王子さまとの謁見


――――で、今に至る。

 


 晏如あんじょは、お声がかかったので、おそるおそる顔を上げた。

晏如よ、よくぞ参った。私が龍国第二王子、さい瑛明えいめいだ」

 そう御自ら名乗られた、龍国第二王子・齋瑛明さま。彼は、上座にある椅子にゆったりと座りながら、晏如のことを眺めていた。

「………………」

 晏如は、何も答えられなかった。

 とっっても失礼とわかっていながらも、瑛明殿下のお顔をまじまじと見てしまう。

 そのくらい、とても衝撃的であった。

 瑛明殿下の白く透き通った陶器のような肌に、切れ長の目。一寸も違わずに整ったまつげが、色づいた頰に淡い影を落とす。一見すると女性かと見紛うほどの細身ではあるが、不思議と女々しさは感じない。

 まさに、絶世の美男子というにふさわしい、お姿であった。

(ええぇぇ――――っ! う、噓でしょう…………)

 二の句が継げないとは、まさにこのことだろうか。

 晏如は、もはや人間離れした美しさに、唖然あぜんとしてしまった。

 だから、気が付かなった。

 先ほどからずっと、はく胡蝶こちょうに名前を呼ばれ続けていたことに。

「………如、茶晏如!!」

「は、は、はいぃ――――っ!」

 正気にかえった晏如は、あわてて返事をした。

 見ると、瑛明殿下のすぐそばに控えていた珀胡蝶が、鬼のような顔をして、晏如の方を見ていたのだ。

「殿下のお言葉に、返事なさい! いつまでぼーとしているつもりですか!」

「も、申し訳ございません!!」

 晏如は、大あわてで頭を下げた。

 うわぁぁ――――――っ! 初対面なのに、やっちゃったよ…………。ど、ど、どうしよう…………?

 晏如が頭を下げていたのは、いったいどれくらいの時だったか…………。 

 その時間が、晏如には永遠のように感じられた。

 晏如の背中に、嫌ーな汗が流れる。 

 晏如、絶体絶命の危機!!

 その重すぎる空気を打ち破ったのは、瑛明殿下であった。

「はっはっは。よいよい。そう叱ってやるな。胡蝶」

 突然、瑛明殿下の笑い声が聞こえた。

「えっ…………」 

 晏如は、許されてもいないのに、再びゆっくりと顔を上げてしまう。

 そこには、笑いをこらえられない、といった風に身体を震わせる、瑛明殿下のお姿があった。

「晏如よ。そなたは本当に、おもしろいの。…………気に入った」

「は、はあ…………。ありがとうございます…………?」

 晏如は、とりあえずお礼を申し上げた。

 助かった…………。でも、僕の何が、そんなにおもしろいのだろう…………?

「瑛明殿下。この者が殿下にお仕えすることを、お許しいただけますか?」

 今なら良いと思ったのだろう。

 胡蝶が、ひそかに笑い続ける瑛明殿下の前に進み出て、そう問いかける。

 それに、瑛明殿下は、ああ。とうなずいた。

 あるじの許可を得ることができた胡蝶は、「わかりました」と言って、静かに一礼した。

 瑛明殿下は、もう一度晏如の方を見ると、こう言った。

「茶晏如よ。この宮には良き湯殿がある。そこで、長旅の疲れをいやせ」

「…………は、はい!」

 晏如は、元気いっぱいに答えていた。

 そんな晏如の姿に満足そうに笑うと、瑛明殿下は椅子から立ち上った。

「胡蝶、案内をせよ。あとは頼む」

 その言葉を最後に、瑛明殿下が退出する。

 それを、晏如はもう一度、叩頭こうとう(頭を地に着けて拝み、お辞儀をすること。土下座のようなもの)して見送った。



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