茶楼にて《2》
瑛明たちが、店の一室に通された後。
「…………殿下。ここは、何ですか?」
「
瑛明が、すかさず晏如を叱った。
「は、はいっ。すみません、でん………じゃなくて、永月さま」
「そうだ」
晏如は、思った。
瑛明はけっこう無茶ぶりがひどい………、と。
最初は女装。次に側仕えのフリ。そして今が、良家の坊ちゃんのお供(たぶん)。
少しばかりくつろいだ表情を見せる瑛明は、懐から出した
晏如の疑問に答えてくれた。
「ここは、
「…………そ、そうですか」
抜け目のないというか、何というか。
相変わらずちゃっかりしている瑛明に、苦笑するしかない晏如である。
「それにの、わたしがこの店をお忍びでよく来るのは、ほかにも理由がある」
いたずらっぽく笑う瑛明が、どこか鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌で、そう言った。
「それは、何ですか?」
仕方なく、晏如は聞いてやる。
いつもの底が見えない微笑を浮かべる瑛明からは考えられないその姿に、晏如はひそかに後ずさりした。
「聞いて驚くなよ。実はの、この店の
「えっ…………。ええぇ――――――っ!! そ、そうなんですかぁ――――!」
晏如は、驚くなと言われたのに、あっさりと驚きの声を上げた。
そんな晏如の素直な反応に、瑛明はどこか楽しそうに笑う。
「ああ。先ほど我らを案内してくれた、
「あの人が…………」
晏如は、そうつぶやきながら、先ほどの女性の姿を思い出す。
………確かに顔立ちが、
(こんな大きな店の娘さんなのに、家業を手伝うことを選ばなかったのか…………)
それと同時に晏如は、瑛明付きの護衛である女武官のことを思う。
まあ彼女には、高級茶楼の若女将なんてまったく向いていないだろう。剣をふるっている方が、やはりしっくりしているように思える。
「案外、世の中はせまいものだの」
瑛明は、扇で口元を隠し、その裏で笑った。
「そうですね…………」
晏如が、瑛明の言葉に同意した、ちょうどその時。
「失礼いたします。お料理をお持ちいたしました」
部屋の扉の向こうから、女性の声が聞こえた。
「どうぞ」
瑛明が、短く入室を許可する言葉を言う。
すると扉が開けられた先から、女将がやって来た。
彼女は、しずしずと、料理をのせたお盆を運ぶ。
それから、瑛明たちが座る食卓の前まで来ると、料理をていねいに並べていった。
「おいしそう…………」
食欲をそそるいいにおいに、晏如はついつい、つぶやいてしまう。
何事にも素直に自分の感情を表す彼に、瑛明は声を上げずに笑った。
(寿晏はまことに、おもしろいの)
すべての料理を並べ終わった女将が、食卓の前に立った。
「いつも、この
そう言うと、彼女は頭を下げる。
そんな女将に、瑛明は言った。
「女将。そなたの娘に世話になっておるの。こちらに座るのが、寿晏だ」
「さようでございますか。こちらが寿晏さまですか。娘より、お話はうかがっております」
瑛明に紹介された晏如は、席を立った。
「…………はい。そうです。私も、香月さんにはいつもお世話になっております」
(本名は、寿晏じゃないけどね…………)
そう思いながらも頭を下げる、晏如である。
さらに言うと、晏如は正真正銘の男の子だ。
真面目な晏如のふるまいに、女将は首をふった。
「いいえ。こちらこそ、娘が大変お世話になっております。みなさまもご存じの通り、あの子はここでは大して役に立たぬ娘でございます。永月さま、どうぞ存分にお使いになってくださいませ」
女将の容赦ない口調に、晏如と瑛明は苦笑した。
ひどい…………母上。
そんな香月の声が聞こえた気がしたからだ。
ひとしきり挨拶が済んだ後。
瑛明が、用意されたおはしを手に持った。
「では冷めぬうちに、いただくとするかの」
「はい。いただきます」
茶楼での昼食は、にぎやかに始まったのであった。
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