佑俊に会う


 瑛明えいめいが、年かさの官吏と話を終えた後。

 彼の一行は、宮殿の奥へと向かっていた。

 そんな彼らがそろそろ廊下の角を曲がろうとした、ちょうどその時。

 その先に、ある青年の姿が見えた。

 数人の取り巻きを引き連れた二十歳前後と思しき美形の青年は、瑛明たち一行に気が付くと、こちらへ近づいてくる。

 そして、次の瞬間。

 晏如あんじょが思わずビックリ仰天するような口調で、話しかけてきたのだ。

「ああ、これは。久しいな、瑛明」

「お久しゅうございます、佑俊ゆうしゅん兄上」

 あろうことか、今まで少しも頭を下げなかった瑛明が、ていねいに一礼したのだ。その礼は、貴人に対してするものと同じ。王族である瑛明殿下がそんな礼をする相手は、限られている。

 一方。

 完全に話についていけない晏如は、瑛明のことをまじまじと見てしまった。

(へ…………。ええぇぇ――――――――っ!! 殿下に、兄上さまがいらっしゃったの!? そんなぁ~~。早く言ってよぉ…………)

 すっかり頭を下げ忘れている晏如に、瑛明付きの護衛・よう香月こうげつは、肘でこづいた。

寿晏じゅあん。早く頭を下げな」

「す、すみません!」

 香月に小声で叱られ、我に返った晏如は、大慌てで一礼する。

 頭を下げた弟たちに、佑俊は、

「よい。おもてをあげなさい」

 そう言ってやめさせた。

「感謝申し上げます。兄上」

 瑛明が、静かに顔を上げる。

 弟の顔を正面から見すえた佑俊は、微笑んだ。

「瑛明。そなたも元気そうで、なによりだ」

「ありがとうございます。兄上こそお元気そうで、わたくしも安心致しました」

「そうか」

 一見、微笑ましい会話をしているように見える。

 しかし、察しの良い者ならすぐに気が付くであろう、ギスギスした雰囲気が、二人の間に流れていた。

 その証拠に、佑俊の目も、瑛明の目も笑っていない。

 こ、こわい………。

 自分には直接関係ないのに、晏如は背中に薄ら寒いものを感じた。

 お二人とも、かなりの美人だからこそ、余計に。

 ふいに、ひたすらうつむいていた晏如の方に、佑俊が目を向けた。

「これは…? かわいらしい少年を連れているな。瑛明」

 佑俊の取り巻きも、みんな一斉に晏如を見る。

 急に注目されてしまった晏如ではあるが、彼の気持ちはそれどころじゃなかった。

(我慢我慢我慢…………。相手は王子殿下だっ…………)

 サラっと、一番気にしていることを言われた晏如は、心の中で呪文のように我慢我慢……と、唱えた。礼をしたまま、うつむく。

 そんな怒りをためている晏如の様子に気が付いたのだろうか。

 瑛明が、さり気なく一歩前に出る。

「ああ、のことですか。彼女は胡蝶の遠縁の者です。行儀見習いとして一時的に預ろうということになりましてね。何でも経験ですから、少年の格好をさせて、こうしてわたくしの供をさせているのですよ」

 あくまでも、晏如は女の子、ということで通すらしい。

 何となく、瑛明が彼女、という言葉を強調したようにしか思えない、晏如である。

 ひたすら、うつむいて嵐が過ぎるのを待っている晏如に、さらなる追い打ちのような出来事が起きた。

 何と、晏如の目の前に来た佑俊が、彼のあごにふれ、そっと上を向かせたのだ。

「ほう………なかなかの美人ではないか。瑛明、そなたも趣味が良い」

「…………っ」

 驚きのあまり、何も言えなくなってしまった晏如。目を見開いたまま、固まってしまう。

 瑛明は、晏如のあごにふれる佑俊の手を、弱い力でつかみ、放した。

「兄上。変な勘違いをなさらないでください。兄上こそ、どこかに参られる途中なのではありませんか?」

 晏如を解放した瑛明は、彼をさり気なく自分の背中でかばう。

 瑛明の背に隠されて、興味を失ったのか。

 佑俊は、瑛明の方に視線をもどした。

「ああ、そうであったな。陛下のお呼びを危うく忘れそうになった」

「それはいけませんよ、兄上。陛下もきっと、兄上をお待ちです。早ういってらっしゃいませ」

 ここぞとばかりに、瑛明が畳みかける。

 弟のその言葉に、佑俊はうなずいた。

「そうだな、瑛明。ではまたな」

「はい」

 佑俊はそう言うと、取り巻きを引き連れて、去っていった。

 瑛明たちは、廊下のはしに立って、彼らに道をゆずる。それから、遠くなっていく背に一礼して、見送った。

 彼らの姿が、完全に見えなくなったころ。

 晏如は、思わず瑛明に聞いていた。

「……殿下。あのお方は、」

「ん? ああ、わたしの兄上のことか。なかなか、おもしろいお方であろう?」

 おもしろい、と言っているが、瑛明の目は笑っていない。

「で、でも………」

 晏如は、口ごもった。

 佑俊と瑛明が、とてもじゃないが、仲の良い兄弟のように、見えなかったからだ。

 しばらくして、口を開いた瑛明は、つぶやくようにこう言った。

「…………そうだな。あのお方はわたしの本当の兄上ではない。正確には、わたしの従兄いとこだ」


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