9-10


「それはね、私たちも、もっと統斗すみと君とひかりちゃんが、仲良くなればいいのになと思って、きつけるような真似まねはしたわよ? だけどね、それでも、もうちょっと、健全なお付き合いというものをね……」

「はい、はい……、ごめんなさい、調子に乗っていました……」


 いつの間にやら、俺たちが集まる時のお決まりになっているヴァイスインペリアル中央本部ビル最上階の、俺専用ということになっている豪邸にて、本来ならば、落ち着くための場所であるリビングで正座せいざしながら、この家の主であるはずの俺は、その細い腰に手を当てながら、困ったような表情を浮かべる樹里じゅり先輩に、怒られている。



 とはいえ、そんな先輩に怒られるのも悪くないなと、怒れられている張本人の俺が思っているのは、ここだけの内緒だ。



 正義の味方を撃退してから、とりあえず、また時間ができた俺たちは、そのままの流れで、こうして全員一緒に、いつもの場所で、いつものように、くだいている。


 これでは、まるで暇人ひまじんのようだけど、もう一仕事ひとしごとは終えたということで、なんとか許していただきたい。もしくは、こうして待機するのも、大事な仕事だと、どうにか誤魔化ごまかされてもらいたい。


 それに、実を言えば、今回は俺たちだけじゃなく、お客さんもいるので、あんまりそういう不名誉なことは、口に出したくないわけで……。


「健全なお付き合いって……、もうすでに、このダメ男を中心に、目も当てられないほどただれた関係をきずいてるくせに、一体なにを言ってるんだ……」

「ふふふっ、それだけ仲が良いってことよ。ちょっぴり、羨ましいです」


 まあ、もうすでに、現在進行形で、こんな醜態しゅうたいを見せているので、朱天しゅてんさんにはいつものように呆れられているし、竜姫たつきさんには笑われるしで、もう不名誉どころの話ではないわけだけど、それはそれ、これはこれである。


 しかし、こうなると、女神のような樹里先輩に、優しく怒られるのもいいけれど、鬼のような朱天さんに、冷たくさげすまれるというのも、なかなか……。


「……なんだか、怖気おぞけの走る邪気じゃきを感じるが」

「はっはっはっ、いやだな、気のせいですよ、朱天さん」


 いかん、いかん。どうやら俺の中のよこしな考えがれてしまったようで、勘のいい朱天さんに、危なく気付かれるところだった。


 ふー、気を付けないと……。


「もう、統斗君! 聞いてるの?」

「はっ、はいっ! もちろんです、先輩!」


 なんて、現実逃避している場合じゃない。というか、そんなことしていたら先輩に失礼ぎるので、もっとちゃんと、しっかりしないと。


「まあね、やっちゃったことに関しては、アタシは仕方ないとは思うのよ。でもさ、戦闘中に、ああいうことになるのは、やっぱりよくないんじゃない?」

火凜かりんの言う通りです。浮かれるのも分かりますが、もう少し、節度せつどを持った行動を心掛けるべきでしょう。統斗さんに恥をかかせては、いけません」

「えーん! ごめんなさーい!」


 向こうで、ひかりの奴も、火凜とあおいさんに、怒られていることだし。


「はい、竜姫ちゃん。熱いから、気を付けてね?」

「ありがとうございます、桃花ももかさん。わあっ、いい香りですね!」


 そして、桃花がおぼんに乗せて持ってきた緑茶を受け取って、竜姫さんが嬉しそうに微笑む。うん、彼女たちが楽しそうで、俺も嬉しい。


「えへへっ、竜姫ちゃんの持ってきてくれた和菓子に合うかなって、頑張ってれてみました! とっても美味しそうだけど、どこで買ったの?」

「これは買ったんじゃなくて、うちで働いている料理人が、統斗さまのお家に遊びに行くと言ったら、作ってくれたんですよ。なんだか、とっても喜んで……」


 お茶に続いて、お盆から繊細なデザインが美しいお菓子の数々を置きながら、腰を下ろした桃花と竜姫さんが、仲良くしている様子は、見ているだけで、こちらの方が幸せになってしまう。


 うん、本当に、幸せだ。


 桃花と竜姫さんのことだけじゃない。みんなが一緒の、この時間こそが、なによりいとおしい、俺にとっての幸せなんだ。


 ここまで色々あったけど、自分の決意を、覚悟を、思いを、つらぬいてよかったと、俺は心から、そう思う。


 なにが起ころうと、このおだやかな時間だけは、変わらない。そのことが嬉しくて、幸せで、誇らしかった。


 この幸せを、いつまでも、いつまでも、続けていきたい。


 それこそが、俺の新しい決意であり、貫くべき覚悟なんだ……!



 なんてことを、俺は正座して、怒られながら、しみじみと思うのだった……。



「おーいしー! 和菓子って、あんまり食べたことなかったけど、こんなに美味しいなんて、思わなかった! ほら、統斗! あんたの分もよこしなさい!」


 ようやく……、と言ってしまうと、まるで反省していないみたいだけど、あくまで時間的な意味で、ようやくお説教から解放されたひかりが、えらく無邪気むじゃきというか、無遠慮ぶえんりょな感じで、俺の手元にある菓子にまで狙いをつける。


 ……というか、多分こいつは、反省してないな。うん。


「いやだよ。だが、お前のやつと半分づつの交換なら、おうじてやらんこともない」

「むっ、仕方ないわね。それで手を打ってあげるわ」


 まあ、今回の件は俺も悪かったので、ここは無駄な争いをせずに、こちらから提案した譲歩じょうほ案に、なんと珍しく、ひかりが歩み寄ってきた。


 よしよし、ここは傷の舐め合いといこうじゃないか。


「そうだ! 今度、うちらと八咫竜やたりゅうで、模擬戦もぎせんとかしましょうよ、朱天さん! まだまだ連携れんけいとか考えなきゃだし、ほら、親睦しんぼくを深めるって意味でも!」

「ダメですよ、火凜。そういうことは、ちゃんと事前に打ち合わせして、組織として予定を組まないといけないのです。そんな不躾ぶしつけなお願いは、失礼ですよ」

「いや、我々としても、そういう機会をもうけるというのは、重要だからな、これから本格的に協力するとなると、ちゃんと考えておくべきだろう」


 あちらでは、火凜と葵さんが、なにやら朱天さんと、面白そうな話をしている。


 でも、火凜は最近ひまだったから、くらいの気持ちで言ったのかもしれないけれど、朱天さんの言う通り、連携を深めるためには必要なことだし、葵さんの言うように、組織として、ちゃんと考えた方がいいかな。


「桃花さんって、お料理がお得意なんですよね? 実は私、そういうことが、なにもできなくて……、もしよろしければ、ご教授きょうじゅいただけますか?」

「うん、大丈夫だよ! ここのキッチンなら大きいし、今度一緒に、みんなで食べるご飯を作ろうか! きっと、楽しいよ!」

「それ、いいわね。私もあんまり、お料理って得意じゃないから、混ぜてもらってもいいかしら? これからは、統斗君に、色々作ってあげたいし」


 そして向こうでは、なんとも楽しそうな竜姫さんと、桃花に樹里先輩が、とっても楽しそうに、おしゃべりに花をかせている。


 というか、なんだか嬉しい約束をしてるみたいだから、期待していよう。


「うーん、お茶が美味い……」


 さて、こうして落ち着いて、この状況を考えれば、まさしく望外ぼうがいの幸せであって、俺からしてみれば、なにも言うことはないわけだけど。


 少しだけ、気になることはあった。


「そういえば、今日はどうしたんですか、竜姫さん? 来てくれて嬉しいですけど、突然なんで、びっくりしちゃいましたよ。そっちで、なにかあったんですか?」


 そう、いつもなら、お互いの立場があるので、こっちに来るときは、事前に連絡をしてくれていた竜姫さんたちが、いきなりたずねてくるなんて、非常に珍しいことだ。


 というわけで、ちょっとだけ心配だったわけなんだけど。


「あっ、そうでした! 本日は、御報告があったのです!」


 こうして、満面の笑みを浮かべてくれた竜姫さんを見る限りでは、なにやら問題が起きたとか、そういう話ではなさそうで、一安心だ。


 うーん、だとすると……。


「ご報告ってことは、もしかして、あの老婆について、なにか分かったんですか?」


 とりあえず、八咫竜から報告が上がるような調べ物といえば、どうしても、まずはそれが思い浮かぶ。


 いまだに正体がつかめない、あの不気味な人物について、なにか分かったのならば、それは確かに、朗報ろうほうだ。


「いや、少なくとも、八百比丘尼やおびくにという名前は、いくら資料をあさっても、まったくと言っていいほど、出てくる気配がない。どうやら名前だけでは、あいつの正体を掴むことは、難しそうだ」


 しかし、朱天さんからの返答は、れないものだった。


 とはいえ、そんなに簡単に、バッチリと答えが分かるような相手だとは、始めから思っていないので、俺には、特に落胆らくたんはない。


 でも、だったらなんだろう?


「ですけれど、あの封印されていた資料を調べてうちに、これまで知るすべのなかった有益ゆうえきな情報が、色々と分かってきたんです!」


 そんな俺の疑問に応えてくれたのは、満面の笑顔がまぶしい、竜姫さんだった。


「もちろん、この後で正式に報告を上げさせていただくつもりなのですが、まずは、ご協力いただいた統斗さまのお耳に、嬉しい報告ができましたらと、思いまして!」


 ウキウキしている竜姫さんを見ると、なんだか俺の方まで元気になれるし、そんな彼女からの嬉しい報告なんて、胸がドキドキしてしまう。


 うーん、楽しみだなぁ!


 なんて、俺が呑気のんきかまえていると。


「それでですね、これは、その中の一つなのですが……」


 まるで、大事な秘密を打ち明ける子供みたいに、無邪気に喜んでいる竜姫さんは、もう待ちきれないといった様子で、その可憐かれんな口を開く。


三種さんしゅ神器じんき……、その最後の一つの所在しょざいが、判明しました!」


 さあ、八咫竜のおさである少女から、もたらされた新たなる情報は、これから一体、どんな場所へと、俺たちを導いてくれるのだろうか。


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