業と罠
「クロウ! 生きてる?」
「もう少しましな起こし方とか無いのか?」
ベッドに仰向けに寝転び額を押さえているクロウが、起こしに来たチェシャに開口一番文句を垂れる。
「昨日はお客さんに随分可愛がられた見たいだから。心配したのよ」
「心配している奴がかける言葉かよ」
最悪な夢見だ。
あんな昔の事を思い出すなんて。
権力の指輪なんぞ埋め込まれるからこんな夢を見るんだ。
「あぁ、クソ」
なかなか起き上がれずにいると、チェシャが側に来て前足を額に当てた。
「大丈夫そうだけど、本当にどこか悪いの?」
「昨日キルケが戻ってきて酷い目に遭った」
「あらあら♥」
照れたように顔を洗う猫の姿のチェシャに、そうじゃねぇよと冷めた視線を送る。不意にクロウの胸のうちでザワリと気配がたち、チェシャが毛を逆立て弾かれたように彼のそばから飛び退いた。
臨戦態勢で牙をむきフーッと唸る。
「貴方から嫌な気配がする! 昨日もそうだけど今日の方が酷いわ!」
目の前にいるのが本当のクロウだと分かるだけに、彼から漂う禍々しい気配に、チェシャはどうして良いのか分からず混乱していた。
「お前と爺さんが感じた嫌な気配は、キルケに預けられた気持ちの悪い指輪が原因だよ」
「何よそれ?」
毛を逆立てるのをやめて首をかしげる。
けれど、未だ気配は感じるようで、クロウと距離をとったまま訝しげに彼を観察していた。
「魔王から賜った侯爵の指輪だよ。身に付けるのが嫌だからって俺に押し付けたのさ」
「その指輪のせいで貴方から嫌な気配がするってわけ?」
「ご名答」
キルケらしいとチェシャは笑った。
「笑い事じゃない。そんな気持ちの悪いものを託された俺の身にもなってみろ。そりゃあ具合も悪くなるさ!」
「ポケットから出しておけば良いじゃない」
「出せるものならな!」
訳も分からず、チェシャは指輪の入りそうな所を恐々探り、何処にもないと気付くと鼻を使って探りを入れる。
「嘘でしょ。まさか」
「そのまさかだよ」
「確かにこの家で一番安全な所でしょうけれど……同情するわ」
「ありがとう」
皮肉っぽくお礼を言いクロウはベッドから起き上がった。
「でも、そんなに気配が強いなら隠している意味なんてあるのかしら?」
「レルネーと遊んでいろって事さ」
「まぁ」
チェシャはは複雑な表情を浮かべた。
指輪を埋められたのは気の毒だ。自分があんなことをされたら――キルケは彼女にそんなことは絶対にしないが――耐えられないと思う。
酷いお仕置きだと思う反面、クロウの日頃の行いを考えるとキルケの怒りもわからないではない。
放っておくと自暴自棄に走り、寿命を縮めることしか考えない困った人だ。だからキルケは人の世で迷えるものを保護したり、自分が留守にするときはクロウに無理難題を吹っ掛ける。
クロウはああ見えて弱い存在や、責任を伴う事を任されると、自分の事は二の次にして最後まで面倒を見ようと努力するところがある。
認めたがらないが、根は真面目で優しい人だ。
キルケはそれをよく知っていて、ある意味利用しているのだ。自分が目を離している隙に、彼が死の淵を覗きたがらないように。
「頑張って」
「他人事だな」
「えぇ、他人事ですもの」
そういう自分もこの人に付けられた足枷のひとつだ。
クロウはたくさんの枷をつけられて今ここにいる。そうまでして、どうしてキルケが彼に
でも、たぶん愛なんだと思う。
それが歪んでいたとしても。
「面倒な奴がまた来ないうちに結界を張り直しだな」
「前から穴だらけだったのに直さない人が悪いんでしょう?」
『面倒くさい』と、ぼやくクロウにチェシャがチクリと一言刺した。
「大体うちの女王さまにちょっかいだすようなアホが現れるとは思ってもみなかったんだよ」
「そう言う怖いもの知らずの
『心当たりがあるんじゃないかしら?』と、しれっとクロウを見つめる。彼はうんざりしたように天井に目をさ迷わせた。
「はいはい。悪う御座いました! 着替えるからレディは出てくれ。それとも興味お有り?」
「見せてくれるんなら」
「出ていけ」
チェシャはピンと尻尾を立てて上機嫌に忍び笑いを漏らした。ベッドから飛び降りると『恥ずかしがりやさ~ん』とからかいながら部屋から出ていく。
『全くここの女はどいつもこいつも』クロウはため息をつきながらドアを少し乱暴に閉めた。
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