」

「……テレビ?」

「テレビ」


 イーリスにそっくりな顔で凄まれたら後退りしてしまう。ここで変な動きを見せたら、自分が日本の生活の楽しさに堕落しているかのように報告されてしまう、それだけは勘弁だ。まだ死にたくはない。

 実際は殺されないだろうが。経済的やら、様々な意味で死にたくはない。まだ、母国の母は満足に就労に慣れていない。


「テレビ……どんな、番組なのですか?」

「は?」

「面白かったのですか?」

「まあ」

「ならば、日本語の勉強をしましょう。貴方が面白かったその番組の感想を、日本語で私に言ってみなさいな」


 ベッドに座り込むハインリヒの前に椅子を置いたビルネは、彼と向かい合って『ファイブナイツ』の感想を促した。言いたい事を、日本語で話しなさい。好きなもの・面白いと感じたものを題材にしたディスカッションは、異国語を勉強する上で効率の良い方法だ。

 そうか、これは日本語の勉強だ。この、喉の奥に引っ掛かって飲み込めない、だけど上手く吐き出す事のできない燻りを言葉にすれば……この悶々とした気持ちを、吹っ飛ばせるかもしれない。


「『守護竜戦隊ファイブナイツ』、日曜日の朝に放送している日本の戦隊ヒーロー番組だ」

「よくCMや、タイアップのお菓子が売られていますね」

「ファイブナイツスナックとかな。それな、騎士とかドラゴンとかをモチーフにして、カラーも王道な赤青黄緑ピンクの五色。スタンダードなストーリーの展開になると思ったら、全然違った! まず、変身アイテムがブレスじゃねえ。オレが見ていた昔の番組は、殆どがブレスで変身していた。あと時々携帯電話! だけどファイブナイツは違う、何て言うんだ……そうだ、ガントレット! ガントレットにカードを差し込んで、鎧を着るように変身するんだ! 変身の掛け声も「チェンジ」とかじゃなくて「ガイソウ」って。日本語で、鎧の装備って意味で、本当の騎士みたいに変身するんだよ!」

「彼らはヒーローであり、騎士なのですね」

「騎士と言っても、由緒正しき家の出身でもないんだ。特にレッド、ファイヤードラゴンに選ばれて最初は嫌々変身して戦ったら、2話で実家のガラス工房の借金が全部返されていて……その恩を返すために、主君のための騎士になるって。凄く、オレと人生?が重なった」

「確かに、貴方と似ていますね。そこは人生ではなく、「境遇」という言葉が適切です」

「キョウグウ、キョウグウ……よし、覚えた。でな! ロボットバトル! ドラゴンとかの生物が合体するロボットは今まで、パイロットのコックピットは不思議な空間で戦ったりしているのに、今回かドラゴンたちに機械が装着される」

「機械が、装着?」

主君ロードの存在は世界規模のトップシークレットなんだ。地球の意志であり、地球の全部の生命を司る神様みたいな存在だからな……その主君ロードがいる番組の中の日本には、国連から特別な金が出ている。その金で軍事を強化して、五体のドラゴンたちをロボット合体できるための装備を発明した。日本のテクノロジー、ヤバい。だから、騎士だけどコッピットがあるロボットなんだよ……! ファンタジーとメカニカルが合体しているんだよ……! そこに発想を持って行く日本のスタップもヤバい」

「それでハインリヒ、貴方はこれからどうしますか?」

「字幕がなくても、追って毎週ファイブナイツを観ようと思います」

「ハイ、視聴はとても良い勉強方法です」

「先生に言うなよ。子供っぽいって思われたくないからな」

「別に、子供っぽいなどと思ってはおりません」

「本当か?」

「本当です」


 一通り、一気に語り終わって、ハインリヒは満足した。何だか胸の内がスっとした。

 ベロニカの策略に嵌ったとか、もうどうでもいい。これは、日本語の勉強だ。自分以上に、日本のアニメ、漫画などのカルチャーの沼に嵌って自ら嬉々として深淵へと向かおうとする同級生はわんさかいる。

 取り合えず、次の日曜日は早起きしよう。

 ハインリヒの日本生活が充実した。同時に、彼とビルネの距離が少し縮まった。


『拝啓、大奥様。ビルネお嬢様とハインリヒは、少しづつ分かり合えているようです』


 その様子を察した執事のガーベラによって、ドイツのイーリスにもしかとそう、伝えられていた。






To Be Continued……

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