12-3


「それじゃ、報告を聞こうか?」


 大黒だいこくさんのたこ焼きに舌鼓を打ってから、さらに数日後。そろそろ頃合いと思い、俺は一人、ヴァイスインペリアルの地下本部会議室にて、極秘通信を開いた。


 もちろん、彼らには作戦を開始してからこれまで、有益な情報を、リアルタイムで流してもらっていたわけだけど、今回は意味合いが違う。


 これはいわば、最後の確認である。


『……どうでもいいけど、お前は本当に、いつも偉そうだな、おい!』

『ちょちょ、兄さん、声が大きい……! バレちゃう、バレちゃうぅぅぅ……!』


 というわけで、今日も元気に正義の味方を裏切って、俺たち悪の組織のために働くマインドリーダーの二人が、会議室のモニターの中で、それはもう微笑ましいくらい騒々しく、わちゃわちゃとしていた。


 こちらに噛みつくように、ジト目で睨んでいるのが、兄の津凪つなぎ

 その隣で、あわあわと焦っているボサボサ頭の女性が、妹の夜見子よみこさん。


 国家守護庁こっかしゅごちょうの総本部に在籍しながら、俺たちヴァイスインペリアルと繋がっているという、絵に描いたようなスパイである心尾こころお兄妹は、今はどうやら、どこかの倉庫の端っこみたいな場所に、ひっそりと隠れているらしく、その周囲には人気がない。


 夜見子さんは大袈裟に心配しいてるけど、あの様子なら、多少の大声を出しても、誰かに見つかることはないだろう。とはいえ、津凪みたいに意味もなく暴れていると安全は保障できないけど。


 まったく、妹に迷惑をかけるなよ、ダメ兄貴め。


『むむっ! なんだか、ムカつくことを思われた気がする! おいっ、貴様!』

「それは気のせいだから、気にするな」


 ちっ、心が読めないくせに、勘の鋭い奴だ。


 なんて、いつまでもアホ兄貴を相手に、遊んでいる場合ではない。報告は迅速に、かつ正確に、行われなくてはいけないのである。


 それでは、本題に入りましょうか。


「それでは、改めまして。そっちはどんな感じですか、夜見子さん?」

『は、はいぃ……、こ、こっちはみんな、大慌てしてます……。御主人様ぁ……』


 いや、そんなウルウルとした瞳で、御主人様だなんて言われても、困ってしまうのだけれども、それはそれとして、無条件で相手の心が読める夜見子さんが、そう言うのならば間違いはないと、心から安心できる。


 どうやら、俺たちの作戦は、上手くいっているようだ。


『ちっ! あれだけ負けが込んでれば、仕方ないのかもしれんが、どいつもこいつも浮足立ちやがって……、まったく、情けない話だ!』

「いや、さっさと俺たちに負けた上に、スパイなんてしてるお前が言うな」


 見事なまでに自分のことを棚に上げて、あまりにもというか、あんまりな感じで、上から目線な津凪のことは、とりあえず置いておくとして、とにもかくにも、やはり国家守護庁は、相当に追い込まれているようだ。


 やっぱり、そろそろ頃合いか。


『特にマーブルファイブの連中! ただでさえ負けまくってた上に、こうなる前に、お前らを倒すことができなかったって、どんより落ち込みやがって、もう暗いったらありゃしない! もうちょっと、しっかりしろよ!』

『あ、あの人たちも、兄さんには、言われたくないんじゃないかな……』


 しかし、面白くもなさそうな顔をしている津凪と、困った感じの夜見子さんから、もたらされた情報は、なかなかに無視できない。


 やっぱり、見知った相手というのは、気になってしまうものなのだ。


『で、でも、マーブルファイブの皆さんは、かなり深刻だね……。なんだか、責任を感じすぎてるみたいで、けっこう危ないかも……』

「うーん、そうですか……」


 しかも、夜見子さんの様子を見る限りでは、どうやら彼らの精神状態は、あんまりよろしくないようだ。まあ、これまでのことを考えたら、それも仕方ないのか……、と言ってしまうのは簡単だけど、こちらとしても、あんまり良い気分ではない。


 とはいえ、最大の敵対者である俺から、まさかはげましの言葉なんて、贈るわけにもいかないし、どうかマーブルファイブには、ばちにはならず、正義の味方として、強く立ち上がって欲しいものである。


 でも、そう考えること自体が、彼らに対する侮辱になるのかもしれないのだから、まったく難しいというか、ジレンマを感じてしまう。


 マーブルファイブに頑張って欲しいのは、俺としても一応、本心なのだから。


『あの新しく来た……、マーブルパープル? って人だけは、なんだか元気だけど』

『ああ、あれか! 俺はあいつ嫌いだ! なんだか偉そうで、うるさいし!』


 まあ、そんな微妙な空気を読めない奴というのは、どこにでもいるもので、しかもそれが、あの雷電らいでん稲光いなみつというのなら、夜見子さんの言葉にも納得するしかない。


 しかし、なんだか嫌な顔をしているけど、あの態度だけは妙に大きい男とお前は、実はよく似てると思うから、あんまりそういうことは言わない方がいいぞ、津凪。


 もしかして、同族嫌悪か。


『と、とりあえず、こっちは、そんな感じですぅ……。このままじゃ、絶対にまずいから、どこかで大規模な作戦に打って出て、なんとか逆転の糸口を掴まないとって、みんな考えてますけど、具体的な案は、まだ特になにも……』

「なるほど、了解しました」


 とはいえ、こうして夜見子さんのおかげで、国家守護庁の現在の内情は、おおよそ分かったことだし、津凪については、別にどうでもいいだろう。


 大切なのは、正義の味方の皆さんが、俺が望む通りのことを、考えてくれているということなのだから。


 よし、それでは予定通り、始めることにしましょう。


「それじゃ、そろそろ例の計画、進めちゃってください」

『は、はい、分かりましたぁ……!』


 ついにというか、いよいよというか、前から言ってはおいたのだけれども、ようやく俺自身からゴーサインが出たことで、夜見子さんの顔が緊張で引きつった。


 とはいえ、まずマインドリーダーがすることは、事前に渡しておいた映像情報を、ヴァイスインペリアルから届いたということにして、国家守護庁の上層部に提出するだけなので、まだそれほど、難しくはないはずだ。


 まあ、その後に、他の正義の味方を、ちゃんと誘導するのは、骨が折れるかもしれないけれど、そこはどうか、頑張って下さい。


『しっかし、あんな露骨な挑発というか、情けない正義の味方が、あまりにも可哀想だから、総統である俺自身で、しっかりトドメを刺してやるなんて宣言を、わざわざ送り付けるなんて、一体なにを考えてるんだ、お前は』


 しかしどうやら、今回の作戦のきもである映像を、事前に確認していたらしい津凪の野郎が、この期に及んで、疑問をていしてきやがった。


 いや、お前は文句を言わず、与えられたことだけを、黙ってこなせよ。


 なんて、思わないでもないけれど。


「まあ、言うなればだよ。ただの撒き餌」


 実行する人間がこんな調子では、どこでボロが出るか、分からない。それは困る。非常に困る。大変困る。だから俺は、どう考えてもヘマをしそうな津凪への不安を、少しでもおさえるために、懇切丁寧こんせつていねいに説明することにした。


 とはいえ、これもやっぱり、単純な作戦なんだけど。


「国家守護庁にしてみれば、状況は極めて不利だ。まともに正面からやりあっても、どう考えたって厳しいのは、これまでの戦いで目に見えている。ならなんとかして、この状況を打破するための一手が欲しい」


 そう、これまでの作戦は、そういう精神状態にまで、相手を追い込むための下準備だったというわけだ。


 なかなか骨が折れるし、面倒な作業ではあったけど、効果はあったようで、本当になによりである。


「そこに届いた、どう見たって、調子に乗ってる悪の総統が、相手のことを舐めて、これまで一度も戦場に出てこなかったのに、あきらかに油断して、自ら正義の味方を迎え撃ってみせようなんて宣言を、見逃せるわけがない」


 そう、そして、これまで俺が、現場に出ることをじっと我慢していたのも、全てはこの時のためだったのである。


 いやはや、いくら相手がれて、食いついてきやすい大きな餌に、自分自身を演出するためとはいえ、かなり心苦しかったので、ようやく、その苦労が実を結んだ気がして、ほっとしたというか、肩の荷が下りた気分だ。


 だって、後はもう、やることは一つなんだから。


「敵の頭を直接潰せれば、この戦況を一気にくつがえすことができると、国家守護庁は、絶対に考える。当然だ。追い込まれていれば、追い込まれているほど、どうしたって人間ってやつは、目の前にぶら下がった簡単に見える解決策に、飛びつきたくなる」


 そう、全ては単純な、心の動きだ。


 人の心は、まるで水のように、周囲を閉ざされ、そこから強く押し込められれば、押し込められるほど、不意に空いた穴から、勢いよく飛び出していく。


 そこが例え、もはや後戻りできない、地獄の穴だとしても。


「だから国家守護庁は、正義の味方は、この好機を逃すまいと、ありったけの戦力を掻き集めて、俺にぶつけてくるはずだ」


 そう、例えそれが、俺が指名した時間に、俺が指名した場所に飛び込むことになるとしても、追い詰められた彼らは、そんなことにはかまっていられない。


「そこを、一網打尽にしてみせる」


 つまり、それが作戦だ。


 俺が考え、実行可能だと判断した、正義の味方と決着をつけるための……。


 非常に単純な、作戦である。


『けっ、えらい自信だな。そのままボロボロに負ければいいのに』

『ううっ、さすが御主人様……! 格好いいですう!』


 なにが気に食わないのか、ジト目で俺を睨んだ津凪に、なにが琴線に触れたのか、うるんだ瞳で俺を見る夜見子さんという、正反対な兄妹の視線に、同時にさらされという奇妙な体験をしても、俺の気持ちは変わらないし、揺るがない。


 そのために、ここまでやってきたのだから、決断を下したのだから、今さらそんなことで、ひるんではいられない。


「というわけで、これからが正念場なんで、よろしく」

『ああ、分かってるよ! くそっ、今に見てろよ!』

『そ、それじゃ、私たちも頑張りますけど、御主人様も、お気をつけてぇ……!』


 というわけで、最後の総仕上げをすることに決めた俺は、大事な役割を任せた兄妹との通信を切って、後をたくす。


 なんだかかんだ言っても、あの二人なら、上手くやってくれるだろう。


「さてと……」


 そして、再び静寂が戻った会議室で、俺の声だけが、そっと空気を震わせた。


「そろそろ、大詰めってやつかな」


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