第27話.5-1

 学園祭前日。

 そんな日の朝礼は、体育館で行われた。ふだん朝礼に使う校庭は、すでに屋台の準備品が並べられていて全校生徒が並べる状態になかったからだ。

 壇上に校長が立つ。マイクを片手に全校生徒を見渡し、明日に迫った学園祭について話し始めた。

 内容を要約すると、過去の卒業生がどれほど素晴らしい学園祭を披露したか、と。最後は、きみ達もそんな卒業生に恥じぬ学園祭にしてください、と締め括った。

 たったそれだけの内容なのに、校長の話は長かった。年のせいだろうか。しかし聞かされる生徒達にとっては堪ったものではない。明日に向けて英気を養っているのに、挫かれた気分である。そのため、ほとんどの生徒が校長に怨恨の眼差しを向けていた。話が長いんだよ。そのカツラ剥ぎ取んぞ。そんな全校生徒の視線を一身に受けても、清流の苔岩の如く受け流してしまう校長は肝っ玉が太い。いや、もしくは呆れるほどに鈍感なのかもしれない。

 次にマイクを握ったのは、生徒指導部。明日は学園祭だが、決して羽目を外しすぎないようにと注意を飛ばした。

 そして最後は生徒会長。当然、学園祭についての注意事項。もはや耳にたこが出来るほど何度も聞いた内容を言い終わると、羽目でも外そうと思ったのか、普段はしないパフォーマンス。明日の学園祭を成功させるぞ、と全校生徒に檄を飛ばしたのだ。それに呼応する生徒達。体育館に雄叫びが木霊した。

 その中、ケイはよくやるよと失笑を浮かべた。

 確かに学園祭はそれなりに楽しみだが、この流れに乗れるほど気分は高揚していなかったのだ。やはり心の何処かで「みんなで仲良く」という馴れ合いに疑いを持っていたのだろう。

 いつかのいじめの光景を見たばかりに。


 朝礼が終わり、生徒達がそれぞれの教室へと戻っていく中、ケイの携帯電話が振動した。校則では携帯電話を学校に持ち込むのは禁止となっているが、そこは現代。暗黙の了解として、教師の前で使わなければ黙認される。なのでケイは近場のトイレへ。未だに携帯電話は振動している。ポケットから取り出し、相手を確認。非通知。しかし相手は自然と察せられた。いや、非通知だからこそ察せられた。お前は俺を失望させた、と撮影期間中にたびたび電話を掛けてきた奴で間違いないだろう。

『やあ、藤崎』

 案の定、声はくだんの男のものだった。

「またお前か……。何の用だ」

『相変わらず冷たいな。いや、べつに冷たいのはいいさ。ただ、俺を失望させたお前を俺は許さない』

「はあ? お前はいったい……」

 しかしそこで通話は切れた。

 ケイは携帯電話を見詰める。

 いったい奴はなにが言いたいのか。そしてなにがしたいのか。

 まったく要領を得ない相手の発言に、ケイはただただ不気味さを覚えるだけだった。


 本日の授業終了を告げるチャイムが鳴る。

 同時に担任がHRのために教室に入ってきた。そして朝礼のときに聞いた注意事項を確認。その話を生徒達はそわそわしながら聞いていた。この話が終われば、もう明日の学園祭まで余計な授業はない。その逸る気持ちが全員に伝播していく。それは担任も察していたようで、わざとらしく話を長引かせる。

 しかし何事にも終わりはある。

 担任の話が終わり、明日は羽目を外しすぎない程度に楽しもう、と告げて「起立」の号令。一斉に生徒達が立ち上がり、「礼」の号令の後でわっと沸き上がった。

 それぞれが明日の学園祭を想って浮ついた表情を見せる。

 そんな生徒達を横目に担任は教室を出ていった。

 呼び止められたのは教室を出てすぐだった。

 藤崎ケイ。

 彼は鞄から一枚のDVDを取り出すと、担任にコンピューター室のパソコンは借りられないかと尋ねた。なんでも自分達が撮影した映画を確認したいのだという。担任はそんなことのためには貸せないとしながらも、その程度ならば職員室にある自分のパソコンを貸してやると伝えた。

「本当ですか、先生」

「嘘なんてつくはずないだろ」

「じゃあお願いします。……あ、そうだ。ついでに聞いときたいんですけど。先生のパソコンって、ネットに繋げられますか?」

「ん? まあ使えるには使えるが、何に使う気だ?」

「いや、べつにやましい事には使いませんよ。ただの調べ物です」

 ケイはそう言うと、後はなにも言わなかった。

 担任としても調べ物の内容まで詮索する気はなかったか、それ以上は聞かなかった。

 そうして担任はケイを伴って一階の職員室へと向かったのであった。


 職員室の担任の机にて、ケイは例の映画を一人でぼんやりと観ていた。

 ヒロの作った映画。

 それを観ながらケイは怪訝に眉根を寄せた。この映画の架空の連続殺人犯――仲濱の性癖だが、現実に起きている事件を参考にしているとしか思えない。そう思い、映画を垂れ流しにしながらネットに接続。アングラサイトへと飛んだ。

 グロ画像収集やマネキンを用いた首吊り画像を投稿するために活用した、あのウェブサイトである。

 ヒロが見つけてきたウェブサイト。

 どうやってこんなサイトを見つけてきたのか。

 そんな疑問もあるが、それよりもこのサイトの創設者だ。

 この創設者、様々な画像を投稿しているのだが、たびたび動物の惨殺死体も画像投稿しているのだ。

 ケイは自分の住んでいる街で起きている、ペット連続惨殺事件の被害情報を調べる。被害に遭った動物、その日時。さすがはニュースになるだけあり、情報は簡単に見つけることが出来た。それと、投稿されている動物の種類と日時を照合。日時には多少の誤差があったが、動物に関しては思ったとおり合致。やはりと確信する。

 おそらくこの創設者がペット連続惨殺事件の犯人だろう。

 では、どうして野良ではなくペットを狙うのか。

 考えるまでもない。

“どうせまともな理由ではないのだ”

 そのとき、ケイの携帯電話が振動し始めた。内心、また電話かと嫌気が差す。相手はあの非通知の奴だと思ったのだ。しかし出ないつもりはない。今度こそは、通話を切られる前にお前は何が目的なのだと問い質してやる。ケイはパソコン使用の謝辞を担任に述べ、職員室を出た。そして携帯電話を取り出し、相手を確認。芳野ヒロ。ケイは慌てて通話に出た。

『ねえ、ケイ。まだ学校に残ってる?』

 普段どおりの彼女の声。

 予想した相手ではなかったが、問題はない。むしろ喜ばしいと考えるべきだ。

「ああ、さっきまで職員室にいた」

『そっか……。あのさ、ケイ。これから話せたりしないかな?』

「なんだよ、改まって。いつもみたいに強引に来いよ」

『あはは、普段の私ってそんな感じなの?』

「自覚無しかよ……。っで、話すのはいいけど、電話じゃ駄目なのか?」

『直接話したいなって。だから、屋上に来てくれないかな? 待ってるから』

 それだけ告げて通話は切れた。

「……いったい何なんだ?」

 小首を傾げてはみるが、実のところ、すこし期待していたりした。

 ケイはすぐさま踵を返し、階段へと向かう。

 そして上っている最中、思った。

 高校に入学して、かれこれ半年は経つ。ずいぶんと慣れたものだ。この屋上に続く階段など、もはや何度上り下りしたかわからない。

 だが、誰かに呼び出されて上るのは初めてだ。

 それも相手は女子。言ってはなんだが、初恋の相手でもある。

 これで淡い期待に胸を膨らませない方がどうかしている。

 校舎内は閑散としていた。ほとんどの生徒は帰ってしまっているようだ。幽寂。夕陽がその寂しさに拍車を掛けている。

 自分の靴音が異様に大きく聞こえた。鼓動もいやに大きい。

 もうすぐ屋上に着く。

 ケイは立ち止まると、今一度深呼吸を繰り返し、改めて屋上を目指した。

 屋上と屋内を隔てるドア。そのノブは、針金で雁字搦めに固定されていた。

 それはヒロの映画を事前確認のために観た教師が、屋上に出られる状態にあることを知ったからだった。無論、そのことについて出演者一同、教師からこっぴどく怒られた。

 しかし針金はペンチか何かで綺麗に切り落とされていた。

 おそらくだが、やったのはヒロだろう。

 無茶をする奴だと思いながらノブを握り、回す。

 開いた。

 すると屋上には夕陽を背に佇むヒロがいた。

 彼女は欄干に腰を据え、やって来たケイに小さく微笑みかけた。

「来てくれてありがとう、ケイ」

 普段と同じ笑み。

 なのに、何故かケイはいつも以上に心臓が躍動するのを感じた。

 藤崎ケイは芳野ヒロが好きなのだと改めて実感する。

「っで、俺に話ってなんだよ」

 内心の動揺を悟られぬよう注意しながら尋ねる。

 ヒロは欄干を指先で撫でながら言った。

「ケイには私のことをぜんぶ知ってもらいたかったの。私のことを、ぜんぶ」

 学園祭前日の放課後の屋上に、男女が一対一。

 ここまでシチュエーションが整えば、当然として期待する。

 ヒロは懐かしむように夕空を仰いだ。

「今でも思い出すよ。ケイと出会ったときのこと。そして四人で遊び回ったあの頃のこと。神社の溜め池でケイにバス釣りを教えてもらったよね。規格外の鯉が針に掛かったけど、キイチが網で掬い上げようとしたら溜め池に落ちちゃったよね。神社の林で蝉捕りしたよね。虫籠に蝉を入れすぎて、なんだか混沌とした箱を作り上げちゃったよね。ジュースを飲みながら神社でいつまでも喋ったよね。みんなみんな、私にとって大切な思い出。きっと人生で一番楽しかった」

「また懐かしい話をするんだな」

「うん。だって、本当に楽しかったから……。あのさ、ケイが中学の時にくれたラブレターって、私が直接的な言葉が好きだからあんな風に書いてくれたんだよね?」

「うっ……。蒸し返すなよ、俺にとっては黒歴史なんだから」

「でも私は嬉しかったよ」

「みんなの前で暴露したくせに、よく言うよ」

「だって、みんなにも知っておいてもらいたかったから」

 そう言った後、ヒロは一拍の間を作った。

 なにかの覚悟を決めるための空白。

 それを直感したケイは、いよいよ来るのだと悟る。

 そして彼女はいつものように唐突に尋ねてきた。

「ケイはさ、私のこと好き?」

 頬を赤く染めるヒロ。その視線はまっすぐにこちらへと据えられている。

 ケイはごくりと生唾を飲んだ。

 どう答えたものか、と考えるまでもない。ここで引いては男が廃る。

「好きだよ。出会った頃からずっと好きだ」

 今まで何度か告白はしてきた。しかしそのたびにのらりくらりとかわされてきた。そういう意味で、今回は本当の意味での告白が出来たような気がした。

「そっか、まだ好きでいてくれたんだ」

 ヒロは安堵したように微笑むと、続けて言った。

「ケイ、聞いて。私も、好きだよ」

 瞬間、ケイの思考は吹き飛んだ。

 頭が真っ白。なにも考えられない。

 え、今、告白して、そして好きだと返された。つまりそれは、OKをもらったということでいいのか? え、本当にそうなんだよな?

 疑心暗鬼。

 これまで幾度と告白しては誤魔化されてきた後遺症だろうか。

 しかし、やはりこの雰囲気で冗談はあり得ないよな。

 そう自分に言い聞かせ、喜びに任せてガッツポーズでも取ろうとした矢先。

「だからね、ケイには伝えとかなくちゃいけないんだ」

「伝えるって、なにをだよ」

 これ以上、なにを聞けと言うのか。

 もはやこちらはそれどころではないのだ。

 そんな嬉々とするケイの心情とは相反して、ヒロは俯き加減で話し出す。

「私の過去のこと。キイチとスミレとの出会いのこと。中学一年の夏休み、どうして私がケイに声を掛けたのか。今回、どうして映画を撮ることにしたのか。そして……」

 ヒロは欄干から腰を上げ、立つ。欄干の向こう側に。

「……どうして私が自殺するのかを」

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