12-2


 かくして、作戦は順調に進行していた。


「よっしゃー! 連戦連勝! まさに破竹の勢いやな!」

「本当に、上手くいきすぎて、恐いくらい」

「はははっ、みんなが頑張ってくれてるおかげですよ」


 豪快に喜びながら、山盛りのたこ焼きを差し出してくれる大黒だいこくさんと、その隣で、おっとりと微笑む摩妃まきさんに感謝しながら、この仲睦なかむつまじい夫婦が楽しく働いている移動型店舗の店先にて、俺はもう定番となったおやつに、舌鼓を打っている。



 うん、やっぱり最高に、美味しいや。



 戦況はまさに、順風満帆といってもいいだろう。


 ヴァイスインペリアルの会議室で行われた決起集会から、数日後。他の組織とも、迅速に連絡を取り合い、即座に意思を統一した俺たちは、素早く作戦を立てて、早速実行に移している真っ最中なわけだけど、今のところ、特に問題は起きていない。


 全ては予定通りに、もしくは思い通りに、事を運べている


『はあぁ~、そっちはお祭り騒ぎで、羨ましいね~。それなのに、海の上ときたら、相も変わらず暇すぎて、むしろ困っちまうぜ、まったく』

「まあまあ、外部からの監視も、重要な任務ですから」


 テーブルの上に置かれた小型の通信機からは、海上を任せている海賊のキャプテンこと、渦村かむらのつまらなそうな声が聞こえてくるけれど、こればかりは我慢してもらうしかないので、それとなくなだめておく。


 とりあえず順調とはいっても、不測の事態に備えることは、間違いではない。


「がっはっはっ! 悪いな、うず! こっちばっかり、楽しんでしもて!」

『ちぇっ、少しは美味しいところも、残しといてくれよ、大将』


 どっかり自分の街にいる大黒さんと、やっぱり海の上にいる渦村では、物理的には離れているけれど、こうして顔を合わせずとも、わす言葉が親しげなのは、やはりこれまでの積み重ねと、そして、今の好調な現状のせいだろう。


 つまり、それだけ余裕があるということだ。


「それにしても、ヴァイスインペリアルの皆さんって、すごくお強いのね」

「まったくやで! それはもう、正義の味方を千切っては投げ、千切っては投げ! 特に最高幹部の御三人は、反則ってレベルやな!」


 この素晴らしい戦果に、夫を心配する妻である摩妃さんと、実際に戦場で大暴れをしてくれている大黒さんも、喜んでくれているけれど、それだって、なにも俺たち、ヴァイスインペリアルだけの力ではなく、協力してもらっている全ての悪の組織が、頑張ってくれているおかげなのだから、こちらとしても感謝しかない。


 今回の作戦を立案した張本人である俺としては、なおのこと。


『しかも、そんな強者つわものが、ワープを使ってピュンピュンどこにでも現れるんだろ? 自分が戦うとなったら、想像もしたくないというか、正義の味方の連中には、同情を禁じ得ないね。いやはや、本気で』


 とはいえ、作戦そのものは、非常にシンプルといってもいい。今まさに、通信機の向こうでキザっぽく肩をすくめている姿が、簡単に想像できる渦村の言っていることが全てといっても、過言ではないだろう。


 こちらから、わざと分かりやすい動きを見せて、おびされた正義の味方に対して全力で応戦し、圧倒的に叩き伏せてしまう。


 もちろん、そのために各地を飛び回っているのは、俺たちヴァイスインペリアルの最高幹部だけではなく、エビルセイヴァーや怪人、戦闘員たちは当然のことながら、うちの組織だけでなく、八咫竜やたりゅうや、大黒さんのビッグブラッグなど、他の悪の組織の人間も総動員して、事に当たっている。


 とはいえ、作戦の都合上、まだ俺自身は、戦場に出て大暴れするわけにはいかないので、全ての戦いを、みんなに任せきりにしてしまっているというのが、心苦しいのだけれども、今のところは、ない頭を振り絞って、頭脳労働に精を出しているということで、どうか許してもらいたい。


 まあ、つまり、なんにせよ、やってることは単純だけど、これは総力戦なのだ。


「これまで皆さんが頑張ってくれたおかげで、相手のデータなら、もう十分に揃ってますから。後は確実に勝てる戦力を各個ぶつければいいだけなので、こちらとしては答えの分かってる詰将棋みたいなものですし、本当に、楽させてもらってます」


 そしてさらに、これまで防衛にてっしてきたおかげで、情報はたっぷりと蓄積されていることだし、これこそまさに、鬼に金棒。もはや、苦労することもなく、こちらの好きなように、戦況をコントロールすることができている。


 というか、そもそもの話として、この国における悪と正義の力関係は、悪の組織が互いににらい、牽制けんせいし合っていたからこそ、国家守護庁こっかしゅごちょうもそれに乗じて、表面上の均衡を作り出していただけであって、俺たちヴァイスインペリアルが力を取り戻し、さらに八咫竜と手を組んだ上に、他の悪の組織とも協力関係を結んでいるとなれば、こうなることは、目に見えていたと言ってもいいだろう。


 保持している支配地域という意味では、確かに国を二分にぶんしていたけれど、俺たちはその中で、戦力を着実に増やしていた一方で、確かにマーブルファイブの追加戦士として現れた雷電らいでん稲光いなみつのようなイレギュラーはあれど、基本的には敵を倒すばかりで、戦力的な意味では、さほど変化のなかった正義の味方では、差がついて当然だ。


 つまり、いざ決戦となれば、こうなることは、自明の理だったわけである。


 まあ、そういう状況にするために、俺たちも今まで頑張ってきた、ということでもあるんだけど。


 本当に、苦労が実を結んで、なにより、なにより。


『だけど、そんなに有利なのに、せっかく倒した正義の味方は、トドメを刺さずに、毎度毎度、わざと逃がしてるんだろ? どうして、そんな面倒なことを?』

「まあ、俺にも色々と、考えてることがありまして」


 というわけで、その気になれば、もっと手っ取り早く決着を付けられるんじゃないかという渦村の意見は、よく分かる。


 分かるけど、それでは俺の望むものは、手に入らないので、仕方がない。


 この戦いに、なにを賭けて、なにを得るのか。


 それを決めるのは、結局のところ、俺という人間の、我儘わがままなのだから。


「これでも一応、悪の総統なもんで、やっぱり強欲なんですよ、俺も」

「あら、悪い顔。ふふふっ、でもまだまだ、ちょっと可愛いわね」

「がははっ! ワシくらい貫禄かんろくが出るようになるまでは、もう少しって感じやな!」


 なのでこうして、自分では精一杯、ニヒルに笑ってみたつもりなのだけれど、側にいる摩妃さんには、微笑ましくからかわれてしまったし、気持ち良く豪快に破顔した大黒さんからは、バシバシと肩を叩かれてしまった。


 うーん、やっぱり俺も、まだまだか。


「ほら、お宝を手に入れるためには、多少の苦労も、進んでするものでしょう?」

『なるほど。ははっ! このおよんで、酔狂だね~。まっ、俺もそういうの、嫌いじゃないけどな! お宝は根こそぎ手に入れてこそ、海賊ってもんさ!』


 まあ、渦村の方も、とりあえず納得してくれたことだし、ここはそれで十分ということにして、悪の総統らしい振る舞いについては、おいおい学ぶことにしよう。


 とりえあず今は、最大限の成果を得るために、全力を尽くそうじゃないか。


「まあ、追い込み漁みたいなものですし、ここはじっくり、いきましょう」


 作戦はまだまだ、第一段階もいいところなのだから。


「国家守護庁の方も、自分たちの不利は、もう身に染みて分かっているでしょうし、そろそろ、このままじゃ本格的に危ないと思わせるくらい、こちらからの圧力を強くしていきますから、これからまた少し、忙しくなりますよ」


 俺は自分の気持ちを引き締める意味も込めて、これからの予定を頭の中に入れ直しながら、これから死線を共にする、頼れる仲間たちに、声をかける。


「よっしゃ! ほんならワシらも、ガガッと全力で追い込みかけてみせましょか!」

『羨ましいねえ……。俺もそろそろ、大暴れしたい気分ってやつかもな!』


 俺の気持ちが伝わってくれたのか、その太い腕に力こぶを作ってみせた大黒さんは快活かいかつに笑い、通信機から聞こえる渦村の声にも、ギラギラとしたやる気が満ちる。


 うんうん。どうやら、この忙しい時期に、わざわざこうして、それぞれの戦場を、指揮する立場の人間同士で集まり、話をする機会をもうけたかいが、あったようだ。


「というわけで、ここからも一致団結して、頑張りましょう!」

「任しとき! とびっきりの勝利を、ワシらの総統にプレゼントしたるわ!」

「私は戦えないけど、精一杯、お手伝いするわね」

『お前には、世界を獲ってもらわないと困るからな! 協力は惜しまんさ!』


 こうして、正義の味方との決戦を戦い抜くために、俺たちは互いの思いを確認し、自分達の望む未来を掴み取るために、士気を高め合う……。


 とまあ、それはそれとして。


「それにしても、本当に大黒さんのたこ焼きは、絶品ですね! というか、前よりも美味しくなってる気がするんですけど、また腕を上げました?」

「がはははっ! おおきに、おおきに! こいつのアドバイスで、ちょっぴりダシに手を加えてみたいんやけど、やっぱり正解か! さすが、ワシの奥さんやで!」

「もう、あなたったら、なんだか恥ずかしいわ……。そんなことよりも、自分の腕が上がったんだって、誇ってくれていいのにね?」

『うーむ、俺もその、至高のたこ焼きってやつは、是非とも食べてみたいことだし、そろそろ陸に上がってみるかなぁ……』


 戦いという緊張からくる疲れを癒すかのように、もしくは、これはもうただの定番というか、お決まりのように、心地良い空気の中で繰り広げられる、俺たちの楽しい楽しい休憩という名の、おやつタイムは、もう少しだけ、続くのだった。


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