13-②




***




 ハインリヒ・エッシェと言う青年の人生は、平坦からの急転直下。からの迷走、であると自負し始めたのは最近の事だ。

 この急転直下が発生せずに人生を送っていたら、【本】にも【戦い】にもアーベンシュタイン家にも関わらずに一生を終えていただろう。しかし、物語の筋書きと言う名の運命の糸は彼を放っておいてはくれなかったのだ。

 事の発端は、1年前に起きた父親の急死だった。

 突発的な事故による世帯主の喪失は、エッシェ家の生活――残されたハインリヒと母に困窮をもたらした。ハインリヒは大学に進学せず、教育機関を卒業した後は自動車の部品工場で働いていていたため、直ぐに稼ぎに困ると言う事はなく細々と母子2人の生活を続けていたがその母から目を離したのが失敗だった。

 そう言えば母は元々お嬢様育ちだったなと、事件が起きたその瞬間に思い出す。もっと早く思い出しておけば良かった……40歳も後半になった母が、あまりにも世間知らずの箱入り娘であった事に、息子が自覚しておけば良かったのである。

 彼女は上手い投資話と言う名の詐欺に騙され、多額の借金を負ってしまったのだ。息子が借金に気付いた時には既に遅く、最初に負った借金をどうにかこうにかしようと母なりに模索した結果、昨年の秋の段階では当初の何倍にも借金が膨れ上がっていたのである。

 話を聞くに、上手い投資話と言うのは普通に聞けばありえない馬鹿馬鹿しいものであったが、世間知らずの元お嬢様は簡単に信じ込んでしまったのだ。詐欺師たちにとって母は良い鴨だっただろう、向こうが呆気に取られるぐらい簡単に金を落としてくれたのだから。

 さて、そこからがどうしようも行かなくなった。ハインリヒはドイツの基準では成人しているとは言え、まだ10代の若者だ。社会に出てからそう年数も重ねていないガキが1人で何とかしようとしても、直ぐに頓挫してしまうのは目に見えている。

 いくら我武者羅に頑張っても1人でできる事は限られていたし、相談できる誰かもいなかった……だから、道を外しかけてしまった。

 昨年の冬、かつての学校の先輩たちの誘いに乗ってしまったのだ。その先輩と言うのが所謂不良であり、通っていたスクールも早々と退学になった悪童の部類に入る者たちだ。向こうは体格の良いハインリヒを気に入ったのか在学中に何度も仲間に誘い入れようとしていたが、ハインリヒ自身は彼らとはあまり関わりたくなかったので極力避けていた。その内に彼らは退学となり、もう二度と会う事はないと思っていたのだが昨年のクリスマス・マーケットで再会してしまったのである。

 しかも、一体どこの風の噂を耳にしたのか、ハインリヒが金に困っている事をしっかりと把握していた。それを前提で誘いをかけてきたのだろう、金持ちの家に盗みに入ると言う窃盗犯罪の誘いを。

 追い詰められていたと言えばまだ聞こえは良い。しかし実際は、楽な逃げ道があったのでそちらを選んだまでの事……ハインリヒは、その窃盗に加担してしまったのだ。

 決行は大晦日の夜。新年の喜びに浮かれているその隙に、ベルリンでも指折りの富豪の家に忍び込んで金品を盗み出す犯罪計画だった。仲間の1人にターゲットとなる屋敷の警備会社で働いていたと言う者がいた。その者が警備システムの解除方法を知っているから、その隙間を縫って侵入・窃盗・逃走までを行うと言う行き当たりばったりの計画だ。

 そして、彼らが忍び込む予定の屋敷と言うのが、ドイツの有名な不動産会社の経営者一族の屋敷だった。最近では、新たに立ち上げた警備会社も成功を収めてがっぽりと儲けていると言う話なので、成果は期待できると先輩の悪童たちは嬉しそうに笑っていたのを覚えている。

 そして、昨年の12月31日の午後11時の終わりの時刻に犯行は開始された。だが、邪な企みと言うのはそう簡単に行かないのが世の常である。悪行を成功させたいのなら、それなりの権力と運と根回しその他を徹底しておかなければならない。

 警備システムの解除は一瞬だけ成功し、窃盗犯たちが屋敷に――アーベンシュタイン家の書庫に忍び込んでからしっかりと起動して、不届き者たちの存在を知らせたのである。警備システムの解除が失敗した事に慌てた先輩の悪童たちは、金品も貴重品も何も盗らずに逃げた……ハインリヒを生贄として。

 トカゲの尻尾のように切り捨てられたハインリヒは、雪崩れ込んで来る警備員と使用人たちによって本棚へ叩き付けられる形で拘束され、それと同時に新年を祝う花火が上がった。実に最悪なGlückliches Neues Jahrである。これっぽっちもめでたくない。

 だが、状況が変化したのは新年になった瞬間だった。ハインリヒが取り押さえられていた本棚の向こうから、白い光が漏れていたのを目にした使用人の1人が酷く驚愕した表情で書庫を飛び出して行ったのだ。

 それから直ぐに何人もの人間が再び書庫へと押し寄せ、ハインリヒは自分の運命を悟った……このまま私刑コースから警察に突き出されるのだろうか。実に馬鹿な事をしたと諦めたその時、警備員たちの拘束から解放される。

 そして、目の前に現れたのは威厳と威圧がある老婦人――後に、先生と呼ばされる事となるイーリスが、腰を抜かしたハインリヒを見下ろしていたのだ。

 実はこの書庫の本棚の向こうには隠し金庫が存在している。そこに収められているのは現金や宝石等の金目の物ではない、そこにはアーベンシュタイン家が現在に至るまで集め続けた白い【本】が収められていたのだ。

 その中の一冊に光が灯った。真っ白だった裏表紙には、ハートを中心にして並んだ片脚の兵隊とバレリーナ人形が炎に囲まれた紋章が現れていた……つまり、ハインリヒは『しっかりもののスズの兵隊』の【読み手】に選ばれてしまったのである。


「なんと言う事でしょう。アーベンシュタイン家の人間ではなく、こんな盗人風情が【読み手】になってしまうなんて……!」

「大奥様」


 イーリスへと耳打ちをした使用人が首を小さく横に振ったのは、新年のお祝いのために屋敷に集まっていたアーベンシュタイン家の人間が、誰1人とも保管されている【本】たちに選ばれなかった事を意味していた。

 主君のために不老不死を求めた【読み手】をルーツとする家であるが、此処数世紀にかけて【読み手】が排出されず、最後に【本】に選ばれたのは50年前の【戦い】におけるイーリス1人だけであった。今度の【戦い】でアーベンシュタインの人間に【読み手】が出るかどうかの賭けは惨敗してしまった……ただ1人、イレギュラーな乱入者を除いては。


「貴方、名前は?」

「え……」

「名乗りなさい!」

「っ、ハインリヒ・エッシェ……」

「アルノルト、直ぐ様この者の身辺を調査しなさい」

「承知しました」

「ハインリヒとやら、我らがアーベンシュタイン家に忍び込んだ目的はなんですか? 馬鹿な小童の戯事か、それとも金目的か」

「ギクっ」

「金に困った故の犯行、ですか。どうせ多額の借金を負ってしまったとかの理由でしょう」

「ギクっ!」

「図星のようですわね。良いでしょう……我らの条件を飲んで下さるのなら、貴方の借金を全てアーベンシュタイン家で完済しましょう」


 この婆さんは一体何を言っているんだ?

 この時点でイーリスが言う“条件”がどんなものなのかは解らなかった。もしかしたらとんでもない非常識なものだった可能性もあったが、ドイツの不動産女帝と謳われる女傑のオーラに当てられてしまったハインリヒは、彼女の取引に小さく頷いて応じてしまったのだ。

 その、イーリスの言う“条件”の正体が、アーベンシュタイン家代表の【読み手】として『しっかりもののスズの兵隊』を手に【戦い】に参加し、あわよくば不老不死を手に入れろと言う条件だったのである。

 こうしてハインリヒは借金を全て肩代わりしてもらっただけではなく、ドイツに残された母親の生活や就職の世話までしてもらいその見返りに【戦い】へ参戦する事となったのだ。ある意味、金で雇われたような形となる。ついでに、彼を窃盗に誘った先輩たちとも縁を切っておいたと言われ、本当に消息不明になったためそこはあまり詳しく訊かない事にした。怖いから。

 それからと言うもの、1月1日の正月からアーベンシュタイン家に連れて来られて【本】の使い方をイーリスによってみっちり仕込まれ、想像力を創造力に変えるその能力で『24人のスズの兵隊』を創造し、その能力をベースにした戦略までをも叩き込まれた。そして、今回の主戦場は日本になるので、現地で意志の疎通に困らないようにと日本語や日本のマナーまで詰め込まれる羽目になった。

 ちなみに、そちらの先生は教師をやっていたと言うイーリスの夫だった。妻よりは優しい授業だったので、こちらの勉強の方が好きだった。

 それから2カ月余り、ドイツで『親指姫』の【読み手】との【戦い】に勝利して一つ目の紋章を手に入れたハインリヒは、ようやく及第点を与えられて【読み手】となった。そして、イーリスに連れられて日本へとやって来たのだ。彼女の指示に従い前回の【戦い】の優勝者の孫であり、優勝賞品の【読み手】である読人と接触を図ったのである。


「『24人のスズの兵隊』、第六師団!」

「火衣!」


 一本の匙で24体のスズの兵隊人形。材質が錫であるがために、火を操る火衣相手では圧倒的に不利かと思われたが24人一組が溶けてしまったら次の24人。それが溶けたらもう24人と、匙を一本投げるだけで次々と兵隊が出現し、遂には100人近くの兵隊が投入される。

 一本の匙から24体の兵隊人形を創造できるその創造能力は、単純な物量作戦だ。質より量、読人が火衣1匹だけに対してあちらは一度に24人。いくら相性は読人側に傾いていても、数で押されてしまっては流石に対応し切れない。

 そして、ハインリヒの『24人のスズの兵隊』はシンプルな能力故に応用が利いた。

 地面を走る火衣の炎に包まれて24人×匙六本分の兵隊たちは溶けてしまったが、ドロドロに溶けてしまった錫が一か所に集まって巨大な塊を形成し始める。『しっかりもののスズの兵隊』の物語のラストでは、暖炉で溶けてしまった片脚のスズの兵隊はハートの形になってしまった。それと同じく、溶けてしまった錫はもう一度形成し直せば良いとでも想像したのだろう。

 【本】を手にして想像すれば、現実に創造される。ハインリヒの頭の中で組み立てられた想像と同じく、兵隊たちが一つに集まった錫の塊は付近にあるブランコの倍以上もの身の丈を持つ巨大な兵隊に生まれ変わってしまったのだ。


「デカっ!?」

『日曜日の朝に出てきそうだな』

「これならそう簡単に燃やせねぇだろ!」

「っ、だったら受け止める!」


 よく見たら、巨大な兵隊は切れ味が良さそうな巨大な斧を持っていた。

 ハインリヒの言う通り、これだけ巨大ならばそう簡単に燃やし尽くす事はできないだろう。しかし、読人が創造した能力は火衣だけではない。【本】ページをめくって朗読すれば、1人と1匹をすっぽり覆ってしまう岩のドームが出現して兵隊の攻撃を防ぐ。

 錫の斧とゴツゴツした岩肌が接触し合って火花が散った。それほどまでに重い攻撃が三回、仏の顔も三度まで……岩のドームが割れて仏の姿が現れれば、怒りのカウンター攻撃が待っていたのだ。


「創造能力・仏の御石の鉢!」

「っ、させるか!!」


 三度もの攻撃で怒りが頂点に達した仏の両目に光が宿り、斧を手にした不届き者の兵隊へと反撃のビームが発射される。その威力は、巨大な蜘蛛と【読み手】プラス召喚された猫を彼方へと吹っ飛ばしてお星さまにするほどの熱量だ。

 両腕に命中したビームによって爆発が起き、それに伴う爆風で巨大なスズの兵隊も吹っ飛ばされて同じ運命を辿るかと思いきや、そうはいかなかったのである。両目のビームには両肩を貫通し、そのままぐらついた巨大なスズの兵隊を支えるようにハインリヒが投下した何本もの匙から百人を超える兵隊が出現して群がって来たのだ。

 巨大なスズの兵隊が爆風の盾となって背後の【読み手】を守るだけではなく、盾が倒れそうになったらたくさんの兵隊たちが押し返して踏ん張らせる。しかも、兵隊たちの働きはそれだけではない、何人かが仏のビームカウンターによって焼き空いた穴の中に潜り込むと、そのまま溶けて穴を修復したのだ。

 そして、他の兵隊たちが巨大なスズの兵隊の右腕に密集すれば巨大な腕に変化する。何十人もの人型が溶けて接合され、巨大なスズの兵隊の身の丈の半分以上に肥大した異形の腕が大きく振り下されると読人たちを守るはずの仏は光の粒子となって霧散してしまい、読人にまで届きそうになってしまったのだ。


「っ、火衣!」

『おう!』

「そのまま押せ! Zinnsoldat!!」


 異形の腕の前に出て来た火衣は自身の最大サイズである軽自動車ほどの大きさに変化すると、背中の炎を轟々と滾らせて落ちて来る拳――アームハンマーと言うべき攻撃を受け止めたのである。散る火花と熱風と、錫が高温の炎で燃える事によって起きた炎色反応により真っ白な光が発せられて思わず瞼を閉じてしまう。

 落ちる拳とそれを跳ね返そうとする炎の衝突の行方は、読人とハインリヒ、どちらの頭の中に勝利へのヴィジョンが浮かび上がっているかが分かれ目だった。

 だが、今の読人にはそんな余裕なんてない……目の前の拳を、今そこにある目の前の【読み手】を乗り越えて、巨大なスズの兵隊をどうにか打ち砕くしか意識が集中していない。次なんて、その時に乗り越える。今はただ、火衣の炎から目を逸らさずに、眩しいと言って閉じた瞼を開けるだけだった。


「いけぇぇぇ!!」

「っ、押し負けるな!!」


 取り巻く熱風に長い前髪がはためき、三日月のペアピンが白い光に照らされる。

 火衣の背中がより一層燃え盛れば、両者は磁石のS極とN極が反発するように弾き飛ばされて小さくなった火衣は読人の腕の中に転がり込む。そして巨大なスズの兵隊は、他の兵隊たちが蠢いて集まった異形の腕の半分以上が溶けてしまい、弾かれた反動で膝を着いた。


『あのノッポ、結構根性あるぞ』

「アーベンシュタイン家、代表……一筋縄じゃ行かないのは、おじいちゃんの時代から解っている!」

「こっちだってよ、そう簡単に負ける訳には行かねぇんだよ……!」


 膝を着いた巨大なスズの兵隊が立ち上がり、読人と火衣の前に立ち塞がる。ギラギラとした光が湧き上がる青い鋭い視線は、今までの【読み手】とはどこか違った。

 不老不死を求め、【本】の恩恵を欲して……そんなものとは違う、ハインリヒの目にあるのはもっと、違うものだ。


「散々施し受けてもらって、世話焼いてもらって、此処まで来ちまって……! 簡単に負けてベソかきながら逃げ帰るなんて、できるはずねぇだろうが!!」

「っ!」

「此処まで来ちまったオレだって、ちっぽけなプライドぐらいあるんだよ……!」


 最後の言葉は、読人に聞こえないほどの小さな声だったが巨大なスズの兵隊の背後に見え隠れする彼の表情はしっかり見えていた。

 欲に塗れない、戦う顔……それは、夢で見た幼い頃のアーベンシュタイン家の少女――イーリスの印象と、被ってしまったのだ。


『読人、まだ行けるか?』

「勿論。行くよ、火衣」

『ああ』

「婆さんに嫌味を言われない戦果、出してやるよ!」


 再び立つ火柱と増えるスズの兵隊。【本】はまだ閉じられていない……なら、【戦い】はまだ続く。読人とハインリヒが手にしたそれぞれの物語の【本】の光が消えるまで、どちらかの物語が「めでたしめでたし」で終わってしまうまで、引く訳には行かない。

 白い【本】に手をかけた両者の間で再び【戦い】が始まろうとしたその刹那、巨大なスズの兵隊の米神に弾丸が撃ち込まれて金属音が鳴ったのだ。


「新手?!」

「ビルネ! 止めるな!」

「Halt, もう良いのです。Herr, クロモジの能力を肌で知る事ができたならば、それが一番の授業。おばあ様のお言葉です」

「おばあ様……って、事は」


 静止の意味の弾丸を撃ち込んだのは、掌サイズのデリンジャーを構えた少女――ブロンドを靡かせた小柄な少女は、夢で視たイーリスの姿によく似ている。

 そんな彼女、ハインリヒにビルネと呼ばれたその子がおばあ様と呼んだその人がきっと、50年前の【戦い】において『赤ずきん』を手にイギリスの殺戮妖精とも謳われてしまったイーリス・アーベンシュタインなのだろう。

 祖母は巨大なハサミ、そして孫はデリンジャー銃か……見た目に反して手にしている得物が物騒なのは、血筋なのだろうか。


「初めてお目にかかります。ワタシの名前は、ビルネ・アーベンシュタイン。こちらの、ハインリヒのお目付け役としてこれから貴方とは、顔を合わせる事になるでしょう」

「あ、はい……」

『お目付け役?』

「2人とも、この1年は日本に滞在するらしいよ」

「師匠! と……」


 いつの間にか公園の入り口には一台のフォルクス・ワーゲンが停められており、昔馴染みと会うために出かけたはずの紫乃と黒いワンピースを着た欧州系の老婦人が立っていたのである。

 年を重ねても凛とした厳格な雰囲気を失わない2人の老淑女が並んでいると思わず気圧されてしまう、2人とも纏うオーラがただのおばあちゃんではないのだ。紫乃の隣の女性が、ビルネの祖母であるイーリス・アーベンシュタインだ。絶対そうだ、間違いない。


「初めまして、クロードの孫。アーベンシュタイン家が当主、イーリス・アーベンシュタインでございます」

「は、初めまして。黒文字読人です」

「ほう……」

「??」


 ドイツ人とは思えないほど流暢な日本語を口にしたイーリスへ火衣を抱えたまましっかり90度腰を折って頭を下げれば、紫がかった青い瞳は読人の頭の天辺からつま先まで鋭い視線が浴びせられる。老いてなお美しく凛々しく、それでいて攻撃的な眼力を持つイーリスと思わず視線を逸らしてしまいそうになってしまった読人を見れば、当の彼女は安心したかのように息を吐いたのだ。


「安心しましたわ。確かに、クロードに似ていません」

「え?」

「だろう」

「ヨミヒト・クロモジ。我らがアーベンシュタイン家代表として、このハリンリヒが1年間の【戦い】に参戦致します。半人前とも言えないはみ出し者ですが、先ほどの【戦い】で実力を目にしましたでしょう」

「半人前とも言えないって……」

「今、とは言いません。しかし、今回の【戦い】では我らアーベンシュタインが勝ちます。何世紀に渡って果たせなかった我らが悲願を、誇りを、手に入れましょう」

「……っ」

「ですからどうかその事を、ゆめゆめお忘れなきよう、心に留めて置いて下さいな」


 やはり彼女は、50年前に蔵人に敗北しても決して諦めていなかったのだ。

 一度も勝利を奪い取れないアーベンシュタインの誇りを手に入れるために、一族とは無関係の青年を【読み手】として送り込んででも手にしたい勝利のために、今世の『竹取物語』の【読み手】である読人の前に現れた。ドイツから日本まで、何時間もの時間の壁と海を乗り越えてこの言葉を告げに来たのである。

 かつて、彼の祖父である蔵人へ告げた時のように情熱的に、感情に任せた言葉ではない。イーリスが口を開いたその瞬間に冬に逆戻りしてしまったかのように空気が冷たく、硬く張り詰めたのだ。年月を重ねて老熟した彼女の言葉には、並々ならぬ執念とも言える重さがあった……静かに淡々と読人に突き刺された宣戦布告に、腹を裂かれて心臓をわし掴まれたような感覚に支配される。

 咄嗟に抱えていた火衣を顔の前に持って来てガードの体勢を取れば、盾にされた火衣に「止めろ」と肩を足蹴りにされてしまった。


「日本にはハインリヒと、お目付け役としてわたくしの孫のビルネを置いて行きます。勝ち抜きなさいな。わたくしたちを下して勝利を手に入れた男の孫が、そう簡単に脱落するのは許しませんよ」

「は、はい!」

「ハインリヒ、貴方もです」

「……Ja」


 日本にいる間は日本語を話せと行ったイーリスに多少の抵抗を示すため、ドイツ語で返事をしたら隣のビルネに小突かれた。2人の身長差が30cm以上もあるために、並んでいると遠近感が狂って妙な気分になる。

 これは、登場人物が増えたと言う事で良いのだろう。ハインリヒ・エッシェとビルネ・アーベンシュタイン……西の異国から現れた【読み手】とそのお目付け役が、日本を主戦場とする【戦い】の舞台へ現れたのである。






To Be Continued……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます