空っぽの後宮
『…………さま、姫さま。後宮に到着しました。お降りください』
物思いに沈んでいた瑛凛は、
…………どうやら、うたた寝をしてしまったらしい。
ここのところ、あまりゆっくり休めていなかったからだろうか。気持ちは大丈夫、大丈夫だと思っていても、身体は正直なようだ。
『……わかった。いま、おりる』
瑛凛は、そう、短く返事をすると、そっと息を吐き出した。
それから、王女の
そんな彼女に、後宮に密かに設けられた車宿りで待機していた女官たちが、静かに
『姫さま。お待ち申し上げておりました』
◆◇◆◇◆
後宮に到着した瑛凛は、長い長い回廊を、滑るような足取りで歩いていた。自分付きのわずかな女官と女護衛を従わせて。
彼女の前を先導するのは、先ほどの後宮女官たち。その数、二人。
まだ成人とは程遠いとはいえ、今上の齋王の実子である幼い第二王女がやって来たにも関わらず、出迎えの女官はわずか五人ほどであった。
その事実に、少しばかり首を傾げ、瑛凛は歩を進めていた。辺りをそれとなく見回す。
(ここは、まことにわたくしのすんでいたみやだったのだろうか?)
瑛凛は、今の後宮の様子を信じることができなかった。
たった一年ほど離れていただけなのに、ここが自分が生まれ育った宮ではなく、他人の屋敷のように感じる。
呼び出されたのは自分だけだったので、双子の片割れである弟・
それ以前に、後宮の官(女官や侍従たち使用人のこと)のほとんどが一時的に暇に出されたのだろう。
後宮に残った古参の官たちも、母の死を大層悼んでいるのだろう。
しんとした静けさに包まれた後宮を移動しながら、瑛凛はそっと息をはいた。
(…………それにしても、ちちうえはわたくしになにようだろうか? あまり……よくないおはなしだといいが…………)
瑛凛は、小さくうつむきながら思案する。
父が何の理由で自分を呼び出したのかは、知らされていなかった。数日前に、“後宮に参内せいよ”、との勅命が勅使によって伝えられただけだ。
しかし聡い瑛凛は、自分のこれからに関することだろう、と思っていた。
そうしているうちにも、一行はさらに奥へと後宮の回廊を抜けていく。
瑛凛は、ふと前を行く女官たちを見た。
彼女たちが纏うのは、齋王家の喪中の室礼である鈍色と同じ色の衣。
瑛凛にはその鈍色の裳裾が、暗い影法師をひいているように見えた。
それは、まるで白と黒以外の色がなくなった世界に住んでいるような気がして…………。瑛凛は、泣きたくなった。
それもすべて……………………母が、いなくなったから。
瑛凛は、悟った。
かつて、自分が王女としての立場を一瞬でも忘れることができる時間を持てたことも。
後宮が、自分にとって心地の良い居場所であったことも。
病が篤くなった母が里下がりのように離宮に移った後、
全部……全部……全部、母のおかげだ。
幼いながらも母妃・
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